#15 対価
「はっ」
あれから10分ほど。ザーシャが先に気を取り戻した。そのころには僕たちは元の人間の姿に戻っていた。
「えっと、アオイ・・・さま?」
「別にかしこまらなくていいよ。というかやめてほしいかな。せっかく仲良くなれたのに距離ができたように感じて悲しいから」
「じゃ、じゃあ、アオイ」
「それでいいよ」
こちらをうかがうようにザーシャとラーシャが僕の名前を呼ぶ。そんなにおびえなくてもいいのにな。まあ、しょうがないか。目の前におとぎ話でしか知らない伝説上の存在、それも人を殺すこともある(もちろん人に協力してくれる話もある)存在だからな。
「それで私たちはどうしたらいいの?」
「どうしたら、とは?」
「物語の中なんかじゃよくいろんなものを要求しているじゃない。例えば、人類と魔族の戦いの話では自分の世話係として女性二、三人を、勇者を鍛える話では人に伝わる歴史を求めてるじゃない。だから、アオイは何を求めるのかな、と」
「最初に言った条件さえ守ってくれたら、それ以外は別に何も求めないけど・・・あと今の話、竜は竜でも竜と龍の話が混ざってたよ。竜には魔獣の竜と神獣の龍の2種類あって、さっきの話だと前者は竜で後者は龍だね。魔獣の竜は基本的に欲深くてその欲に忠実。対して神獣の龍はあまり欲がなく万物に対して誠実で平等なんだ。ちなみに僕らは
さっきの人を殺すって話も基本的に魔獣の竜の話。神獣の龍は人から襲わない限り人を殺すことはない。まあ、僕らは例外だったりするけど。僕らは
「つまり、アオイさんたちは欲深くなく私達になにかする訳でもない、ということですか?」
「そうだね。襲われない限り何もしないよ」
「あの、魔法を教えてもらったりってできますか?」
ラーシャが上目遣いで聞いてくる。僕の方が身長が高いとはいえそれは反則じゃないかなぁ。それやられて断れるのは恋人一筋な人とかよっぽど鈍感な人ぐらいしかいないんじゃない?
「人と龍の魔法の使い方はかなり違うからそのまま使えるとも限らないけどそれでいいなら、何を対価に差し出して教えを乞う?」
この対価というのは神獣の中のルールみたいなものだ。絶対にタダで請け合うことをしてはならない。そういう暗黙の了解が神獣の中には存在する。理由は何でもタダで与えていたら人はそれに慣れそれ以上のことを要求してくるようになる。だから、個人の感情でそれが上下することはあってもタダで請け負うことしてはならない。ということらしい。
「た、対価ですか・・・お金・・・は必要ないでしょうし・・・知識・・・も私よりよく知っている・・・で、では私が使用人として命の続く限りアオイさんとレナさんのお世話をします」
「ちょっと!?ラーシャ、あなた何言ってるの!?」
ザーシャが大声で叫んだ。天井が高いこともあってものすごく反響している。いや、僕も驚いた。てっきりお金か、知識を差し出すと思ったんだけど。ここまでで僕らがお金をあまり持っていないことも、僕が人の常識すら知らないこともばれている。それにそんなに価値のない対価でも僕は引き受けるつもりでいた。ゆえにまさか自分を対価として差し出すとは思わなかった。
「ラーシャ、今自分が言ったことの意味は分かっているのか?」
この世界にはいろいろな慣習や文化があるが、その中に神獣の使用人についてのものがある。この世界において神獣とは神の使いとされ、実際にそのほとんどは神によって見いだされ力を与えられたものである。そんな神獣のそばで世話をする使用人は女性であれば
おっと、話がずれてしまった。何が言いたかったのかというと、神獣の使用人になったらそれが異性の場合、恋愛できなくなるのだ。今僕はそれを確認しているのである。
「分かっています。恋愛ができなくなるのも、アオイさんに襲われる可能性があることも。それでも、私は使用人になるということを宣言します」
「アオイ。私も、私も使用人になるわ。ラーシャだけに負担を負わせるなんて姉として立つ瀬がない」
「お姉ちゃん・・・」
そう、二人とも宣言してしまった。あー、二人が僕を信用してくれているのはよく伝わった。伝わったんだけども、どうしたらいいのかな。僕には二人にその対価に見合ったものを渡せそうにない。これは困ったな・・・
「不老にすればいいんじゃない?そうすれば外的要因で以外で死ぬこともなくなるからずっと側にいられるし、残りの時間を気にせずに過ごせるよ」
レナは先代の世界の管理者だ。僕とは比べ物にならないほどのとても長い時間を生きている。それだけに親しかった人を看取ることも多かったのだろう。自分と親しくしてくれた人が亡くなっていくのを見ていることしかできないのはきついものがあるだろう。今の言葉の裏に悲しさやつらさが見てとれる。これは僕のことを思って提案してくれたのだろう。だが、これでは僕らに都合がいいだけになってしまう。
「僕を思っていってくれたのはうれしいけど、でもそれって二人を人じゃなくするって言っているのと同じだよね。僕はそれはしないよ。人は自分の理解できないものを恐れるんだ。たとえ、それが同じ人間であったとしてもね。僕は二人が人の世界で生きていけなくなるのを見ているのはつらいし、何より二人は僕らと同じ悲しさを経験することになる。それを負わせるのは本望じゃない」
「いえ、別にそれでもかまいません。たしかに自分と親しくしてくれたひととの別れはつらいかもしれません。ですが、それは生きていれば誰でも体験することです。経験せずに生きていくことは不可能なのです。私には覚悟があります。人がいつ亡くなくなるかなんてわかりません。明日か、明後日か、それとも今日か。それは誰にでもいえることです。たとえ不老になって私が看取ることが多くなってもその覚悟は変わりません。なので、私を不老にしてください」
「私にも同じ覚悟はあるわ。だから、安心して不老にしなさい」
なぜか、二人は不老になることに反対しなかった。それどころかするように背中を押しているように感じる。
「なんで、反対しないの?不安だったりしない?」
この質問に帰ってきた答えは僕の予想だにしないものだった。
「なんで、って私たちは施しを受ける側です」
「だから施しをする側の、ましてや神獣様の意見に対して同意することはあっても反対することはできないわ」
これを聞いたとき、神がいてその力を体感できるこの世界ならではの感覚だな、と思った。地球だったらこうはならないだろう。
「本当に不老にしていいの?何もしないから本音で答えてほしい」
「別に構わないわ」
「私も大丈夫です」
「そう、わかった」
こうして二人は不老になった。
―――*―――*―――
更新履歴
2022/3/24
旧:神獣の龍は自分から襲わない限り人を殺すことはない。
新:神獣の龍は人から襲わない限り人を殺すことはない。
※この中に出てきた神官としての役職、およびその名、宗教はフィクションです。実際に存在しているものではありません。また、ここに出てきた宗教価値観はあくまで物語の中の物です。これは犯罪を促す、また容認するものではありません。
ちなみに神社のみこは女性だと
これにて第一章 ネウイの町にて の本編が終了となります。第一章自体は幕間と登場人物紹介を投稿して終了となります。第二章に関しては章全てを書き終えてからまた週一更新で投稿していきたいと思います。場合によっては途切れることなく更新が続くかもしれませんが、途切れてしまう可能性があることをご承知ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます