第70話 春を告げる者
「今日は暖かいですね。いよいよ春が来るんですね」
天気予報を聞きながら、彼女は庭を見つめている。
桜の蕾が色づき始め、既に開花した梅からは春告鳥の鶯が軽快な声で鳴き始めた。
季節を愛でるなんて、昔の私には無かった。
知らず識らず彼女色に染まっている私。
自分の中に彼女がいるようで、それがまた嬉しくもある。
「じゃあ……ピクニックにでも行く?」
「いいんですか? ふぇぇ、嬉しい……ポン助も連れて行っていいですか?」
「ふふっ、どうぞ」
嬉しそうにポンちゃんを呼び、お手製の服を着せ始めた。
フード付きで、耳の部分は開閉式になっており、耳を出しながらフードを被ることが出来る。
アライグマのアップリケが施された、世界に一つだけの服。
着せている雫も、着せられているポンちゃんも、ふたりとも可愛くて愛しい。
私の大切な家族。
「うん、ピッタリ。ポン助、今日はみんなでお出かけしようね」
「ふふっ、じゃあ行きますか」
「二十分待ってください。お弁当を作りますにゃ」
猫のエプロンを付けて、猫の手ポーズをする彼女。
堪らず抱きしめてしまい……お弁当が出来たのは一時間後になってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
車で一時間、以前ロケで使用した人気のない山にある自然公園。
芝生広場にある大きな木の下にレジャーシートを敷いた。
お弁当の匂いに釣られ、私とポンちゃんは待ての状態。
「ふたりとも待ってて下さいね。これは……日向さんのお弁当です。ポン助はこっちだよ」
自然の中、春の陽気を感じながら食べるお弁当は格別で……
「ふふっ、口元にお米がついてますよ? ふたりとも、よく噛んで食べましょうね」
穏やかな時間、思わず笑ってしまう。
「どうしました? なんだか嬉しそうですね」
「……幸せなの。ありがと、雫」
もっと幸せだと言わんばかりの微笑みで、彼女は私を優しく抱きしめてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇
昼食後のんびりしていると、ボールが風で転がっていった。
追いかけたポンちゃんは、ボールを口に咥えて私の所へ持ってきた。
手を擦り合わせ、遊んで欲しいとおねだりをしている。
「ふふっ、ポンちゃん可愛いなぁ……あっ……」
思わず出てしまったその言葉に、彼女が反応した。
私の膝の上で横になり、顔を真っ赤にして私を見つめている。
可愛すぎる、恥ずかしがり屋の甘えん坊さん。
「しーちゃんも甘えたいの?」
私の服の袖を掴んで小さく頷く姿が、この上なく愛しい。
そのまま抱き寄せて、芝の上で抱き合いながら寝転がる。
いつもと同じ、私が彼女を覆う形。
目と鼻の先、蕩けた顔の私達。
「日向さん……」
「なぁに?」
「誰も……いませんよ……?」
花信風。春の匂いとともに、大好きな彼女の匂いが駆け巡った。
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