第33話:黒髪ロングの黒縁メガネの美少女が面接に来た件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!

 ぼく、あやうく甲林きのえばやしさんのことを勘違いするところでした。あやうく複雑な三角関係が勃発すると勘違いする所でした。


 でも、甲林きのえばやしさんいわく、ぼくは別の勘違いをしているようです。

 れんちゃんが……ぼくと……その……もっと色んなことがしたいと思っているそうなんです……ほ、本当かなぁ。

 あの天使みたいなれんちゃんがそんなこと考えているの? つるんつるんのお肌のれんちゃんがそんなこと考えているの? 本当かなぁ?


 でも、本当だと……いいなぁ。

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「とにかく、今までのケフちゃんの行動を思い出してみろ、それとないアプローチがあったんじゃないのか?」


 甲林きのえばやしさんは、ぼくに念をおした。


「ま、年齢イコール彼女なしの俺が言っても説得力ないかもしれんが」


 甲林きのえばやしさんの言ってることは結構マトを得ているかもしれない。だって、木の下で告白なんかしちゃったりするゲームで甲林きのえばやしさんが二番目に好きなキャラクターは、主人公を意識すると、一緒に下校してくれなくなっちゃうもの。好きの裏返しで、一緒に帰ってくれなくなってしまうもの。


 専門学校時代の甲林きのえばやしさんは、そんな女の子の複雑な乙女心を、ぼくに朝まで熱弁してくれていたんだモノ。甲林きのえばやしさんはときめいたりしちゃったりするゲームを、1作目も2作目も、気が狂ったように遊び尽くした恋愛ゲームマスターなんだもの。

 下校シーンをめっちゃフィーチャーした、チェックのエプロンスカートの特徴的な制服のゲームもめっちゃやりこんでいる恋愛ゲームマスターなんだもの。


「ありがとう」


「昼飯か? 別にいいよ。むしろお前の家に遊びに行った時は、いつも飯をつくってくれるじゃないか。一回くらいじゃチャラにはならないよ」


 ちがう。そこじゃない。もちろん金欠のなか、お昼ご飯をおごってくれたのは嬉しいけど、さっきの「ありがとう」はそう言う意味じゃない。


 ぼくは、恋愛マスターの甲林きのえばやしさんにお礼を言ったんだ。

 甲林きのえばやしさんのアドバイスはいつも本当に役にたつ、僕の背中を押してくれる。ゲームプランナーになりたかったぼくの背中を押してくれたのも、甲林きのえばやしさんなんだ。

 プランナー経験がゼロのぼくに「勇気を出して応募してみろ!」って背中を押してくれたんだ。

 ぼくは、今日、れんちゃんとの関係を一歩踏み込む勇気を、恋愛ゲームマスターの甲林きのえばやしさんからもらったんだ。甲林きのえばやしさんに、背中を押してもらったんだ。


甲林きのえばやしさんありがとう。このお返しは、いつか必ずするから」


「なんだよ、たかだかランチ一回おごったくらいで……気にすることないって……て言うか、お礼のノリが重すぎてぶっちゃけちょっと気持ちが悪いぞ」


 甲林きのえばやしさんは、あんまりにしつこいお礼に、ちょっと引き気味だった。


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 そのあと、ぼくは、CGの塗り忘れを崔峰さいほうさんに注意されながら、一生懸命モニターの前に向かっている可愛いれんちゃんの姿をチラチラと横目で見ながら、崔峰さんのお手伝いのデザイン業務の進行管理と、通販グッズの配送作業をこなした。


 そして4時になった。


 ピピピピ……ピピピピ……

 ガチャリ!


 仮眠室で昼寝をしている空塚からつかさんがセットした、キッチンタイマーが鳴るのと同時に、会社の玄関のドアが開いた。


「失礼します! 本日4時に面接のお時間をいただいております、辛城しんじょういばらです。よろしくお願いします!!」


 いばらぎ……いや、辛城しんじょういばらさんだ。

 濃紺のリクルートスーツで、黒髪のロングをひっつめにして、黒縁メガネをかけている。ぼくの知っているいばらぎちゃんとは全然違う。

 なんというか、秘書さん志望の就活生って感じ。めっちゃしっかりとした「才女」って感じ。


 辛城しんじょうさんは、両手にしっかりと大きめのブリーフケースをにぎっている。

 郵送で送られた作品の原本を持ってきたのだろう。郵送された書類には、いくつかデッサンと、水彩のイラストもまざっていたから。


 辛城しんじょうさんは、ちょっと……いや明らかに緊張していた。

土禁エリアの前で、カチコチに固まっていた。


「はーい」


 ぼくは、声をあげると、自分の席からもふもふと土禁エリアの絨毯をふみしめて、辛城しんじょうさんにスリッパを出した。

 辛城しんじょうさんは、明らかに驚いた顔をしている。


「ミズキちゃん、いつもその格好コスプレで仕事してるの?」


「え? いや、その……今日は特別って言うか、コスプレしといたほうが、いばら……じゃない、辛城しんじょうさんの緊張も解けるかなって」


 辛城しんじょうさんは、スリッパをはきながら、朗らかに話しかけてくる。うん、いつものいばらぎちゃんだ。朗らか明るいいばらぎちゃんだ。


「そうなんだ……でもすごいねその制服。こんなクオリティが高いコスプレみたことないよ」


「えへへ、これ、実はお針子サイボーグさんのお手製だよ♪」


「え!? お針子サイボーグ!?

 え、ええ!! コスプレ界の界王神、お針子サイボーグさん!?」


 辛城しんじょうさんは、手に持った大きめのブリーフケースをパタリと落とすと、ぼくの制服をまじまじと見つめ始めた。


「すっごい、この生地、本物の制服みたい……いや、それ以上! めちゃくちゃ可愛い!!

 ボックススカートのチェックってありそうでないもんね。うわー本当に絶妙! 本当に可愛い!!


「こらこら乙葉おとは、お客さんを席にお通ししないで何をしているのかね?」


 発子はつこさんが、ぼくをたしなめながらやってきた。その後ろには崔峰さいほうさんがいる。


「あ、ごめんなさい、こちらの席におかけください。今お茶を淹れてきますんで!」


 ぼくは、あわててそう言うと、急いでお茶っ葉を急須に淹れて、4人分のお茶を用意した。


 ミーティングルームでは、発子はつこさんと崔峰さいほうさんが辛城しんじょうさんに名刺をわたしていた。

 発子はつこさんは会社の名刺、崔峰さいほうさんは会社の名刺と、コスプレ衣装のお針子活動をするときに使っている名前〝お針子サイボーグ〟の名刺の2枚をわたしていた。


 名刺を受け取った辛城しんじょうさんは、会社に入ってきた時と同じ、いやもっと、遥かに緊張していた。

 コスプレ衣装デザイナーの界王神、お針子サイボーグ崔峰さいほうさんの前で、カチンコチンに固まっていた。

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