第150話 私達の宝物


 さて、卒業旅行中の私達ですが外は雨模様。街や信号機の光が雨粒を輝かせる中、お洒落なお店で買った温かなスープを飲みながら車内で寛いでいます。

 

「次はどこに行こっかにゃー」


「そうですねぇ…………あっ、ラジオをつけてもよろしいですか?」


「ふふっ、どうぞ」


 いつもとは違う場所……ボタンを長押しすると、自動で合わせ受信してくれる。

 初めて見たときは声を出し驚き、晴さんに愛らしくも笑われた。


『──FMをキーステーションに全国フルネットでお送りしている晴ラジ。さて、今回は晴ラジシーズンワン最終回ということで──── 』


 そう、今日は愛すべき晴ラジ最終回なのです。最後の機会ということで、今回は気合を入れ一週間毎日葉書を送った。少しでも晴さんに届くといいな……


『──沢山メッセージをいただきました。全て目を通させていただきまして……ふふっ、思わず笑ってしまうようなものまで。時間の許す限り、紹介したいと思います。さて先ずは……ゼニゲーバさんから── 』


「晴さんの声はどうしてこんなにも素敵なんでしょうか……」


「ラジオは声だけの勝負だから……なるべく落ち着いて淑やかかつ知的なイメージで声を出してるの。重さとか空気の量とか読む速さとか……ふふっ、結構こだわってるんだよ?」


 色んなあなたが好き。

 色んなあなたの声も好き。

 あなたの全てを知っているのは、きっと私だけだから……はしたないことだけど、恋人としての優越感に包まれる。

 そして同じように私の全てを知っているあなたはこうして微笑んで……

 

「ふふっ、雫だけの日向晴はここにしかいないから」


 全てを見透かして、唇を重ねてくれる。

 あなたの香りとスープから出る湯気、雨音とラジオから流れる至極の声が、私を壺中之天へと連れてゆく。


『さてさて次が最後ですかね……最後は…………ふふっ、晴ラジ名物“アナタのワタシ”さんからですね。約二年間、毎週欠かさずに送ってくれまして……ハガキで送ってくれる本物のハガキ職人さんですね。あれは確か選ばれて三回目かな? 真っ白なハガキを送ってきて、スタッフと腕を組みながら考えてたんですけど……まさかの炙り出しで送ってきた時は思わず笑っちゃいましたね。あの回から、この番組で人気のリスナーさんになったんじゃないでしょうか? “拝啓……桜花爛漫の候、日向晴様におかれましてはますます輝かしい春をお迎えのことと存じます。此の度は晴ラジ最終回を迎えられ、喜ばしいと同時に寂しくもある今日で御座います。さて、今回のお題である日向晴様に言ってもらいたい言葉……私事ですが、大学を卒業し四月から新しい生活が始まります。こんな私になにか一言いただければ、と思います。聴き始めてから二年間という短い間でしたが、あなたの声を聴けて幸せでした。本当に、ありがとうございました……敬具。アナタのワタシより” …………こちらこそ、二年間毎週ありがとうございました。あなたのお陰で……ふふっ、楽しいラジオ番組になりしたよ? 大学を卒業したとのことですが、今あなたはどんな場所で誰と聞いていますか? 一人ですか? 家族とですか? それとも……大切な誰かと聞いていますか? どんなに遠く離れていても、私の声はきっと、あなたの隣で聞こえる筈です。どんな時でも、私の声を思い出して下さい。きっとその時私の声は……ふふっ、アナタのワタシになっているんじゃないですか? 卒業、おめでとうございます。さて、晴ラジシーズンワンはこれにておしまいです。次週からは晴ラジシーズンツーがスタートです。新しい──── 』


「はい、これ番組特製ステッカー。八枚目かにゃ?」


「お、終わりじゃないんですか!!?」


「ふふっ、シーズンワンは終わりだよ?」


 無邪気に笑う声も顔も、照れて髪の毛で隠される顔も、あなたの私。

 シーズンツーは特製缶バッジ。シーズンスリーからは特製ハンドタオルに変わったけれど、獲得したものは全て私の宝物入れに大切に仕舞っていて……

 偶然あなたの宝物入れを見てしまった時、アナタのワタシから届いた葉書全てが仕舞われていて……堪らずあなたを呼び、思い切り抱きついた。

 三十年経った今でも、私達の宝物は増え続けている。

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