42 王の御前で

 案内されるがまま、私は玉座の方へと向かった。


 雑多にあちらこちらにいる要人たち。


 それは進むことに人数を減らしていく。ある地点を越えると、そこが境界線となっているかのように他の要人は立ち入らず、限られた者のみがその先にいることが許されていた。


 聖騎士、そして聖賢者たち。


 玉座の後ろで厳かに控えている彼ら。聖賢者たちの中に知る者はいないが、聖騎士は皆知る顔だ。


 知る顔であったが、そこにマルティナがいることには驚いた。


 普段見ることのない、学生気分が抜けきらないそれではない。催事に相応しい、厳かな佇まい。ただし私の顔を確認した一瞬、ギョッとしていた。隣の聖騎士が何だとばかりにマルティナを見たことから、声まで上げたのだろう。


 そんなマルティナを見て、緊張がほぐれたなんてことはない。私はその玉座へ座る者に益々緊張を強めたのである。


 レデリック王。


 アデリナ様と双子ということもあり、似通った所はある。かつては誰もが目を引く美男子であった彼は、王の激務によって磨かれた精悍な顔立ちをしていた。その若々しさは外観の維持からではなく、内側から溢れんばかりのエネルギーによって形作られているのだろう。


「クリスティーナ・フォン、ラインフェルト、そしてクリフォード・フォン・ラインフェルト子爵。今日は私の招きに応じ、よく姿を見せてくれた」


 かの者の前に立つと、早速お言葉がかけられた。


 お父様ではなく私の名前が先に来るのは、本題はおまえだという前振りか。お父様がすぐに挨拶を返さないのは、それを受けてのことだろう。


「お初にお目にかかりますレデリック王」


 私は緊張に震えながら、頭を垂れる。


「今日はこのようなおめでたい場にお招き頂き、ありがとうございます。それだけではなくお目通りまで頂けたこと、とても喜ばしく思います」


 代わりにお父様が言葉を継いでくれた。


「面をあげよ。堅苦しい挨拶はこのくらいにして、本題に入ろう。その方がおまえたちの心臓にも良さそうだからな」


 冷や汗を背中に感じながら、言われるがまま頭を上げる。


「今回は招待状を開いて驚いただろう。いつもの二次会かと思えば、一次会も呼ばれているではないか、とな」


 自らの生誕祭を、王は軽い言葉で表現する。


「正直、封を明けて頭を痛めました。娘が一体、何をやってしまったのだろうと」


 軽い言葉には、ある程度のユーモアを。顔色を伺いながらの切り返しに、王は満足そうにニヤッとした。


「確かに、これはやったと言うべか。やってくれたと言うべきか。何、そう固く構えるな。今日呼んだのは他でもない。私が感謝を述べたかっただけだ」


「感謝を……?」


 理由が見当たらず、呆けたように返す。


「クリスティーナ。おまえがそこにいる姪を救ったのは、耳に入っている」


 と、王の視線はテレーシアに移る。王から視線を切ることはできないが、うっ、という声が隣からした。


「先日の騒動、よく身を挺してテレーシアを守り通してくれた。おまえの尽力なくしては、こいつの身がどうなっていたかわからん。王の前に一人の親族として、感謝するぞクリスティーナ」


