第59話 子供の行動から見える醜さ


 俺は思いっきり空気を吸って吐いた。昨日の出来事によるストレスも、青山かほから送られた意味不明なショートメールも、この静まり返る空気に流そう。

  

 起き抜けのめまいで部屋中がぼやけて見える。いまだ醒めやらぬ目をこすってキッチンに向かった。


 昨日は青山かほとの約束があったので、夕飯はファーストフード店で適当に済ませたので、金曜日に西園寺せつなが洗ってくれた皿がそのまま並んでいる。だいぶ時間が経っているせいか、水気は全部吹っ飛んでいた。


 明日になれば、この食器の数々が、使われるのだろうか。


 と、迫り来るあの美人姉妹の訪問に思いを巡らせていると、ふと、俺の部屋から、ぶーとというバイブレーションが聞こえてきた。


 この振動のパターンはショートメールが届いた時のあれだ。


 洗面台に向かうはずが、無意識にきびすを返し、部屋へともどる俺。それから俺は、ベットの置いてあるスマホを手に取って画面を見つめた。やはり、起きたばかりだから、文字がぼやけてしまう。そのため、俺はスマホを顔に近づけると、見慣れた文字が確認できた。


 西園寺せつな


 朝っぱらから一体なんの用だろう。と、頭をガシガシ掻いてから内容の確認に入る。


「明日の授業は私の家の近くにあるカフェでしましょう」


 ふむ。内容自体に問題はない。別にどこで授業をしようが、俺は気にしないし、プライベートな空間に人が来ないわけだからむしろラッキーだ。


 しかし、この文体はちょっといかがわしいものがあると思いますよ?いつもなら、礼儀正しい外面で事に臨む彼女だが、この文面には一方通行のような印象がある。


 簡潔かんけつでありながら適当。彼女らしからぬ書き方だ。まあ、俺が勝手に西園寺せつなという女の子はおしとやかで品のあるお嬢様というイメージを押し付けているだけかもしれない。


「うん。わかった」


 俺も彼女の文面に従って、簡単かつ無駄のない文字で返した。

 

 どうして場所を変えるのかは正直なところ分かりかねる。だが、可能性としては、思い当たるところがいくつかある。別に大した理由ではないだろうから、明日は西園寺の家(タワーマンション)がある御影駅に赴こう。


 と、まだ日曜日なのに、仕事のことを考える俺であった。やだな。休日くらい休みたいものだ。


 昨日の出来事もあったし、実質週6日働いたようなもんだ。なので、今日くらいは、ゆっくり休もう。


 そうだ。今日は朝ごはんを食べ終わったら、久々に布引の滝に行こう。


 そう意気込んだ俺は再び洗面台へと向かうのだった。


X X X

 

 というわけで、俺は食事を済ませ、プログラミングをしてから、布引の滝に来ている。


 雲が空の全てを覆っていてどんよりしているが、幸いなことに、天気予報では雨のマークはなかった。そのためか、周りには家族連れの人々でごった返している。

  

 さも楽しそうにハイキングをしている家族。お互いだべりながら上へと登ってゆく夫婦とカップル。どいつもこいつも、群れで行動している。むしろ若い男一人がジャージ姿で滝へとつながる山道を徘徊はいかいするというのは周りからするとおかしかろう。


 俺がしばらく山道を登っていると1匹の可愛いねこが現れた。人でいっぱいな山道に猫という存在は目立つ。三毛猫独特の雰囲気はあっという間に人々の視線をきつけてあまりあるものだった。

 

 登山客はみんな「おお」とか「可愛い」とか連呼しながら猫に視線が釘つけになった。


「うわ!猫だ!ネコがいる!」


 どれほど経っただろうか、両親と一緒にきた幼稚園児っぽい見た目の男の子が急に猫のところに近づいてきた。


 猫は突然の少年の行動に一瞬萎縮いしゅくするが、人慣れしているらしく、逃げたりはしない。


「可愛いね!僕が可愛がってあげる!」


 すると、少年は猫をガサツな手つき撫で始める。いや、撫でるというより一方的に叩くといった方が正しい気がする。


 猫はみるみるうちに不快な表情を作り、ペシペシと叩いている少年をきっと睨みつけている。


 やがて、怒りが限界に達した猫は「シャー!」と威嚇し、少年の手を引っ掻いた。それから、タタタっとすばしこく森へと消える。


「いた!な、なんよ!可愛がってあげたのに!ふえええ!とうちゃん!かあちゃん!」


 少年は泣きわめきながら自分の両親のところへと飛びついた。


「セイヤ!大丈夫?血、ちも出ているよ!とうさん、ティッシュ!」


「おお、わかった!」


「ふえええ!あの猫が悪いの!僕、可愛がってあげたのに!」


「動物には近づいたらダメだってお母さんがいつも言ってるでしょ?」


「次からは気をつけてよね?」


「わ、わかった」


 両親は自分の子ともをなだめながら心配そうにため息をついている。 


 おそらく、人間の「いじめ」もあの場面と似通っているところがあるのではないだろうか。


 「可愛がってあげる」というのはあの子の勝手な考えで、「僕の快楽を満たすために触らせろ」というのが本音だろう。あとで問題が発生する時に備えて「可愛がってあげる」という言い訳を事前に準備する用意周到さ。やはり、人間は、子供の頃から悪の塊だ。自分の非は口が裂けても認めない。


 大人になったとしてもやってるのはあの子供とさして変わらない。決して自分の悪巧みは口に出さず、相手に自分の罪をかぶせる。


 「責任の擦りつけ合い」こそが彼らの生き様だ。

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