27話 人形少女は未来予知者? ②
アイスティーの氷がカランと音を立てた。
カフェの店内は微かに人の話し声が聞こえる。
ただこの席では話し声がない。あるのは静寂だ。
僕の目の前にいる朝倉という少女は、綺麗な姿勢で椅子に座り、無表情で無言を決め込んでいた。
僕は少し後悔していた。
なにを後悔していたかというと、朝倉とカフェに来たことである。
彼女とは初対面ではない。
だがカフェでは会話が生まれる事はなく、微妙に気まずい雰囲気だけが流れていた。
まぁ朝倉はそんな事を微塵も思ってないのかもしれない。
そもそもこうなる展開をある程度予想出来たのにもかかわらず、朝倉をカフェに誘ったのは僕の判断ミスだろう。
そもそもどうして朝倉が渋谷にいたのか、それを端的に説明しよう。
本日の朝倉のスケジュールはビッシリだったらしい。
本来ならこの時間も事務所で打ち合わせの予定だった。だがそれが急にキャンセルになったそうだ。
次の仕事は渋谷で夜7時かららしいが、朝倉はこの空いた時間に特にやる事も思いつかず、しかも家に帰るにも時間が足りないから先に渋谷にやってきたらしい。
そして僕同様、渋谷に来たはいいが特にやる事がなく、駅前でボーッとしていたそうだ。
静寂の中、僕はなんとか目の前にいる中学生と話す話題を考えていた。
アイスティーのストローの先端を噛みつつ長考していと、意外にも朝倉から話してきた。
「それなんですか? なにか買ったんですか?」
僕はビクっと驚き、目線をアイスティーの氷から朝倉に目線を変えた。
「こ、コレ? 小説だよ。朝倉も本とか読むの?」
僕の問いに朝倉は首を縦にコクっと振った。
まるで小動物の様な動きだ。
「どんな小説見るの? 僕が買ったやつはこんなのだけど」
袋から文庫本を取り出して朝倉に見せた。
その4冊の本のジャンルは割とバラバラである。怪異の物語の小説、病気で女の子が死んでしまう、そんな恋愛小説、本格派のミステリー小説、タイムリープするキャラノベ小説。
ざっくり説明すればこんな感じだ。
朝倉は本を1冊1冊手に取り、裏に書いてあるあらすじを熱心に見ていた。
たぶん僕の質問は忘れているのだろう。
僕はさっき、「どんな小説を見るの?」と質問した。
が、その返答は未だにない。
「朝倉さんはどんなの小説とか見るの?」
思い切って同じ質問をもう1度してみた。
「あまりファンタジー物は見ないですね。あと、さんはいらないです。年下なので」
「朝倉」
「はい」
「うん、呼んでみただけ」
朝倉の力強い目はとても中学生とは思えないので、年下とは思えないのだ。
これを風格というのだろうか、落ち着いているし、容姿を見ても14歳にはほど遠い感じがする。
「そういえば、沼倉さんはweb小説って知っていますか?」
「名前だけは知ってるよ。投稿とかも出来るんだよね?」
「はい。最近知ってたまに見ているんです。もし沼倉さんならどんな小説書きますか?」
正直言って小説なんて書きたいと思った事はないので、難しい質問だった。
僕は唇を少し触りながら、もし投稿するならどんな小説を書くのか、深く考えた。
だが特に面白そうなアイディアは思いつかなかった。
「んー。思いつかないかな。朝倉だったらどんなの書くの?」
「私は……たぶんなにも思いつかないので書けないです。そういう人なので」
朝倉はカフェから見える、外の風景を見ながらそう答えた。
その様子は僕の目からは少し悲しげ、悲壮感と呼ぶにピッタリな感じに見えた。以前にもこの光景を見たような、そんな気もした。
そういえば、彼女は自分の事を『なにもない人間』みたいな事を言っていることをふと思い出した。
やりたいことも、夢もない、自分の事をそう言っていた。
「なら、僕は君を主人公に小説でも書こうかな」
「私ですか? 私とてもつまらない人間ですよ?」
「そうかな?」
「はい。私を主人公になんてしたら、全然面白い事言わない、つまらない作品になってしまいますよ」
確かにそうかもしれない。
でも、魅力はあると思うし、僕は無口なキャラが大好きだ。だから割と成立すると思う。
「もし、朝倉が高校に入って部活に入るとしたら、どの部活に入りたい?」
「私アイドルなので部活入れませんよ?」
「もしだよ、もし」
朝倉はそんな仮定の空想の事を必死に考え込んだ。
なにもやりたいことがない、なにもない。だから余計難しいのだろう。
そして考えた結果、意外な部活の名前が出てきた。
「美術部」
「美術部? なんか以外だね」
「私、絵とか書くの好きなんです」
この返答に少し安堵した。
なんだ、やりたいこと少しはあるんじゃないか、と僕は思ったのだ。
そして僕はすぐに思いついた。