「は、はい。身に余る光栄です。そのお言葉、ありがたく頂戴したく存じます」


 蓋を開けてみれば、こんなものか。


 確かにテレーシアは王の姪である。聞く限り交流は深いようだし、早く思い至らなかったのが不思議なくらいだ。


「テレーシアは私にとって可愛い姪だ。その命を落とそうものなら、悲しみの中今日という日を迎えていただろう。そうならずに済んだ感謝として、おまえに褒美を与えたい」


 ただ、感謝だけで終わらなかったことにまた身を固くした。


「褒美……?」


「テレーシアの命を救ったその献身、それに報いる物をやろう。欲しい物があるのなら、何でも申してみろ」


 これはまた、とんでもないことになってしまった。


「ほ、欲しい物、ですか。それはいつまで――」


「職務ならともかく、これは私個人の礼だ。恩人の望みを人伝手で耳にして、手配するのも味気ない。是非ここで聞かせてくれ」


 退路は絶たれた。


 テレーシアの命に相応する願いだって? 褒美と言っておきながらまるで試されているようであり、恩を仇で返されている気分だ。


 面白そうに私を観察するレデリック王。


 年頃の女が欲しがりそうな物を適当に言おうものなら、王はそれを見抜くだろう。それで機嫌を損ねられたら溜まったものではない。


 逃げ道。私はとっさにそれを思いついた。


「ならばその褒美は、私ではなくラインフェルトの功績として頂きたく存じます」


 完璧だ。


 褒美という矛先をラインフェルトに逸らすことによって、この事態を切り抜ける。これならば褒美は後日となり、お父様ならば上手くやってくれるだろう。


「これはおまえが身体を張って成し遂げた功績だ。私はおまえにこそ褒美を出したい」


 なおも食らいついてくるレデリック王。


 是が非でも私に願いを言わせたいらしいが、そう返ってくるのは想定済みだ。彼の機嫌を損なわせることなく、そしてラインフェルトの評価を下げることなく切り抜ける方法。既に頭の中でシミュレートは完遂している。


「私は今日まで家族に愛され、欲しい何もかもを与えてもらい、望む全て肯定してもらい育てられました。テレーシアさんをあの日助けられたのは、助けられる強い私に育ててくれたラインフェルトがあったからこそ。ならばその功績は私にではなく、ラインフェルトの名にこそ相応しいかと」


 これは謙遜ではない。私自身が強く思っていることだ。


 私は地獄で生まれた。その姿だけで愛されず、否定され、受け入れてもらえない世界。だがこの世界はこの逆だ。愛され、与えられ、全てを肯定して育ててくれたラインフェルト。


 これなくして今の私はありえない。例え愛らしい姿があってこそであろうと、注いでくれたその全ては本物なのだ。


「何より、これだけ多くの物を与えられて置いて、まだ何が欲しいかと問われても困ってしまいます」


「無欲な奴だな。欲しい物はないというか」


「いえ、これでも私は欲張りです。欲しい物はあります。ただそれは誰かの手によって与えられても、光はきっと失ってしまっている。輝いているからこそ美しい。私が今欲しい物は、そんな自分で掴み取らなければ意味がないものなのです」


 テレーシアの命相応だというのなら、テレーシアが一番欲しい。しかし彼女の意思を歪めて手に入れたとしても、私は素直に喜べない。


「だからどうか、褒美を与えてくださるというのなら、ラインフェルトへお願い申し上げます」


 頭を垂れる。王の好意を直接受け取らない無礼に対して。


 それは二秒か、三秒か。


 私にとって永遠のように長い時間が過ぎた後、耳を震わせたのは豪放磊落に響かせる王の笑いであった。


「面を上げるが良い、クリスティーナ」


 言われるがままに面を上げると、その視線はお父様へと向いていた。


「本当に誇り高い娘だ。貴族は皆、こうあるべきというお手本のようだ。嫌味でも皮肉でもないぞ? 本当に良い娘を育てたな、ラインフェルト子爵」


「ありがとうございます、王よ。クリスは我が家の誇りです」


 軽い会釈で応じるお父様。

 それを満足気に見届けた後、次に捉えたのは先程まで蚊帳の外であったテレーシアだ。


「何でも持っているおまえだが、この娘はおまえが持たない全てを持っている。魔導学院生の第三席まで至ったおまえだが、学院ではなく、クリスティーナからの方が学べるものが多いだろうな」


 嫌味ったらしく可愛い姪にお言葉を授けている。その姿は王ではなく、伯父としての顔がそこにはあった。


「そ、それはもう、ミス・ラインフェルトにはいつも学ばせて頂いていますわ、伯父様」


 伯父とはいえ相手は王。わざとらしい声を上げながら、テレーシアは全力で顔を引きつらせているのであろう。


 なるほど、と私は理解した。


 褒美を与えると呼ばれておきながら、どうやら私はテレーシアの教育道具に使われたようだ。


 我が国の王ながら、本当に人が悪い方である。

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