第25話 あと少し!



「2人はなんでそんなにガッチリ握手なんてしてるの…?」



二人の世界に入っており、完全に主役の七瀬さんのことを忘れていた。




「あ!皐月ちゃん!これはね…そんな深い意味はないんだよぉ…。」



そんなに顔を赤くしてモジモジしてたら何も無くても、何かあったようにしか見えないからすぐにでもやめてほしかった。




「夏実はたまにこういうところあるから、まぁ別にいいや。」




思ったよりも江波さんの様子を気にしていないのは助かった。




「それで私の弱点って何?」




「結局自分の弱点には気づけなかったか。まぁ、一日じゃ流石に無理だよね。」




七瀬さんは少しだけムッとした表情をしたが、思ったよりは自制が利くみたいで落ち着いた声で俺に質問してきた。




「無理だった。だから、どうしても気になって。」




「七瀬さんって結構パワーあると思うけど、試合でホームラン打ったことある?」




「練習なら2.3回はあるけど…」




やっぱり試合では無いのか。

そこを突かれたら打てなくなるような弱点ではないけど、弱点のせいでかなりパワーロスしている。




彼女の弱点は右バッターの軸足となる右足にある。



女性のバッターに結構多く見られる弱点で、スカート、ショートパンツスタイルならかなり分かりやすいが、彼女達のユニホームはオーソドックスなズボンスタイルで、特に七瀬さんがのズボンはストレートと呼ばれるタイプを使っており、くるぶしまで隠れてゆったりと履けるのものを使っている。



しかも、多分かなりダボっとした物を使っており、男性用を少しだけ裾上げして使っているのか?



女性プレイヤーはどうしても男の観客に性的な目で見られたりもする。


多分七瀬さんは特にそういうのを嫌ってユニホームもボディーラインが出ずらいのを使っているのかもしれない。




「何ジロジロ見て。」



「あ、ごめんごめん。七瀬さんはそういうの嫌いかもしれないけどそのダボッとしたズボンのせいで弱点が分かりずらいと思う。」




彼女はちょっと嫌そうな顔をしたが、また冷静になってまたも質問してきた。




「ズボン脱げばわかるってこと?普通に嫌なんだけど。」




七瀬さんは思ったより馬鹿なのかもしれない。

融通が効かないというか、話が噛み合わないというか。




「はぁ…。ならこれならわかる?」




俺はスパッツに短パンという動きやすい格好をしていて、たまたま足の動きが分かりやすい格好だったのでまた実践して見せることにした。




ブンッ!!




「俺の格好なら足の動きがよくわかると思う。軸足の方をしっかりと見てて。」




何回か七瀬さんのスイングの真似をまた見せた。

そして、バックから俺も個人的に好みのわざと大きいサイズのストレートのズボンを履いた。




「それじゃ、これでスイングするね。」




ブンッ!





