心の支えは誰の中にも
「改めまして、俺は天道祐樹って言います。ミライバの子会社であるアスノテに所属してて、そこでANIMAL四期生としてVTuberをしてます。パーキングエリアでの節はどうもご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした」
「こちらも改めて、俺はミライバでマネージャーをしている神代裕也だ。海斗から聞いている通り、翔太くんにゲームのレクチャーをしてくれるみたいで本当に助かるよ。それとパーキングエリアの出来事についても気にしなくて大丈夫、俺と海斗がそうしたいと思って移した行動だからな」
天道祐樹、齢十八歳。
身長は180cmを超え、見た目は平均より痩せ細っているものの、服を着飾れば芸能人及び俳優に見間違えるぐらいに整っている。
自己紹介でも語ってくれたように、どうやら親会社であるミライバから派生した子会社であるアスノテに所属しているVTuberとのことで、俺と同じまだ一年にも満たない新人枠らしい。
「……やっぱり、裕也さんはテレビで見た時と変わらず前向きで男らしい人ですね」
「男らしいかどうかはわからないが、どうやら俺をテレビの取材番組で既に知っていたらしいけどそれは本当なのか?」
「えぇ、数ヶ月前の取材番組で……。今はこうして誰かと会ったり話したりするのは慣れて大丈夫なんですけど、当時の俺は他人と接することに恐怖を抱いてて、大変だったんです。でも先輩たちや憧れの存在、そして当時テレビ越しとはいえ裕也さんの言葉が胸に響いて、前向きに、そして後悔のないように頑張ろうと思えた結果が今に繋がったんです」
祐樹くんは自分を偽ることをせず、しっかり俺の目を見て語った。
なんでも喘息の他にアトピー性皮膚炎という病気を患っているそうで、それが原因で学生時代は虐められ、引きこもりになったこと。
クソ暑い真夏日であるのにも関わらず長袖を着用している祐樹くんは、片腕の袖を捲り包帯している箇所を顕にした。
そしてゆっくりと包帯を外していき、俺と海斗にその全貌を見せてくれた。
お世辞でも綺麗とは言えない。荒れて皮膚がボロボロで、一部は化膿していた。
「前までの俺だったら、誰かにこれを見せることはしなかったと思います。しかし今は違う、これがあっても俺は俺であると、そう胸を張って言える自信があります」
「なかなかに痛々しいな……。薬とかはちゃんと塗ってるのか?」
「えぇ、今日も朝方に塗ってきています。しかし季節の関係で包帯を巻いていても、汗とかでこの通り意味は無くなっちゃいますけどね。これとはもう長い付き合い、慣れちゃいましたけど」
テレビとかで見たことはある。
しかし、目の当たりにするのは初めてだ。
故に最初は驚きはしたが、それでも今は受け入れ自分の一部であると前向きに話す祐樹くんに俺は感服した。
海斗は痛々しいなどと表現したが、俺は心の中で痒そうと思った。
きっと今こうして見せることも辛いはずの皮膚を見せてくれたのは、俺たちを信用してくれたからなのだろう。
「俺が海斗さんに、裕也さんと会えないかと頼んだのは実際に感謝を言いたかったからです。きっと裕也さんのことだから“そんなことで”と思うかもしれませんが、少なからず俺の中では自分に大きく影響を与えてくれた方と認識しています」
「例えそれが今回初めて会う形で、その前まではテレビでの認知だったとしてもか?」
「はい、そうです。大切なのは、何事もキッカケだと思うので……。それと、俺を救ってくれたのは裕也さん以外にも、実は“ヒスイちゃん”も居るんです」
「……ほあぁ!?」
「ちょ、裕也うっせぇ……!」
「す、すまねぇ……」
思わぬ人物の名前に、俺は奇声を上げた。
海斗に諭され、慌てて口を手で隠した。幸いにも周りには聞かれていないようで、俺は冷静にコーヒーを口にした。
「涼音……じゃなくて、ヒスイちゃんのこと知ってるんだな」
「あっ、ちなみに隠さなくてもヒスイちゃんが裕也さんの妹さんだってことは知ってますよ。トゥイッターのDMとかで連絡し合ったりしてるので」
「そ、そそそうか! そ、それは大変仲睦まじくて素敵なことだな! うん、いいことだ!」
「落ち着け裕也、手震えてんぞ」
さて、なんのことやら。
別に祐樹くんが涼音と裏で連絡し合ってることに関して何の感情も抱いてないけど?
