ヒサヨ先輩

 ケイコ先輩も大柄だけど、ヒサヨ先輩となると大女。百八十センチは軽く超えてる。もちろんウドの大木ではなく、


「高校バレーに出てましたよね」

「あははは、そんな昔の事をよく覚えてるね」


 そりゃ、あれだけデカデカと書いてあれば覚えてる。大阪の女子バレーの名門桜天高のエース。あの頃の大阪は梅英女子が強かったけど、これとシノギを削るライバル関係。


「梅女は中学から強くてね。ミカとスズミには勝てなかったのよね」


 ミカとは現在の全日本のエース・アタッカーの鈴木実夏、スズミとは同じく全日本のセッターの有藤涼美のことだよね。鈴木選手、有藤選手は中学の時から梅女で活躍して全国制覇。


「中学の時は蹴散らされたって感じかな。でも桜天高にミハルが入る事になって・・・」


 ミハルとは現在イタリア・プロリーグで活躍中のセッターの竹中美晴なのよね。竹中選手はイタリア選手と国際結婚して、国籍もイタリア。次の五輪にイタリア代表のセッターとして出場するのじゃないかと噂されてる。


 当時の大阪の中学バレーは鈴木・有藤の黄金コンビがいた梅女が強すぎたけど、もしこれを倒せるとしたら大石・竹中がコンビを組むしかないって言われてたらしい。


「桜天も梅女に押されっぱなしだったから、スカウトされたんだよ」


 かくして大阪女子高校バレー界は梅女と桜天の一騎打ちの様相になったと言いたいところだけど、


「ヒサヨもミハルもお山の大将もイイところだったよ」


 バレーの攻撃はセッターがトスを上げてアタッカーが打ちこむのだけど、


「ミハルのトスが気に入らなくて大喧嘩」


 ヒサヨ先輩も今は大らかな人だけど、当時は闘志むき出しだったみたいで、自分の好みでないトスは打ちもしなかったって言うから強烈。セッターとエース・アタッカーがギクシャクしたのでチームは空中分解寸前だったとか。そんな時に東京から遠征してきた共同学園との練習試合があったそう。


「中学と高校じゃレベルがね・・・」


 ヒサヨ先輩が好んだのはオーソドックスなオープン攻撃。中学レベルなら読まれてブロックされても弾き飛ばしていたそうだけど、


「留学生のブロックが強力でね。まあ、一九〇センチ越えてる連中が二枚待ち構えているところに、正面から叩き込んでも壁みたいなもの」


 これは無理だとヒサヨ先輩も悟って竹中選手のトスで打とうとしたけど、


「ミハルのトス回しは早いのよね。タイミングが合わなくて試合は完敗」


 桜天を一蹴した共同学園は、その後に梅女と戦うも、今度は梅女にまったく歯が立たなかったって言うから驚き。梅女・共同学園戦も見ていた二人は、竹中選手のトスとヒサヨ先輩のアタックを一〇〇%活かすチームを作る必要を痛感したそう。


「梅女も純国産チームだったのよ。体格で落ちる分を補うには練習による戦術アップしかないって、やっとわかったぐらいかな」


 多彩な攻撃パターンを持つコンビ・バレーを目指したそうだけど、そんなものが一朝一夕に出来るものではく、


「やっと二年の選手権ぐらいでモノになった感じ」


 高校バレーはインターハイ、国体、選手権が三冠だけど、最後の選手権で梅女を破り全国出場。インターハイ、国体を制している梅女に勝って出場だから優勝候補筆頭って騒がれたのは覚えてる。しかし、


「嬉しかったけど無理があったのよ」


 ヒサヨ先輩が言うにはトップ・アスリートになれるには二つの条件が必要だって。一つは天分、


「もう一つは、トレーニングに耐えられるタフなボディよ」


 鈴木・有藤のコンビに勝つための練習は、


「腰、膝、肘ってね。府大会の頃にもかなり来てた。全国大会では、ひたすら痛み止めを打ちまくってやってたよ」


 全国大会はガタガタの体に鞭打ってやってたらしいけど、準決勝の時に起き上がれなくなり、ついにドクター・ストップ。そのまま高三も運動禁止。


「腰がかなりでね。しばらく車椅子使ってた」


 それでも回復して痛みも取れたそうだけど、


「言われちゃったよ、そこまで傷んだらトップ・クラスは愚か、激しい運動も無理だって」


 さすがに落ちこんだみたい。


「まあね。バレーはヒサヨの人生そのものだったからね。そんなに簡単に割り切れなかった・・・」


 荒れた時期もあったみたいだけど、二浪の末に西宮学院に入学。ケイコ先輩との出会いは、


「出会いって程のものじゃないよ。ヒサヨが『オオイシ』でケイコが『カミバヤシ』でしょ。とくに入学した頃って五十音順で並ばされたり、グループ作ったりが多いじゃない」


 そっか、そっか、加茂先輩も『カモ』だから・・・


「そうよ。三人続きだったってこと」


 三年しても挫折の失意は残ってたみたいで、


「ケイコに救われたと感謝してる」


 ケイコ先輩はしっかり者だけど、欠点として興味がないものにはトコトン興味がないらしい。この世にバレーボールというスポーツがあるぐらいは知っていても、どこが強いとか、誰が有名もまったく知らなかったんだって。


