穏やかでありながらも慌しい日々。後年、友幸が振り返った中学時代はそんな印象によって統一されている。

 本が好き、ということだけを主眼にできあがった集まりは、決まった部室もないままなため、活動場所を誰もいない空き教室、近所の公園、集まりに参加している誰かしらの家、ファーストフード屋などへと転々と変えた。この中でも飲食店の類に関しては、全員自由にできるお金が少なく、足を運ぶ回数はかぎられていたため、どうしても場所がない場合か、作戦会議などと称した特別な会合の際に使われることが多かった。

 土生が初期に口にした色々とやりたいという願望は、内向的かつ非活動的な人間が多い都合からか、なかなか叶えられず、大抵は最近読んだ本と漫画や見たアニメやドラマ、映画などについてだらだらとどうでもいいことを喋るのに終始した。とはいえ、土生本人が時々、ビッグなことをやろうぜ、などと爆発する時を除けば、真田も堀川もまずまず楽しそうにしていたうえに不満もでなかったため、集まりの雰囲気は良好なままだった。そんなぬるま湯みたいなちょうど良さに浸かったままでいるのに、友幸もまた適応しつつ、知らない本の感想に期待をそそられたりそそられなかったり、自らも目にしたことのあるドラマに対しての友人たちの感想に、本当に同じものを見ているんだろうか、と新鮮な気持ちになったりすることもあった。かように、このぬるま湯のような集まりは、友幸にとって休憩場であるのとともに、もう一つの学校としても機能していた。

 では、実際の中学はどうだったかといえば、教室内の具体的なグループにこそ属してはいなかったものの、多少は話す相手や集団行動の際に組む相手くらいはできたのもあって、こちらも程好く過ごしやすい環境ができていたといえる。これに加えて、成績も国語や社会を中心に良好であり、比較的苦手な英語にしても当てられても困らない程度には学習できていた。反面、体育に関しては単純な体力不足に悩まされることが多く、持久走では周回遅れになり笑われ、サッカーではパスを送ろうとした際に空振りしてこけ、水泳では五メートルも泳がないうちに沈んだりして、なかなか上手くいかないなと思った。

 家に帰れば、温かな料理が待っていて、体力が残っているかぎり、風呂やトイレの清掃、料理の配膳などを手伝い、空いた時間に本を読んだり、リビングでテレビを酒を飲んでいる父やぐったりと倒れかけている姉の隣でついているテレビをぼんやりと眺めたりする。チャンネルの希望は、一部の続きもののドラマなどに関してはねだったものの、だいたいはついているものをそのまま見ることが多かった。

 良いこともあれば悪いこともある。そんなふわふわとした日々が続いていた。

 

 対して姉はどうだったか。同じ高校に通っているわけではない友幸には細かいところまではわかりかねたものの、日々、憔悴していっているようだった。

 母の口から漏れ出したところによれば、中学の時と異なり、自分よりも足が速い同級生がいるとかなんとか。

「なんで、こんなに必死に走ってんだろうね、あたし」

 ここのところ日常と化しつつあった悪口を交えた雑談においても、時々、そんな自嘲するような言葉を漏らしていたところからしても、精神的にも相当きてるんだろうなというのが窺えた。かといって、そういった高レベルな人との競争には縁がなかった友幸にかけられる言葉は特になく、すごい世界があるんだな、という素直な感嘆の念ばかりが膨らんでいった。

 一方、成績の方も姉と同じようなレベルの人間が集まっているせいもあってか、全教科満遍なくトップクラスだった中学時代と異なり、中ぐらいに落ち着いたらしく、そちらに関しても歯噛みしているらしかった。

「正直、あたし、こんなアホだったのかって、思っててさ。いや、それ以上に周りの連中が頭おかしいんだけど」

 なんでもない風にケラケラと笑う姉は、その目は少しも愉快そうではなかった。

 こうした現状を耳にしつつ、友幸はどことなく信じられない思いを抱いていた。関係性の良し悪しを除けば、姉は常に優秀かつ人望のある人間としてあったし、それ以外の姿など想像できなかった。それなのにも関わらず、姉が少し足が速いだけの比較的普通の人間になっているというのは、理解が追いつかない。かといって、本人に直接聞くのも躊躇われ、頭の中で、凡庸な姉なる未知の想像だけがふわふわ浮いているような状態になった。目の前にいるのは、疲れつつも頑張る姉だけで、凡庸な姉というのは言葉の上でのみでしか存在していないし、認めがたかった。

 僕は姉さんは姉さんのままでいて欲しいのかな。こうした高校の話を聞きながら、友幸はふとそんな思いにとらわれる。これまでの関係上、好意的な気持ちを持っているわけではないものの、理不尽な嵐みたいな強く気まぐれな年上の少女でないと、どうにもしっくりこなかった。

 姉さんは姉さんなのだから。そんな勝手な思い込みが友幸の中に強く根付いていた。


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