第11話:シャワーの音を聞きながら反省のポーズをした件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です! 大事件です!


 れんちゃんがぼくの家にいます。

 大きなキャリーバッグと、普通のサイズのボストンバックと、小さな蕎麦シフォンケーキと一緒にれんちゃんがぼくの家にいます。


 どうしよう。


 でも、うっかり体当たりで〝〟してしまうと、れんちゃんとの関係性が悪くなってしまいそうです。れんちゃんの倒錯ピュアイノセントな妄想力が砕け散ってしまうかもです。

 そんなことになってしまったら、ぼくは発子はつこさんに、肩の骨を粉砕された挙句にカンチョーされてしまいます。


 とりあえず、これからのことは晩ご飯を食べてから考えます。


 姉さん! ぼく、どうしよう。(我慢しよう!)

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 ぼくは、普段は自炊派だ。自炊といっても主な料理はご飯を炊くことで、あとはオムレツを作ったり、実家から送られてくる野菜をスーパーの半額肉と炒めるだけだ。とても、人様に振る舞えるような料理は作れない。


 ましては、れんちゃんなんかには振る舞えっこない。かっこ悪い。恥ずかしい。


 そんな訳で、ここ半年ほどシミュレートしていた作戦を、急遽決行することになった。


 予算は大丈夫だった。発子はつこさんにもらった取材費に、今のぼくの財布の中身を足せばこと足りる。ついでに蕎麦シフォンケーキもある。予約もこっそりと済ませてある。時間的にギリギリだからちょっと無理してもらったけど、大丈夫だ、問題ない。


 ぼくは、務めて普通を装って、れんちゃんに話を切り出した。


「今日はもう遅いからさ、晩ご飯は近場で済ませる感じで良い?」




 テーブルの前に料理が運ばれてきた。


「お待たせいたしました。オードブル3品です。

 右から『ラ・フランスの生ハム巻き』『グレープフルーツとタコのマリネ』『サーモンのタルタル』でございます。」


 うん。意味がわからない。さっぱり料理名の意味がわからない。

 タルタルってなんだ? ソースじゃないの?? なんで食べ放題のケーキみたいな形をしているの???


 ぼくは、後悔していた、普段着でふらりと、家の真向かいにあるフレンチ来てガッツリ後悔していた。比較的リーズナブルなコースがあるのを知っていたから頼んだけど、ドリンクは別料金だった。サービス料金? ってのもあった。


 本来はワインを頼まないといけないんだろうけど、ぶっちゃけワインの方が料理より値段が高い。(もちろん、安いワインも一応ある)

 でも、そもそもぼくはお酒が弱い。そしてれんちゃんもお酒が飲めないらしい。


 ウエイターの人も、ぼくたちを未成年と勘違いしたらしく、炭酸水をお勧めしてくれた。(それもなかなかに高い)


 ぼくは味もよくわかんないままオードブルを食べて、スープを飲んで、リーズナブルなコースだから、肉か魚のどちらかを選ぶ選択式だったメイン料理に、僕はにお肉を選択して、れんちゃんお魚を選択して、もくもくと食べた。美味しかったけど美味しい以外の感想が言えなかった。


 ぼくは、明らかにお店のチョイスを間違えた。こんなんなら、ちょっと先のお茶漬けで有名なメーカーが出店しているカジュアルな和食料理屋さんにしとけばよかった。あそこなら、炭酸水の値段で、美味しい定食が食べられる。


 でも、ぼくは興奮してしまったんだ。蕎麦シフォンケーキを見て興奮してしまったんだ。


 そして、そのシフォンケーキがやってきた。オルゴールが鳴りながらやってきた。

 シフォンケーキには、上に文字が書いてあった。ぼくが予約の時にお願いした文字だ。


「一緒に〝音ゲー〟作りがんばろう!」


って書いてあった。誤字ってた。〝音ゲー〟は上から落ちてく楽譜を目で追って鍵盤を叩いたり足で踏むゲームだ。


 ぼくは、恥ずかしくなった。顔が熱を持っているのがわかる。本当に止めておけばよかった。分不相応なことを止めてよけばよかった。グラスに写った顔は真っ赤だった。馬鹿みたいだった。


