第386話 2022年5月

俺は、華麗とまではいかないけど、ジョブスタイルチェンジをした。

34歳の新人教師として働きはじめてから、既に7年目。

何とか様になってきた気がする。


あれから11年が経った2022年5月。


あの日、バスに乗るリリィさんを見送った夜からそんなに経っていた。いや、そうでもない。あっという間だったかな。


俺は安い折り畳みの椅子に座り竿先の変化を見ていた。のどかな午後の凪いだ海面は眠気すら誘う。


爽やかな風が通り抜ける防波堤の先端は、俺の隠れ家だった。

大震災の爪痕が残り、ところどころ立ち入り禁止のロープの貼られる港の中でも、ここの防波堤は奇跡的に無傷で今でも、休みに日には家族連れでにぎわっていた。


俺の背中を小さな温かい手が触るのを感じる。


「わっ!!」


俺が振り向くとそこには、5歳の幼児が、俺の顔を嬉しそうに見て、いきなり抱き着いてきた。


「み~つけた!」


5歳の割には背の高い白い肌の薄茶色の瞳と髪の色が印象的な女児だ。

俺の腕の中で顔を上げたその子供は、


「お魚釣れた?」


「釣れた、釣れた」


防波堤から投げ込んであったロープを手繰り寄せそのロープの先端に結んである網を引き揚げ、中の5匹ほどのアジを見せた。


「すご~い」


と言って、その子供は躊躇なくビチビチ身体を激しく動かす魚のしっぽを掴み、自分の目の高さほどに高く上げると、ニィと笑って、


「ママ!

パパが釣ったよ。ほら~」


少し、遅れてやって来た、すらっとした女性に大声で笑いながら駆け寄ると、ビチビチ動くアジを見せていた。


そう、この遅れてやって来た女性、11年前と外見はさほど変わらない。5cmほど背が伸びて、身体のラインが女性っぽくなって完ロリから女性に成ったリリィさんだ。


「何匹釣れた? 昔から、ママの方が上手なんだからね~」


俺の方をニィと笑って見ている。


春の日差しが厳しさを増し、やがて来る夏の訪れを感じさせる午後だった。

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