十一
「雑誌を作ろうぜ」
中学最後の夏休みが徐々に迫りつつあった、梅雨が明けたばかりの日の放課後。期末テスト対策兼ぼんやりとした受験勉強のため、図書室に集まっていた友幸たちの前で、土生が唐突にそんなことを言い出した。
「現実逃避っすか」
意外にも真っ先に突っこんだのは、こういう提案にいの一番に乗りそうな堀川だった。地毛だと言い張っている薄っすらと染まったふんわりとした茶髪の先端をいじりながら、胡乱気な視線を向ける背の高い少年に、土生はチッチッチッと人差し指を振ってみせる。
「それもあるといえばあるが」
「あるわけね」
苦笑い気味に応じつつも、ノートから目を離さず手を動かし続ける真田。小太りの少年は、否定してもはじまらないしな、と得意げに言ってから、
「ただ、それだけというわけでもない」
友幸の方を指差した。
「阿久比君。君は中学に入ってから今日までの間、自分がここにいたという証を残せているかな」
そんな問いかけに、友幸はわけがわからず首を横に振る。土生は一人で何度も頷いてみせてか、わざとらしく咳払いをする。
「俺は阿久比君とつるみはじめた一年の時も、去年から今日まで四人で過ごしていた時も、君らがいてくれたおかげで随分と楽しく過ごすことができたと思っている。けれど、こうした楽しい日々は思い出というかたちでこの胸の中にあるだけだ。もちろん忘れるとは思えないが、俺にはそれが少しだけ寂しく感じられる」
寂しい、のだろうか。思い出だけでも充分なのではないのか、と友幸は考えたものの、それからすぐにこれからやってくる可能性が高い別れが頭に浮かび、存外に思い出というものは儚いものなのではないのかと感じたのもあり、やや同意よりに傾いた。
「そこでだ。そういう思い出の標としてなにがいいかと考えて出した結論が雑誌作りだ」
「少し飛躍してない」
真田の突っこみに、いや飛躍などしてない、と土生は応じる。
「俺らは本や物語について延々と語ってきた。ならば、それについてのものを残すというのは必然と言えるのではないのか、なあ、そうだろう」
そこまで言って、土生は友幸に同意を求めてきた。なぜ僕に振るんだ、とやや戸惑いつつも、
「面白そうではあるね」
と答える。提案自体には、本の中に出てきた部活っぽい感じがして、少しだけわくわくしていた。
「だろだろ。いやぁ、阿久比君は絶対にわかってくれると思ってたんだよ」
例のごとく一人盛り上がる小太りの少年。それに見せつけるようにして、ようやく顔をあげた真田が、しーっ、と小さな声を出す。途端に土生はわざとらしい咳払いをして、失礼、と告げた。
「いやあ、おれも楽しそうなのは否定しないっすけど、今の時期やるっていうのはちょっと無茶じゃないっすか」
実のところ気乗りしてないのか、あるいは現実問題を見据えているゆえか、堀川は加熱しつつある土生に対してこの時期における雑誌制作実現の難しさを指摘する。しかし、小太りの少年は笑みを深めて、首を横に振ってから、
「無茶ではあるかもしれないが、無理ではない。ゆえに俺はなんとなると確信している」
そう断言をした。そして、友幸もまた、可能ではあると思ってはいる。とはいえ、無条件で頷けるというわけでもない。
「具体的にどうするかは決まってるの」
真田の問いかけ。それを耳にした友幸は、半分くらい土生の中の情熱が暴走しているだけなのではないのか、と疑っていたものの、
「おおまかな流れとしては、みんなの希望を募って〆切を決めたうえで、各々好きなものを書いてきてもらう。小説でも、詩でも、エッセイでも、時間と余裕があるなら取材をして本格的な記事にしたてあげたっていい。とにかくそうやって書かれたものを集めまとめたうえで雑誌にする。ただ、俺らには金もなければ技術もないから、コピーした紙をホッチキスで挟む簡単なかたちにできればいいなと思う。ここまででなにか質問はあるかい」
小太りの友人の口から飛び出してきた計画は、思ったよりも現実を見据えたうえでの良い落しどころに聞こえた。友幸ができるかもしれない、と思ったのもこのくらいの意味での雑誌作りだった。直後に真田がおずおずと手をあげるのにあわせて土生が掌を向ける。
「本は自分たち用だけのつもりってことでいいのかな」
「今のところはそれでいいと思ってる。ただ、保存してもらえるかは置いておくにしても、一冊くらいは学校に寄贈できれば記念にはなるかもね」
その答えに、今度は堀川が机に肘をつけながら手をあげる。小太りの友人はそちらにも掌を向けた。
「それだとほとんど卒業文集みたいな感じっすよね。だったら、わざわざおれらで作らなくてもクラスで作るやつでいいんじゃないっすか。幸い、全員同じクラスなんだし」