 一方でヒサヨ先輩は高校バレー界の有名選手だったし、将来の全日本を背負って立つと期待されたぐらいだけど、怪我で引退を余儀なくされてからも、その目立つ大きな体から『桜天の大石』が付いて回ってたそう。


「浪人中も、そうでさ。なにかさらし者扱いみたいでしんどかったのよ。でもね、ケイコは『桜天の大石』なんて知りもしなかったし興味もなかったのよね」


 それだけじゃなく、これもヒサヨ先輩の密かな負い目であった二浪も、


「半年ぐらいしてから、


『へぇ、ヒサヨって浪人してたんだ』


 気づけよなって思ったよ」


 そういう扱いにごく自然にされたのが、ヒサヨ先輩には良かったみたい。バレーでの挫折経験が自然に癒されたって感じだって。


「格好良く言えばそうね。ケイコ見てると、ヒサヨの挫折なんて小さな世界の出来事に思っちゃったのよ。だからヒサヨも後ろばかり見るのじゃなく、自分が出来る明日を見ようって」


 ケイコ先輩はたしかにそういうところがあるものね。そんなヒサヨ先輩が北斗星に誘われたのはわかるとして、前から疑問に思っていたことを。


「このサークルを作ったのは加茂先輩とケイコ先輩で、ヒサヨ先輩も引きずり込まれたんですよね」

「ああ、そうだよ。否も応もなかったぐらい強引だった」


 そういう馬力があるのもミサトも知ってるけど、変なのよね、いや変過ぎるのよね。


「そこが聞きたいの。答えは尾崎さんも知ってるでしょ、現場にいたものね。ケイコはね、二人だけで良かったんだよ。それなのにシゲルが届出サークルにするっていうから、数合わせにヒサヨを引っ張り込んだだけ」


 じゃあ一昨年も。


「新入会員勧誘なんて、やる気ゼロだったよ。ケイコはサークル北斗星が三人のままで卒業して消滅しても良いと考えてたはずよ。いやそうする気がマンマンだったわ」


 それがギャンブルでトラブって逃げこんだ平田先輩と、マンガ研で大立ち回りをやって追い出されたチサト先輩が入ってしまったものだから、


「チサトもマサキも西川流のB4級じゃない。たいしたレベルじゃないけど、ド素人にとっては見上げる感じかな。とくにシゲルが熱心になってさ・・・」


 先生役が西川流のB4級じゃ・・・素人が集まってるよりマシだろうけど。でもさぁ、去年の勧誘は積極的だったけど。


「あれね、ケイコは自分が上手くなりたいのじゃなくて、シゲルが上手くなるのを助けてあげたいなのよ。それをみんなも良く知ってたからね」


 ケイコ先輩は入学式で出会った日から加茂先輩に惚れてたで間違いない。でも自分に自信が持てなくて、せめて二人でいられる環境を作ろうとしたのだと思う。それだけじゃなく、加茂先輩が喜ぶ方向に力を注いでたんだよ。


 加茂先輩は加茂先輩で、やるからにはちゃんとやりたい人だものね。だからサークルも届出にしたし、チサト先輩や平田先輩がひょんな成り行きで入部してくれたから、サークルのレベルを上げようと懸命になったぐらいかな。



 あの日にナオミと寺田さんと三人で喫茶北斗星に行ったのは偶然。強いて言えば正門から一番近かったからぐらい。もちろんフォト・サークル北斗星なんて存在すら知らなかったし。


「真っ先に気づいたのがチサトだった。尾崎さんたちはテーブル席に座ったじゃない。ヒサヨたちは隣で耳ダンボにして聞いてたんだよ」


 チサト先輩も自信が無かったみたいだけど、寺田さんが写真甲子園の話を持ちだした時に全員が確信。そこからどうするかで、ひたすらヒソヒソ話だって。


「シゲルがビビっちゃってね。あの摩耶学園の優勝メンバーじゃ、あまりにもレベルが違いすぎるからとか、なんとかってね」


 でもケイコ先輩は、


「そういうこと、シゲルのために必要って判断したら即行動。尾崎さんたちに声を掛ける前に、店のドアの鍵を閉めて、現在休店中の札までかけてたもの」


 そこまでやってたんだ。でもそこまで聞かされると、ミサトが北斗星に入って本当に良かったのかどうか・・・


「ヒサヨたちにとっては良かったよ」

「ケイコ先輩には?」


 ヒサヨ先輩はニヤッと笑って、


「お幸せなお二人に何の不満がございましょうか」


 そうだった、そうだった。


「たくね。純情というか、鈍いというか、オクテというかだけど、二年越しじゃない。でも、これでヒサヨたちもやっとホッとした」

「でも聞いてると、このサークルは・・・」


 ヒサヨ先輩はにこやかに笑いながら、


「なんだかんだとケイコに救われたような会員ばかりじゃない。みんなケイコの力になりたかったってこと。そう、去年まではケイコを幸せにする会だったのさ」

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