「!!!」





多分気づいたのだろう。


ダボッとしたユニホームのせいで、打ちに行く瞬間に内側に膝が入りすぎている。多分女性に多い内股が原因だと思う。


内側に膝が入るのがなぜ弱点になるのかというと、野球全般的に言えることだが、体重移動が重要で投手でも野手でも体重移動が下手だと力が100%伝えられない。



90%くらい発揮出来ればいいが、あまりにも力が逃げる打ち方だと50%くらいしかボールに力を伝えられない。



話は戻って軸足が内側に入っていると何が悪いか、それを右打者を例として話を進める。



右打者の軸足はもちろん右足。左足は踏み込んでいく方の足。



左足の使い方は打者によって多種多様で、お騒がせガールの四条かのんのように高く足を上げる1本足スタイル。桔梗のようにあまり足を上げずにすり足のような打ち方。



左足の使い方はまた今度話すとして、今回は右足だ。



左足を上げて、タイミングは色々と変わるが踏み込んだ瞬間はまだ右足に体重が残っていなければならない。



そこで右足から左足に体重が移動し切ってしまっていると、変化球が来た時にタメが無く力が逃げ切ってるために、変化球を打っても長打に出来ない。



七瀬さんは酷すぎるってほどでは無いが、結構そのせいで力が上手く伝達されていない。



それを直す練習方法もあるが、今は彼女が自分で考えて直させるのがいいだろう。




「あ、ありがとう…。」



思ったよりもちゃんとした指摘だったんだろう。

少しだけ驚きながら俺に感謝を伝えてきた。




「ワンポイントアドバイスだけど、投手の時は力みもなくて下半身の使い方も悪くないみたいだから、ピッチングフォームの体重移動をある程度意識しながらスイングするといいよ。後、鏡を見てスイングしたりすると思うけど、自分の身体の正面にも置いて横から見たフォームもしっかりとチェックするように。」




「わかった!教えてもらったこと無かったから凄い参考になった!ありがとうございます。」




それまで浅く被っていた帽子をわざわざとって俺に深々と頭を下げてきた。




「知ってるか知らないか分からないけど、俺は来年から白星高校のコーチでいまスカウトをしてるんだよね。それで、七瀬皐月さん。キャッチャーとして白星高校に来てもらえませんか?」




少しだけ考えていた。

速攻で断られないだけマシか?



「えっと…。さっきキャッチャーとしてって言った?」




「そうやね。ピッチャーじゃなくてキャッチャーがしたいんだよね?俺もメインポジションはキャッチャーだから、もし白星高校に来てくれたらキャッチャーとしてしっかりと指導するつもり。」






「私がキャッチャーとしてプレーできる…。」




俺の言葉にかなりぐらっと来ていた。


七瀬さんは投手としてのスカウトは来ているだろうが、キャッチャーとしては来ていないのか、俺のキャッチャーとして欲しいという言葉に、俺の目から見ても雰囲気がかなり揺らいでいるようだ。




これは行ける。


キャッチャーとして1人前に育ててあげたいというのも俺の本心だが、やっぱり優秀な選手はスカウトしておきたというのも本音だ。





「七瀬、騙されるな。お前にキャッチャーの才能はない。お前は投手としてこそ才能を発揮できるんだ!」




そこに現れたのは七瀬さん江波さんのチームの監督がタイミング悪く現れていた。




「それを決めるのは彼女じゃないですか?」




「東奈くんだったかな?君が優秀な選手だったのは知っている。だが、選手を見る目はないみたいだな。七瀬はあの名門校琉球波風高校に特待が来てるんだ。変な入れ知惠をするのをするのはやめてくれ。」




琉球波風りゅうきゅうなみかぜ高校か。



春の甲子園に滅法強いという珍しいチームだ。


沖縄という土地柄、冬の間も実践練習ができるおかげなのかはよく分からないが春の甲子園がめちゃめちゃ強い。


女子高校野球王者の花蓮女学院よりも春の甲子園はトータルで見ると成績がいい。




「だから、キャッチャーとして、打者として活躍できないように癖も直させなかったんですが?」




「なにをいうんだ!そんなわけないだろ。そんな癖があること自体知らなかった。七瀬のユニホームはいつもダボダボで分かりずらかったからな。」




俺たちの会話を聞いていたかのような回答だった。




「もういいだろう。七瀬、行くぞ。」




七瀬さんしか眼中に無いのか?


江波さんも一緒にいるのに。

贔屓はある程度仕方ないと思うが、自分のチームの選手を1人故意じゃなくても呼び忘れるなんてありえない。




「東奈くん。私も行かなきゃ行けないから、これ電話番号とNINEのID!また高校の話は今度しよう!」



バタバタ江波さんと連絡先だけは交換した。

この後は天見さん達にお願いして、俺はスカウトを続けるしか無さそうだ。




俺は寸前のところで七瀬さんのスカウトに失敗してしまった。




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