「嫌だね。本当に嫌」


 れんちゃんはポツリと言った。笑いながら言った。


「わたし。音ゲーは嫌だよ。下手すぎるの。全然クリアできないの。音ゲーを作るのはなんて、ぜったに無理だよ。

 でもね〝乙女ゲー〟は楽しいよ〝乙姫おとひめみなと〟ちゃん創る楽しいよ。

 まだ実力は全然だけど、崔峰さいほうさんが創ってくれた制服、すごく可愛いから、絶対に〝みなと〟ちゃんにしっかり着こなせたいの」


 れんちゃんはぼくをまっすく見ていた。

 ウエイターさんは、静かに蕎麦シフォンケーキを4当分に切り分けて、クリームを大量に乗っけたお皿に、蕎麦シフォンケーキを盛り付けてくれた。


 蕎麦シフォンケーキはそんなに甘くなくて、でも控えめな甘さが、上品なクリームとマッチしていた。



「ありがとうございました。またお待ちしております」


 ぼくは、半分を発子はつこさんからもらった取材費と、決して高くはないぼくのお給料で、なかなかに高いお金を払った。


 ぼくとれんちゃんは、すぐ向かいにあるマンションの一階に戻った。

 ユニットバスと和室の六畳間の1Kで、管理人室の真向かいだった。もともと管理人の仮眠室だった場所で、格安の物件だった。


 我が家は狭かった。


 もう午後11時が近い。明日の朝は早い。明日は自転車がないから普段より早い。1.5キロほどある駒沢公園こまわざこうえん駅まで歩いて行って、三軒茶屋さんげんじゃやで、世田谷せたがや線に乗り換えて、終点の下高井戸しもたかいどから、さらに乗り換えて10分ちょっとかかる。

 普段より一時間ほど早い。人並みに早い。明日は金曜日だから、明後日には絶対にれんちゃんの自転車を買おう。


 ぼくは、残った蕎麦シフォンケーキを冷蔵庫に入れて(あす朝ごはんに食べる)、てきぱきとお風呂とトイレを念入りに掃除して(昨日も掃除したんだけど、色々と念には念を押しておきたい)その間にれんちゃんは、キャリーバッグとボストンのバッグの中身を整理した。


 ぼくは、お湯がたまったのを確認すると、れんちゃんはスタスタと、脱衣所と言う名の台所に行った。


 我が家は狭かった。


 ほどなく、シャワーの音が聞こえてくる。


 我が家は壁も薄かった。


 ぼくは、そわそわするので筋トレをした。腹筋をした。10回3セットをゆっくりとした。


 まだ、シャワーの音が聞こえてくる。


 ぼくは、立って壁に両手をつけた、そして頭を下げた。

 テレビで人気の猿みたいな〝反省のポーズ〟をした。


 そして心を無にしてゆっくりと吐きながら、かかとをできるだけ上げてつま先立ちになった。そして息を吸いながら数秒キープして、ゆっくりと息を吐きながら、重力にできるだけ抗いながらかかとを降ろした。


 カーフレイズだ。


 ぼくは、毎日の日課の、ふくらはぎの筋トレをゆっくりと30回やった。

 ぼくは男のだ。細いウエストきゅっとした足首は生命線だ。

 ぼくは男だ。だからゴツい肩幅とゴツい手の形はごまかせない。でもウエストや足は努力次第でどうにかなる。そして中でも、男のがコスプレをするうえで〝生足〟は絶対に譲れない。


 男のが可愛く見える服は限られる。本当に限られる。

 上半身はゆったりで、下半身を露出する。そして手は絶対に隠す。

 それが、男ののコスプレの鉄則だ。


 紫色の魔法少女は、下半身はミニスカートだけど、上半身のシルエットはゆったりとしている。しかも今ならボレロを着ているから肩幅も隠せる。そしてなにより手袋で手を隠せる。男のゴツい手を隠せる。


 ドジなメイドロボットもそうだ。上半身は体に合っていないダボダボなセーラー服なのが良い。なで肩に見えるうえに、男女で最も違いが目立つ手の甲を、萌え袖で可愛く隠せる。さらにニーソックスが良い! 絶対領域が良い!! 男は絶対領域に弱い、本当に弱い! 視線が絶対領域に集中する。だから、足首からふとももまでの美しい足のラインこそが男の娘の生命線なんだ。


 生足! そして顔、というか表情! そこに可愛さと尊さを全力で注入する。


 れんちゃんは可愛い。

 そしてあくまで、ぼくの好みからは外れてしまうけど、崔峰さいほうさんも、発子はつこさんも、ぼくの姉さんも可愛い。女の子は生まれながらに、すべからく全員可愛い。美少女だ。いくつになっても美少女だ。可憐だ。尊い。


 そんな女の子に少しでも近くためには、男のは努力するしかない。でも、努力すれば近づける。あくまでもジャンルが限られてしまう条件付き限定だけど、女の子に限りなく近づける。


「ふぅううう」


 ぼくは、日課のカーフレイズを終えた。


 ぼくは、息をはずませながら汗を拭うと、すぐ横に蓮ちゃんが座っていた。体育座りで。ぼくのことを見て、頬を赤らめながらじーっとしていた。座敷童ざしきわらしみたいだった。


 可愛い。


 れんちゃんは、パジャマ派だった。淡くて青いパジャマ姿の蓮ちゃんは、当然のように可愛かった。そして濡れた黒髪はビックリするくらいなまめかしかった。


 色っぽかった。


「じゃ、じゃあぼくもお風呂入るね!」


 ぼくは、急いで脱衣所と言う名のキッチンで服を脱ぐと、お湯のなかに飛び込んだ。そしてこのお湯にさっきまでれんちゃんが入っていたことに気がついて、ちょっと……いやだいぶ情緒がおかしくなった。


「ふぅううう」


 ぼくは、おふろに長居して、ガッツリのぼせてしまった。

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