第4話 終末少女

 目が覚めると見慣れない天井だった。それもそのはずでここは雨宮さんの家だからだ。ただ肝心の雨宮さんはいなかった。スマホで時間を確認するともう昼の1時になっていた。僕はとりあえず起きてリビングに向かった。


「おはよう。ようやく起きたのね」


 雨宮さんがキッチンでそう挨拶してきた。


「おはよう、寝過ぎちゃった」


「無理もないね。朝までシテたもんね」


 そう無表情であっさり言うのが雨宮さんなのだろう。事実を述べているだけだから問題ないと思うが、ただ少しは恥じらいというものを覚えた方がいいのではないかと思った。


「まぁそうだけども。てか雨宮さんなに作ってるの」


 リビングには朝から良い匂いが漂っていた。そして料理が出来る事に少し驚いた。祐希は全くできないし、僕の偏見でキャバ嬢は皆そんなもんと勝手に決めつけていたのだ。


「なにって朝食。朝食というよりももうお昼ご飯だけど」


 説明も必要ないと思うが僕が聞いたのはなんの料理をしているかだ。別に朝食か昼食かではない。


「てかなんで名字で呼ぶの?」


「えっ」


 基本的に僕は人の事を名字でしか呼ばない。祐希とは付き合いが長いこともあり名前で呼んでいるがあまり人の事を名前で呼ぶことは少ないのだ。そして、逆もそうだ。名前で呼ばれることも少ない。


「いや、なんとなくかな」


「昨日は名前で呼んでくれたじゃない。なにベッドの中限定なの?」


 確かに昨日は名前で呼んでいた。だがそれはお酒の力とムードがあるからであって、普段呼ぶとなると恥ずかしいのだ。


「名前で呼ばれたいの?」


「うん」


 彼女は二つ返事でそう返した。


「名前で呼ばれるのあまりないから」


 そう少し悲しげに言った。多分僕と同じ感じなのだろう。雰囲気のせいか悪い人ではないのだろうが、少し近寄りがたくフレンドリーに名前を呼ぶのには難しいのだ。だから祐希とは随分仲が良いのだろうと思った。祐希は莉奈と呼び捨てだったからな。


「莉奈さん」


「さんいらない」


「莉奈」


「よし」


 納得して頂けたようだ。そしてそのご褒美なのかは知らないが、リビングのテーブルにベーコンとオムレツ、コーンスープとトーストが出てきた。


「私あまり料理は得意じゃないから、簡単でごめんね」


 そう言っているが、多分祐希ならこれすらも提供出来ない壊滅的な料理スキルなので十分な気がした。ちなみに祐希の料理はいつくかレパートリーがあると言い、出てきたのはしゃぶしゃぶとポン酢だ。そして次の日はしゃぶしゃぶとごまダレだ。別にしゃぶしゃぶは立派な料理だが、祐希はきっと肉を茹でることしか出来ないのだろう。それくらいの料理スキルなのだ。


「いや十分でしょ。ありがと」


 そうお礼を言って僕達は特に会話することなく遅めの朝食を食べた。食べ終わると食器を片し「作ってくれたから、僕が洗うよ」そう言って食器を洗い始めた。


「そういえば、料理得意なんでしょ?」


 祐希から聞いたのだろう。得意と言ってもそこまで得意ではなかった。ただ男子にしては珍しくスイーツを作れることは自慢なのかもしれない。俗に言うスイーツ系男子なのだ。


「今度作ってよ。いつも弁当とかコンビニ食だし」


「お金あるのにコンビニ食なんだ。外食すればいいじゃん」


「イヤなの外食。ウチでゆっくり食べたい派なの私」


 その気持ちはよくわかる。僕も外食は嫌いな人間なのだ。というか完全にインドアな人間なので基本的に家から出たくないのだ。


「そうなんだ。オレと一緒だね。好きな料理とかあるの?」


「おいなり」


 即答した。好きな料理でおいなりと即答する奴なんてそうそう見かけない。


「珍しいね。おいなり好きなんだ」


「うん。でもそうそうないでしょ、おいなり。コンビニにはあるけどアレは味が薄くて嫌いなの」


 まぁ気持ちは良くわかる。寿司屋に行けば美味しいいなり寿司が食べれるが、コンビニなどで買うと味気ないもんなのだ。


「なら今度作るよ、おいなり」


「やった、ありがと」


 そう言う彼女は少し嬉しそうだった。人に料理なんてそんなにした事はなかったが、喜んでくれるのなら頑張って作ろうと素直に思った。

 僕は食器を洗い終え、布巾で食器を吹き上げていると彼女は横にやってきて少し甘い声でこう囁いた


「ねぇ、今日も泊まってくの?」


 明日は日曜なので学校はないが替えの洋服も下着もないので帰ろうと思っていた。


「いや、服とかないし今日は帰るよ」


「なら買いに行こ。駅前にお店あるし」


 まぁ、それなら今日も泊まっていってもいいかなと思った。別に予定なんて特にないわけだし。


「なら泊まろうかな。今から買いに行く?」


「ちょっと待って!」


 少し大きな声を発したので反射的にびくっとなった。


「なにどしたのさ?」


「そういえば、私達シャワー浴びてない。なんかクサい」


 そう無表情で正論を言った。言われて見れば昨日のアレから僕達はシャワーを浴びていない。確かにこれは衛生上よくないし買い物行くわけだから浴びた方が良いわけである。


「そうだね。なら浴びて来てよ。僕も次浴びるから」


「一緒に浴びれば待つ必要ないじゃん」


 そう真顔で言う辺りこの人は実に合理的な人なのかもしれないと感じた。確かに2人で浴びれば時間的には無駄がない。ただ世の中そんな合理的な問題だけでは済まされるはずもなく、そこには倫理的問題もあるのだ。


「いや、恥ずかしいからいいよ」


「なんでよ。昨日裸見たじゃん」


 多分莉奈という女性は正論しか言わない人間なのだろうと思った。たぶんそれが例え恥ずかしい事であっても事実を言うことに躊躇も恥じらいも感じてない人なのだろうと思った。


「そういう問題じゃないよ。シャワーとか明るいから恥ずかしいじゃん」


「ふーん。変なの」


 変なのは僕ではなく圧倒的に彼女の方であると思うのだが実際のとこどうなのだろうか。ぜひ日本国民にアンケートを実施したい次第だ。


「じゃあ、こうしようか。今日の洋服代とか私払うよ。だから一緒に入ろ」


 随分と意地悪な奴だ。コイツは金に物をいわすタイプの人間なのか。確かに僕は今金欠で洋服代を出してくれるのはありがたい話しだ。ただそれを引き替えにシャワーを一緒に浴びるという条件を付ける辺りやり手である。


「わかったよ。一緒に入ろ」


 そう少しあきらめた様に僕は答えた。お金の事を考えると少しの恥じらいなんて目を瞑るしかない。


「なら、行こ。色々スッキリしてから買い物行こうね」


「色々ねぇ」と思いつつ僕達はシャワーを浴びることにした。言うまでも無いがシャワーから上がるまでに多少の時間が掛かったのだった。


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