第302話 奪われた日常22

「ろー……


寝ちゃった?」


俺の背中にピッタリとくっつくリリィさんが小さく呟いた気がした……

そんな声で目が覚めた……


いつの間にか、ウトウトしていたのか……

それは、瞬間の息継ぎの様に思えたのだが……


「寝ちゃったんだ……」


リリィさんがポツリと言った。


「……また、助けられちゃたね……

ありがとう……


大好き……よ……」


背中で呟くリリィさんは俺の身体にしがみ付いて背中に顔を押し付けている。


大好き……か……


小学女児の大好きがどの程度のものなのか……

俺には、分かっている。


お母さんが好き、お父さんが好き、可愛い犬や猫が好き……


けんたろうーが好き……


そこに明確な区別なんか無いんだろう……


分かっている。


でも、そうだな……

今夜だけは……

その好きを有難く、いただいておくよ。


……


大好き……


か……


そもそも、他人に好きなんて言われるような人生を俺は送ってなかったな……

好きって、なんだろうね?


シンプルに考えれば……

優先順位の高い関係性?

一番に考えてあげる事の出来る相手の事?


イヤイヤ、もう十分シンプルじゃないな……


もっと、単純に……


なんだろうな……


こんな簡単なありふれた言葉の意味さえ、今の俺には明確に示すことが出来ないんだ……

特別な大地震のせいなのか、俺の送ってきた人生のせいなのか……

真っ暗で極寒の孤立した高台にある小さな神社の境内で俺は……


意味も無く、わざと難解に見せかけて、簡単に出る答えを先送りしている。


答えが出ない事を俺は望んでいた。


時折揺れる地面が鳴動して、揺れることが出来るすべての物が奏でるシンフォニーを薄いビニールと特殊なボードで覆われた今夜の寝床のゴムボートの底面に耳を当て、背中にすがる温かいリリィさんの体温を感じ……


俺は、リリィさんのその言葉を噛みしめて……

聞こえなかった事に……


俺の心をごまかして……


寝たふりを……

ずっとしていた……


その後、津波の浸水は増減を繰り返し、明るくなった翌日の朝方には、すっかり消えていた。

爪痕だけを街に残して。

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