第7話 深きは模倣をも可能として

「ふふ。まさか学校自体になっているとは思わなかったわ、優子」


 そう言って魔女は静かに笑った。


 うん。


 魔女の言うとおり、部屋の空間を改変するとき、それができることに気づいてやってみたんだ。


 ようは聖名夜みなよちゃんの魔法が完成して、元の身体に戻るまでの時間稼ぎをすればいいんだかからね。


 鬼ごっこをしなければならないわけじゃない。


「でもいいわ。あんな美人の子を知れたんですもの。それで許してあげる」


 記憶から現れたものだけど、伶子れいこちゃんを抱きしめたときの感触を思い出しているみたい。


 ……。


「残りだいたい五分ってとこかしら。それまでに、優子。あなたの心を私のものにしてあげる」


 そう言いながら顔を赤らめる魔女。


 う。


 何か年齢制限があることを考えているっぽいわね。


 私は考えない。


 考えないわよ。


「時間がないからね。行くわよ、優子」


 すると、魔女の髪の毛が二本、ピンと伸びて反応したのと同時に、身体が光った。


 たぶん、身体強化の魔法を使ったんだ。


 学校の空間でもやってたけど、いざというときのために呪文のようなものが髪の毛に練り込まれているんだと思う。


 いまあるこの空間は魔女と私がせめぎ合ってできたものだから、お互い操作できないし、満足に魔法が使えない状態。


 そんななかでも必要最小限の魔法が使えるようにしていた、したたかさはさすがね。


 私も、ちょっとならげんを使えるけど、有利になるほどのものじゃない。


 伸びた髪の毛が消えると、魔女は一気に跳び込んできた。


 むん!


 それに合わせて私は魔女を背負い投げ。


 しかも床にではなく、壁に叩きつける想定の、滞空時間が長い投げをした。


 魔女を倒すより、五分経過させた方が現実的だからね。


 空中で一回転してそろえた足を壁につけると、魔女はそこからストッと床へおりた。


「さすがね、優子」


 何度も投げられているのに、なんか楽しそう。


 でも次は真っ直ぐに来ないだろうし、またうまく投げたりして対処できるとは限らない。


 だから、私は玄を使って対処する。


「優子、それ……」


 表情を一転させ、魔女は驚いているわね。


 だって、玄以外に能力がないはずの、私の足元から床に波打つ影が広がっているから。


「あの坊やが使っていたやつよね。ああ……、なるほど」


 仕組みに気づいて、魔女が感心したように言った。


 これはさっきクラスメイトである貴士くんが使っていた操影術そうえいじゅつであり、影に踏み込んだものを自動迎撃するもの。


 玄は魔力より深い上位のものであり、応用して魔法をハッキングしたりするけど、さらに言えばコピーも可能。


 一度見た魔法や術は玄によって再現できる。


 まあ、玄のことも含め、学校のみんなには秘密なんだけどね。


 それにこの空間は魔女も関係しているから、魔女も知っているものでないと現すことができない。


「でも、優子。その術、私が対処してたの忘れた?」


 そう言うと魔女は右手を突き出して閃光を放った。


 !


 どういう理屈かは分からないけど、これは髪の毛を使わないでできるみたいね。


 この強烈な光で影は消され、私も顔をそむけているから、その隙に魔女は跳び込んで来る。


 だけど、忘れたというなら魔女もよ。


 私は佐知子ちゃんを再現し、勢いよく振った。


「!」


 危険を察知し、思いっきり身体をひねって回避したわね。


 しゃがむような姿勢から床を滑って私に向き直る魔女。


「優子、そんなこともできるの?」


 魔女の驚きは止まらないわね。


 まさか、とは思わなかっただろうから。


 オリジナルの妖刀と同じく、常に下方へ流れる赤いオーラが禍々しさをかもし出している。


 これは誰が見ても触ったらアウトだと思うもんね。


 それを利用し、今度は私が攻める。


「ちょ、ヤバいわよ、優子!」


 両手に持ち、駆け込みながら妖刀を振ると、魔女は慌てて後ろへ跳んで避けた。


 かまわず追いかけ妖刀を振る私。


「ほっ、と、と──」


 赤いオーラを警戒し、振るごとに下がって対処する魔女。


 このままいくといいけど。


「……優子。もしかして」


 呟くと魔女の髪の毛が一本、反応して一振りの剣になった。


 細身で両刃の、特徴的なところが見られない西洋の片手剣。


 魔女はそれを右手に持って振り、私の斬撃にぶつけた。


 激しい金属音が鳴り響き、魔女の剣は妖刀を受け止めた。


 私が両手で振った妖刀を片手で。


 しかも、魔女の剣はくわえるように変形して妖刀を捕らえた。


 動きを封じられた妖刀から赤いオーラが途切れることなく流れ落ちていく。


 だけどそれだけで、周囲に何の影響もない。


「ふふ、思ったとおりだわ優子。見かけは確かにあの子の刀だけど、本来の威力までは再現できなかったみたいね」


 バレたか。


 妖刀使いではない私が、妖刀を振るたびに赤いオーラに触れて平気なんておかしいもんね。


 魔女も赤いオーラがヤバいとは思っても、どうヤバいかまで分からないから、制限されたここでは侵蝕性までは出せなかった。


 本物であれば、この空間を裂くこともできただろうけど。


 これ以上はこの妖刀に執着しゅうちゃくしても仕方がない。


 私は玄を解除して妖刀を消した。


「次はどうするの、優子」


 片手剣を消しながら、楽しみな顔をさせる魔女。


 期待に応えたいけど、他のクラスメイトの魔法や能力を魔女は知らないから無理よね。


 となれば──。


「早くしないと、私が行くわよ」


 両手を出して魔女は抱きつこうとした。


 ボッ!


「!?」


 私と魔女の間に炎が立ち昇って、接触をはばんだ。


 赤く勇ましい炎。


 それは私の親友、中沢なかざわほむらの炎。

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