ほら、涼音は俺のこと好きで居てくれてるだろうし、そんな浮気みたいなこと、するわけ、ないとは思ってるよ?
自分の中でとりあえず落ち着かせるための自己暗示を掛け、俺は震える手でマグカップを持つ。
そんな俺を見て、海斗が代わりに聞き出してくれることに。
「ちなみに、裕也が涼音ちゃんの兄貴だってのはどこで知ったんだ? 当時の取材番組は俺も見ていたが、涼音ちゃんは声どころか姿も無い。本人から聞いたのか?」
「裕也さんがヒスイちゃんのお兄さんだって知ったのは、つい最近のことですよ。ほら、企業勢として活動する前の配信で裕也さんが発狂していた回があったじゃないですか」
「あ〜、なんだっけそれ。薄らと覚えてる、確かこいつが涼音ちゃんの配信枠でリスナーの質問に答える……ってやつだったはず」
「そう、まさしくそれです。ちなみに事後報告となってしまいますが、その切り抜きをupしたの俺なんです……すみません」
「切り抜き? ……まさか、“全裸でヒスイ推し”って名前の人か!?」
「そ、そうです……。あ、でも別に裕也さんの妹さんに決してやましい気持ちがあるとかそういうのではないので悪しからず!!」
あたふたとしながらそう説明をする祐樹くんに俺はもはや唖然としていた。
彼の性格上、確かに嘘は言っていない。だがそれよりも俺は、こんな良い子がインパクトある名前で切り抜きを行なっていたことに衝撃を受けて脳味噌がコテコテになった。
こってりすぎて、どろっどろだわ。
それから俺たちは祐樹くんの話に耳を傾けた。
パーキングエリアでは互いに忙しなく動いていた為にゆっくりと接する機会が無かったこと、ただそれでも祐樹くんにとって最初に救いの手を差し伸べてくれたのは紛れもないヒスイ……、つまりは涼音だったという事実。
「中学を卒業してから引きこもるようになった俺は両親と何度も衝突して、自暴自棄になっていました。持病について理解してくれない方々からは“気持ちの問題”と責められ、やがて自分がこうであること自体が悪いことなのかもしれないと自己嫌悪に駆られ、リスカもしたりしました」
「……そうか」
「でも今は悲劇の主人公やヒロインを気取ったりするつもりはありません。だって、一番辛い時期に心も身体も救ってくれたのはヒスイちゃんだったので」
きっとそれは、恋愛感情じゃない。
まさしくそれは憧れや尊敬、そんな感情を表すかのような真っ直ぐな目をしていた。
「ちなみに、涼音とは会ったことあるのか?」
「いえ、ありません。連絡もアスノテに所属する前と比べれば減りましたし、なにより一人前になってから会いたいと思ってますので。俺もまだ半年ちょっとしか経ってないひよっ子……頑張るべきことや、やらなくてはいけないこともたくさんありますから」
「しっかり者だな、祐樹くんは」
「俺をここまで導いてくれたのはヒスイちゃんを始めとして裕也さんの言葉に繋がり、そしてある先輩が支えてくれた結果です。俺はそんな裕也さんたちから与えられたものを結果として見出して返すのが、自分なりの恩返しだと思ってます」
半年前は今と違うと言っていたが、その僅か半年でどれだけ変わったのだろうかと気になるぐらいにしっかりしていた。
恩を返されるほど何かしたわけではないが、それでも本人がその気になっているのであるなら口を挟む理由がない。
「ただ今日は予定変更で本来はメッセのやり取りや通話繋げながら教える形だったが、昨日の昨晩に休みになったから直接手取り足取り翔太くんに教えてくれるんだよな? ただそうなると必然的に涼音ちゃんと会ってしまいそうな感じもするが大丈夫なのか?」
そこで海斗が言った。
休みになって手取り足取り教えてくれるというのは初知りだったが、確かにミライバに来るとなると会う確率は高いな……。
「まぁ、そうですよね……。けど、海斗さんや裕也さんの頼みなので、教えるなら実際に会った方が教えやすいですし……。んー……」
「裕也、なにかいい案でもないか?」
「案もなにも、そうだな……。あれ、でもメッセのやり取りだけなら祐樹くんのリアルはわからないんじゃないか?」
「……あっ、確かにそうですね」
