第94話 人質の役目
コネーハヴェに、数日遅れの帝都の新聞が届いた。
ミランダ皇女殿下の息子、セイレーン・アレクシス王子のことが大々的に報道されている! と、離宮内はちょっとした騒ぎになっていた。
十四才でタルールに渡り、学生時代、ペールを通じて、第三皇子ヴィクトルをはじめ、ジーラント人の仲間を作ったアレクシス王子は、卒業後、実験と研究を重ね、古代エアデーン人の記録を解読し、タルールの毒を見つけたこと。
ヴィクトル皇子の頭脳、もしくは右腕と呼ばれ、ジーラント人の迅速なタルール撤退を支えたこと。
ジーラント帝国に渡ってからは、第一皇子セルゲイの助手として、寒冷地で育つ農産物の品種改良に努め、その後、第三皇子ヴィクトルの副官として、魔鉱脈開発に貢献したこと。
アレクシスの華々しい活躍と功績が、新聞の一面を大きく飾っていて、リゼットは改めて思った。アレクシスは、やっぱり、凄い人だと……。
アレクシスの努力がジーラント帝国に、やっと認めてもらえたような気持ちになって、一人で感激していた。
リゼットはこの感動を分かち合いたいと、ミランダの部屋を興奮してノックした。
入室を許可されると、リゼットは読み終わった新聞をミランダに見せた。
『ミランダ様! アレクシスのことが新聞に載っています! もうご覧になりましたか?』
『ええ、読んだわ。……タルールでも、帝国でも、ずっと偽名を使って、ジーラント人を騙していたのね……』
リゼットは、同じ新聞記事を読んで、ミランダ様が読み取ったのはそこなのか……と、
ミランダには、彼の功績は、セイレーンとなったアレクシスなら、出来て当然のことのように写ったのかもしれないが、それは違うのだと分かってもらいたかった。
『私、エドウィン様と、ミランダ様の、「良いとこ取り」な彼のこと、ズルいなぁって、いっつも思ってました。でも、彼は、その与えられた力を、さらに努力を重ねて、伸ばしてきたんです』
リゼットがアレクシスへの気持ちを自覚する前から、彼は一人で難しいことを考えて、努力をする人だった。
アレクシスは、タルールでは昼夜を分かたず研究を重ねていたし、彼の今の、あの筋肉質な体型は、彼の努力の証なのだとミランダに説明した。
『私、アレクシスが何でこんなに頑張れるのかなぁって、不思議に思う時があったんです。真面目だなぁって……』
リゼットは、彼の真面目さは、王族のノブレス・オブリージュ「高貴なる者の義務」という言葉だけでは、説明出来ないような気がしていた。
『力あるエアデーン王族の中から選ばれるハイラーレーンは、古代エアデーン人の叡知を使って、私たち弱いエアデーン人を星の脅威から保護し、導いて下さる、と習いました』
エアデーン人としての常識がなかったリゼットにとって、このことは伯父夫妻から習った、比較的新しい知識だった。
『私、アレクシスは王族だって、あんまり意識したことはなかったんですけど……。エドウィン様とミランダ様の血を引くセイレーン・アレクシスは、神々から受け継いだ力で、ジーラント人を導いている……。そんな気がするんです……』
ミランダは、リゼットを不思議そうに見た。
『それは、「星の理解者:グレーンフィーン」として、感じることなの?』
そう問われて、リゼットは戸惑った。
自分では何となく感じることが、他の人もそう感じる訳ではないと、今はもう知っている。だけど、彼への思いにグレーンフィーンの祝福の力は、関係あるのだろうか……。
だから、首を
その彼女の優しい微笑みを見たミランダは、再会した息子アレクシスが、リゼットに執着しているのはなぜか、分かったような気がした。
思念通話の
でも、ただ単に、この娘の健康を守るために、タルールの毒を見つけ、この娘と早く結婚したくて、タルール撤退の尻拭いとして、農作物を品種改良して、魔鉱脈を見つけただけなのでは? ……とも思った。
リゼットが午後の運動に出かけた後、ミランダはもう一度、新聞記事に目を通したのだった。
***
リゼットは、夏の間はコネーハヴェ離宮で過ごすと決めたときに、帝都で留学中のジェニファーと、貿易省の雇用主となるエドウィンに連絡を取っていた。
そして、ジェニファーの短期留学が終わる九月末、一緒に帰国することにしていた。
だからなんとか自分がいられる間に、ミランダの「人質」としての役割を果たし、ミランダとアレクシスを和解させたいと思っていた。
アレクシスは、平日は魔鉱省で午前中は訓練、午後は手早く事務処理を済ませた後、「星の塔」でウィリバートを手伝い、週末はコネーハヴェ離宮へリゼットに会いに来た。
ヴィクトルの号令で集まった、タルール時代の仲間の同窓会にリゼットを連れて参加したり、セルゲイのところに預けっぱなしの
リゼットはそんなアレクシスに、何度もミランダと話をしていって欲しい、一緒に食事でもして行って欲しいとお願いしているのだが、別に母との関係はこのままで良いと断られていた。
ミランダの侍女との約束で、「ミランダ様が、食事を与えない虐待をしたのではない」と、説明が出来ないのはもどかしかった。
だがチャンスは突然やって来た。
オリガに帝都の夜会に誘われた。ミランダのことを避けているアレクシスに会わせる、絶好の機会だと思った。
リゼットは、表舞台から遠ざかっているミランダに、夜会に参加したいので、帝都に連れていって欲しいと頼んだ。
『貴女、アレクシスの婚約者なんでしょ? 彼に頼みなさいよ』
『でも、私ミランダ様にまだ婚約者と認めてもらっていませんから……。川で拾った石の婚約指輪も返してもらってないですし……』
リゼットが笑顔でそう答えると、ミランダはあきれた。
『……貴女も言うようになったわね』
リゼットはすがるように、ミランダにお願いした。
『ミランダ様の侍女でいいので、夜会に連れて行って下さい! アレクシスと話す機会を作りますから!』
ミランダはリゼットの意図に気付いた。美しい眉をしかめ、ため息をついた。
『……祝福の副作用で倒れても知らないわよ?』
『大丈夫です! アレクシスの角翼竜とたくさん話をしていますから!』
──ミランダ様の方は、本当のところは、アレクシスとの関係がこのままで良いとは思っていない!
リゼットは、これが最後のチャンスだと思った。
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