相も変わらず乗り気ではなさそうなひょろりとした少年に、土生は首を横に振った。
「たしかに、ただ書くというだけだったらそれで事足りるだろうし、自分たちから希望を出せば、卒業前ということである程度好きに書かせてもらえるかもしれない。だが、それはあくまでもクラスの中の四人の話であって、放課後につるんでいた俺らが残す証としては弱い気がしてならない」
「あかし、っすか」
ぼんやりと復唱する堀川はまだまだピンと来てない様子だった。土生は、そう証だ、と繰り返したあと、
「さっき言ったこととも重なるかもしれないけど、俺は、この四人だけで力を合わせて何かをしたという証が欲しいんだ」
はっきりと言い切る。
友幸はその言わんとするところを飲みこみつつも、堀川ほどでなくとも、ピンと来ていない。土生が先程言ったところの寂しさの一部は共有できていても、雑誌というかたちを残すことで、その感情を紛らわせることをできるかどうかは甚だ怪しいと感じていた。ただ、それ以上に、四人だけで力を合わせての部分に、心のどこかで飼っている青春らしき匂いを嗅ぎとり興味を強めてもいる。
「おれは、土生君が言うような難しいことはわかんないっすけど、この四人でなんかやりたいってことだけは伝わったっす」
「うんうん。今はそれだけわかってくれればいいよ。それじゃあ、阿久比君はなにか聞きたいことはあるかな」
土生の声音で順番回ってきたのを知り、友幸はおもむろに考えを巡らせた。事実関係については、ほとんど真田と堀川が聞いてくれたため、それ以上、掘らなくても良く思える。だとすれば。
「僕からは特にないかな」
「本当かい。言いたいことがあるんだったら、がんがん指摘してくれていいんだぜ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「おお、言ってよ言ってよ。とりあえず、まだまだ叩き台の段階だから、探せばけっこうな数の問題点が見つかるかもしれないけど」
「この提案自体には特に口を挟むところはないよ。ただ」
一端、言葉を止めたあと、友幸は自らと土生を見守る真田と堀川をそれぞれ一瞥し、
「みんながこの企画に乗ってくれるのかなっていうところが一番気になるかな」
静かに告げる。土生は自らの額に人差し指を添えたあと、まっすぐに友幸へと視線を注いできた。
「その言い方だと、阿久比君は今回の雑誌作りには反対なのかな」
「いや、僕自身は、どれだけ時間に余裕ができるか次第ではあるけど、やってみるのもいいかなって思ってる」
「じゃあ」
「けど、それは僕の気持ちでしかないから。土生君は言いだしっぺだからやる気があると思うけど、真田さんと堀川君はどうなのかなって」
そう言って、友幸は二人へと再び視線を投げかける。
「土生君が四人で雑誌が作りたいんだったら、まずそこの確認が最優先かなって」
「たしかにそれはそうだね。ただ、今の今まではみんなに興味を持ってもらえるようにプレゼンしているつもりだったから、そこはこれから聞くのが流れかなって」
よどみない土生の返答に、友幸は、余計なお世話だったかもしれないなと自省しつつ、
「そっか。だったら、僕はやるよ。ただ、時期が時期だから、全ての労力を注ぐことはできないかもしれないってことだけは飲み込んでもらえればいいかな」
条件付きではあるが真っ先に参加を表明する。途端に土生が顔を輝かせると、ありがとう、と思い切り大きな声で告げた。
「土生君、声」
「ああ、ごめんごめん」
真田の注意に、小太りの少年は平手を立てて謝意を示す。三つ編みの少女は苦笑いしたあと、
「それと私もやってみたいかな。とはいっても、ちゃんとしたものを書いたことがないから、あんまり自信はないんだけど」
ぼそぼそと呟いて雑誌への参加を控え目に表明する。土生は再び声をあげようとしていたようだったが、直前の注意を思い出したのか、一端間を置いてから、小声で、ありがとう、と口にする。
そうなると、全員の注意はおのずと残り一人へと向けられる。当のひょろひょろとした少年は、困ったように頭の後ろを掻いてから、小さく溜め息を吐いた。
「おれ、頭悪いから、たぶんろくなものを書けないっすよ」
「そこは心配しないでいい。俺だって全然、自信がない」
いまだに気乗りしない様子の堀川に対して、土生は自らの胸を叩いてそう断言する。途端に、四人全員から笑いが漏れた。
「それ自信満々に言われると、逆に不安になるやつじゃないっすか」
「そう言われると、そうだな。今回の雑誌を作ろうってのも、俺がやりたいっていうのが一番の動機だしな」
静かにするべきだという言葉を気にしているのか、抑え気味に笑い声をあげる小太りの少年。堀川はしばらく土生を見つめたあと、