「もし涼音と会っても人見知りだからと程を作っておけば、なんとかなりそうだろ」
「うっわぁ……、なんつーぶっきらぼうな返しだよ裕也」
「さ、さすが裕也さんです……!!」
「えっ、ちょ、祐樹くん?」
ぶっきらぼうに返しているつもりはない俺に、海斗が冷たい目で見てくる。
しかし祐樹くんは何故か目を輝かせて、俺を見つめてきた。
「俺、裕也さんみたいなカッコいい大人になりたいです!」
「やめとけやめとけ! こんなやつになったってろくなこと無いから! なっ!?」
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう! ほら、例えるなら伊○誠みたいに女の子引っ掛けたりしてっから!」
「おいコラ、待てコラ、なんつった? 海斗」
聞き捨てならない例えに、俺は海斗を睨み付ける。挙げ句の果てには『バッグに敷き詰められる未来が待ってる』と付け加えられ、俺はコーヒーに入っていた氷を手に取り海斗の背中の中に入れてやった。
「うひょん!?」
「祐樹くん、このバカの言うことは気にすんな。けど俺みたいになったってろくなことにならないのは間違いない、祐樹くんは祐樹くんなりに作り上げていけばいいさ」
「あははっ! 冗談ってのはわかってますよ。あっ、ちょっとすみません」
会話を続けていると、祐樹くんのスマホが振動した。
どうやら電話ではなく、メールのようだ。
すると背中から氷を取り出して軽く頭を殴ってきた海斗が、茶々を入れる。
「なんだ、彼女か?」
「そ、そうです。別に虐げられているとか強制されてるとかじゃないんですが、個人的にすぐ返してあげたいんです」
「ひゅ〜、ラブラブだねぇ。あっ、俺もメール来てた」
「えっ、海斗さんも彼女さんからですか?」
「あぁ、最近付き合い始めた自慢の彼女。やっぱ付き合ってから余計に可愛く思えるし、メールは誰よりも早く返してあげたくなる気持ちってのはわかりみが深いわ」
「やっぱそうですよね! ちなみにどんな彼女さんなんですか?」
「んっ、この子」
「うわっ、めっちゃ若いですね! 俺と同じぐらいですかね」
「同じぐらいもなにも、同年齢だったはず。ちなに祐樹くんの彼女は?」
「えっと……この方です!」
「めっちゃ童顔じゃん、可愛いな」
「あははっ、これでも年上なんですよ。俺より4つ上です」
「まさかの年上彼女!? 祐樹くんも面食いだなぁ、ははは!」
俺は一体何を聞かされてんだ?
省かれた状態のまま、二人で互いの彼女について盛り上がる光景が繰り広げられた。
別に妬ましくない。
妬ましくなんか、ねぇからな。
ブラックのはずが甘く感じてしまい、俺は一気に気が抜けてしまう。
二人の会話を聞きながら頭の中でスケジュールの調整をしていると、スマホが振動した。
まさか、涼音から……!?
俺はスマホを手に取り、送信相手を確認せずにメールを開いた。
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YO!!! 裕也ッ!!
なんだかんだお前が大好きなパパだぞ♡
最近体調とかどうだ?
涼音ちゃんと、どこまでいったんだ?
あぁん、もう!
気になりすぎてお父さん夜しか眠れない!!
返信、待ってるからな!
裕也、アイ・ラブ・ユー♡
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「まさか、裕也さんも彼女さんからですか!?」
「やめろ祐樹くん、これは違う。裕也の表情をよく見てみろ、これは親父さんからだ」
「えっ? ……ひぃっ!?」
俺は今、どんな表情をしているんだ。
自分にはわからない、よくわからない。
ただそれでも理解しているのは、親父のメールにこの上ない怒りと殺意を抱いたということ。
怒りが募りすぎて、手が震える。
俺は片手でフリックしていき、親父へとメールを返した。
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死ね
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