それは朝倉を主人公にした時の小説の題名である。
果たしてそれがいい題名なのかは知らないが、ただ今なんとなく思いついたのである。
「なら、『無口なアイドルと美術部の僕』という題名はどうかな?」
「なんですかそれ? それが小説の題名ですか?」
「そうそう。もし僕が書くならそんな題名の小説でも書こうかな」
「いいですね。すごく平和そうな題名です」
平和そう――確かに物語に劇的なドラマなど起こらない、ありふれた日常だけを書くような、そんなタイトルだ。
もしかしたら、割とつまらないかも知れない。
「これは私と沼倉さんが恋をする話ですか?」
真顔の朝倉に対して、僕はきょとんとした。
「えっ、なんで僕?」
「だってこの題名だと、美術部の僕と恋愛しそうな題名じゃないですか?」
「まぁ、確かにそうだけども。僕は美術に関してはダメなんだ。だから、きっとそれは僕ではないかな」
もし仮に僕が朝倉と青春してるラブコメなんて書いたら、きっと莉奈に殺されてしまうだろう。
そんなこと死んでも出来る筈がない。
「そうですか。面白そうなんですけどね」
「まぁ、僕よりももっと格好良くてイケメンを君の恋人役にして書くよ。その方がいいでしょ?」
「私が恋をしてるなんて想像出来ませんが、面白そうですね」
朝倉は少しだけ笑ってみせた。
まぁ、書くつもりは全くなかった、というかただの会話のネタのつもりだったのだが、なんとなく書いてみたい気持ちにもなった。
「あっ、そういえば昨日絵を描いたんです」
そういって朝倉はリュックから手帳を取り出し、ページをめくり始めた。
「あった。これです」
手帳の絵を見せて貰って僕はフリーズした。
そこに書かれたのは、ライオンなのか、犬なのか、はたまたたぬきなのか到底わからない、そんなレベルの絵だった。
どう答えていいか悩んだ。
僕は一体正解はなんなのか、頭をフル回転して、絵の特徴をヒントに考えていた。
「これ、アザラシです」
「えっ」
僕は固まった。
ライオンでもなく、犬でもなく、たぬきでもなく、アザラシだった。
一体アザラシってどんな動物だったけ、とわからなくもなった。
「う、うん。なんか愛らしいアザラシだね」
引きつった笑いを浮かべ、なんかとこの場面で適正なコメントを振り絞った。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ去っていった。
最初は朝倉とカフェに来たことを後悔していたが、これは来て正解だった。
とても楽しい時間を過ごすことが出来た。
そしてなによりも、朝倉が楽しそうであったので大満足だった。
待ち合わせの時間も近くなったので、僕と朝倉は店を後にした。
「今日は楽しかったよ。こんな所でたまたま会えるなんて驚きだけどさ」
「夢で見たんです。あそこにいたら沼倉さんに会えるって」
もしかしたら、この子は不思議系の女子なのだろうか。
実に面白い子だなと思った。
でも信憑性はあまりない。
だって、それは僕と会った時に「夢で見た」と言えば、誰でも予言みたいな事を成立させる事が出来るのだから。
つまり事象が起こってから「夢で見た」と言っても、それは予知ではない。事象が起こっていない状態で予言したら、それは本物かもしれない。
だけど朝倉がそんな嘘を言うにも思えないし、まぁなによりも中学生だ。
そこまで追求はしないでおこうと思った。
「正夢かなそれ。というよりも、予知夢だよね。それ」
「よくわかりません。でも、当たってくれてよかったです。もう1人の女性はいなかったですが」
「もう1人の女性? なにそれ」
「夢では沼倉さんともう1人いたんです。黒のショートカットの軽いボブヘアーに、短いパンツ、白い大きめのシャツを着た女性。その人がどなたかはわかりませんが」
夢とはそんな具体的な事を覚えていられるのだろうか?
少し疑問にも思った。
「じゃあ、私も次の仕事向かいます。今日はありがとうございました。楽しかったです」
朝倉は丁寧にお辞儀をした。
「僕も楽しかったよ。またどこかで会えるといいね。楽しみしているよ」
朝倉は「はい。いつかまた」と言って、人混みに消えていった。
いつかまた――普通だったらもう2度と朝倉と会うことはないだろう。
でもなぜか、また会えるような、そんな気がした。
僕は待ち合わせのハチ公の近くの喫煙所に向かった。
すると、そこには祐希と莉奈がタバコを吸って待っていた。
そして僕はそこで呆然とした。
それもそのはずだ。
だって莉奈の今日の服装が、朝倉の言っていたそれだったんだから。
朝倉舞、彼女の予知夢は紛れもなく本物だった。
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