「了解っす」
直接、参加する、とは言わなかったものの、遠慮気味に賛意を示した。途端に叫びだしそうになるのをおさえて、両腕をあげる土生と、小さく息を吐き出し、ノートへと目線を落とす真田。そんな三人を見守りつつ、友幸は、どうなるかな、とかすかな不安を抱えつつも、これからが楽しみでもあった。
同時期、姉は家にいることが多くなっていた。松葉杖こそつかなくなったものの、まだ激しい運動は禁じられているらしく、陸上部への本格復帰は叶わないらしい。
「まったく、お医者様もけち臭いよね。さっさと走らせてくれないとどんどん遅れちゃうっていうのに。なんちゃって。噓だよ、噓。もう、休みに休んだから、死ぬほど練習するとか無理だって。あんたももしうちの高校に来たら、一週間くらい陸上部に入ってみなよ。すぐ、嫌になるから。いや、あんたは体力全然ないし、一週間どころか一日もしない内にダウンするかもね」
近況を語りつつも、何がおかしいのか豪快に笑う姉。その間、友幸は姉の目の中になにかしらの澱んだものがあるのを見てとる。それがなんであるのかを正確に読みとることはできなかったものの、不安や焦りといったものなのかもしれない。
「けどね。さすがにずっと部活に出ないっていうのも暇なんだよね。かといって、見学してたら、空気にあてられて無理にでも走りかねないし。ここだけの話、実は一回、走りかけて止められてんだよね。秘密だよ、秘密。父さんとか母さんに言ったらぶっ殺すから。どうでもいいことは置いておいて。クラスの子たちも、みんなけっこう大人しめで、微妙に話が合わないんだよね。みんないい人なのはわかるから、あたしもできるだけ向こうと仲良くしたいなとは思ってるんだけどさ。ずっと一緒にいるのは、けっこうしんどいだ。ってこれも、噓だよ。あんたみたいにずっと黙りこんで本ばっか読んでるわけじゃないんだから、話してるのが苦しいなんてあるわけないじゃん」
家にいる時間が増えたせいか、姉からかけられる言葉も著しく増殖していた。とはいってもどれもこれも、愚痴と強がりと弟を馬鹿にする言葉のあわせ技で、さほど中身らしい中身は存在しなかった。
まるで風車になったみたいな気分だ。ほとんど相槌を打つ役に徹している友幸は自らの振舞い方にそんな感想を抱いたものの、大抵はすれ違った時や同じ場所でだらだらしている時などの空き時間に話しかけてくるので、そんなに悪くないと思ってもいた。とはいえ、自分から話しかけてくるのにもかかわらず、黙ってないであんたもなんか話しなよ、とたびたび求められるのには少しばかり困らされたが。
そうなると、友幸としては近頃の学校の授業や模試の結果、図書室に集まる友人たちのことなどをぽつりぽつりと話すことになる。
「雑誌作りね。なんでもいいけど、あんた受験生の割には余裕たっぷりだね。そうやって余裕こいてると痛い目を見るよ。いい。今からやれることはできるだけやっておくこと。それでも最終的には上手くいかないかもしれないけど、大火傷はしないで済むだろうから。頭悪いなりにもちゃんとやりなよ」
姉の言葉は、実体験が入っているせいか強い説得力があった。とはいえ、当時の姉と異なり、友幸には強い目的意識がなく、志がそれほど高くないため、どこの高校にあがったところさほど変わらないだろう、と思っていた節がある。そうした気持ちが顔に出ていたのか、姉はぐいっと顔を近付けてきて、あんた、僕は程ほどの高校でもいいからとかなめたこと考えてたりしてるでしょ、とずばり言い当てる。なぜ、わかったのだろう、と疑問をおぼえる友幸に、
「この際だからはっきり言うけどさ、このくらいでいいから、とか抜いてやってたら、そのこのくらい、のレベルにすら届かなくなって、不本意なところに入ることになるよ」
畳みかけるように訴えてくる。そこまで言われても、友幸の中で姉の言葉が決定的な説得力を持つにはいたらない。たしかに、高校に入る直前の姉に振りかかった失敗と後悔の瞬間は、友幸の目の前で起こってきた出来事だけに、これ以上にない存在感を示してもいる。それにもかかわらず、なんとはなしにある姉と自らでは物事に対する期待の仕方が違うのだからという意識と件の出来事の際に当事者でないゆえの実感の欠如からか、姉の状態をそのまま自分に適応するのは無理があるだろうと、半ば対岸の火事のように受けとってもいた。
「忠告はしたからね」
姉は可愛そうなものを見るような目でそう告げ、自室へと消えていく。それを見送りながら、友幸はこれからもっと忙しくなるな、と受験とまだ見ぬ雑誌作りの両方を想像し思いを巡らせた。
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