第44話 美しき日々


 朝晩は大分過ごしやすくなり、季節の移り変わりを感じる。

 イチョウ並木が見頃を迎え始めた街道を、ゆっくりと歩く。

 一人でいた頃はただ寒くなった位にしか感じなかったけど、彼女といると街の景色の小さな変化に気付かされる。 

 

 珍しく彼女からお誘いがあったので、浮かれて散歩をしている訳だけど……


「雫、何やってるの?」


「銀杏集めです!!」


 袋を片手に、落ちている銀杏を見極めながら拾っている。 

 嬉しそうな顔をしているので私も嬉しい訳だけど、銀杏に負けたかと思うと複雑だ。


 一頻り拾うと、恥じらいながらも手を繋いでくれた。

 毎日毎日可愛いなと思うけど、今日が一番可愛い。

 だって今日が一番好きだから。


「もう秋ですね……日向さんは秋がお好きなんですよね」


「うん。でも私いつ言ったっけ?」


「出会って間もない頃にメールでお聞きしました。好きな人の好きな季節ですから……私も春と秋が好きになったんです」


 幸せそうな顔で少しだけ俯いている彼女が、心の中に刻まれる。

 変わらないでいて欲しいと思う反面、私色に染めたいという矛盾。

 

「あっ、秋桜が咲いてますよ。可愛いですね……」


 私はその花を一輪だけ優しく取り、彼女の耳へと掛ける。


「ふふっ、もっと可愛くなった」


 真っ赤な顔を隠すように俯くと、もじもじしながら彼女も私の耳に花を掛けてくれた。


「……本当ですね」



 春と秋が好きだったのは、熱くも寒くもないから。

 季節なんて、そんなモノだった。

 花が咲こうが、鳥が鳴こうが、関係なかった。


【な、菜の花のおひたしを作ったのですが……よ、宜しかったら召し上がりますか?】


 出会って間もない二月頃。

 初めて食べた菜の花は優しい春の味がした。


【わぁ……日向さん、お庭見ましたか? 桜が咲いてますよ】


 新居に初めて訪れた時、嬉しそうに庭を眺める彼女に胸を躍らせた。


【ここ最近は毎日雨ですね。お洗濯が乾かないのは悩みのタネですが……こうしてお散歩出来る日が増えるので、その……幸せです】


 梅雨になり雨が降ると、私から散歩に誘った。

 雨は彼女の天気だから、ただそれだけで嬉しくなる。


【日向さん、蝉を捕まえましたよ! 日向さん?】


 素手で蝉を捕まえた彼女。

 街中あんなに鳴いていた筈の蝉の声は、もうどこからも聞こえない。 


 彼女が私に季節を運ぶ。

 

 移りゆくそれは、思い返す度に彼女と共にあった。


【日向さん♪】

【日向さん?】

【晴……さん】

【ひーなーたーさん】


 私を呼ぶ声が、いつだって聞こえてくる。


「日向さん? どうしましたか?」


「…………いつもありがと」


「ふふっ、こちらこそ」


 お揃いの花飾り。

 帰り際のイチョウ並木は美しく見えた。

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