第27話 暗示

 かすかに、消えゆくような、リゼットからの助けを求める思念を受け止めたアレクシスは、ハッとして、作業の手を止めた。そのまま研究所の外に出ようとして、一度居住室に寄り、断熱マントを羽織る。

 何事かと驚くスーを横目に家を飛び出す。外に繋いでる巨大馬トゥルジェの手綱を外すと、鞍も着けずに飛び乗った。

 

 思念でリゼットに呼び掛ける。当然、返事はない。ジンシャーン居住区正門が見えてきた。正門保安係のタルール人に思念を飛ばす。

 

〈リゼットは出かけたか?〉

 

 保安係は最初キョトンとしていたが、視界にアレクシスが写ると、彼に向けてブンブンと首をふる。外には出てないらしい。

 そのまま正門を通りすぎようとすると、巨大馬トゥルジェに乗ったヴィクトルがいた。

 

『ヴィクトル、リゼはどこだ!』

『おぅアレク。正門で待ち合わせてるんだが、まだ来てない。今、オリガを学校に迎えに行かせた』


 それだけ聞くと、ヴィクトルを無視して巨大馬トゥルジェを学校に向かわせる。ヴィクトルが

 

『おい、リゼに何かあったのか?』

 

 と叫びながら並走してきた。

 ……こっちが聞きたい。何かあったのは間違いない。

 

 

 ***

 

 

 学校の正門付近で、巨大馬の手綱を持ったオリガが、誰かと話しているのが見えた。


『アレクシス!』

 

 一斉に二人がこちらを向く。オリガが話してる相手は、たしか……。

 

『リゼはどこだ!』

『ああ、アレクシス! リゼはタチヤーナと話があるから遅れるって言ってたんだ、だから……』

 

 オリガの説明に、タチヤーナはプイと視線をそらし、

 

『何度も言ってるでしょ。私は会ってないわ』

 

 と言った。

 

 

 アレクシスは目を閉じた。そして再び開くその目に、暗示支配の力を込めてタチヤーナを見た。

 

《リゼはどこだ!》


 タチヤーナは、真っ青な顔をして、喉に手を当てる。

 

『お、屋上……、……閉じ込めた』

『何だって!』

 

 ヴィクトルが叫ぶ。

 

《鍵を持っているなら出せ!》

 

 さらにアレクシスは力を込める。

 

 タチヤーナは、スカートのポケットに手を入れ、鍵を取り出した。

 その時、ポケットの中から破かれた紙片が数枚、ひらひらと地面に落ちた。

 アレクシスはそれを冷たく見やると

 

《俺のことは忘れろ。リゼに二度と近づくな!》

 

 と最後に強い暗示をかけ、巨大馬トゥルジェに乗ったまま、手を伸ばして鍵をタチヤーナから奪い取ると、そのまま校舎に向けて走らせた。

 

 

 ***

 

 

 アレクシスが去った後、タチヤーナは膝から崩れ、地面に手をつき、真っ青な顔をして、肩で息をしていた。

 ヴィクトルは、巨大馬トゥルジェから降り、地面に落ちた紙片を拾い上げた。

 

『あっ。返して!』

 

 息も絶え絶えなタチヤーナが、慌ててヴィクトルの手の中にある紙片を奪い返そうとする。ヴィクトルは、わざと紙片をタチヤーナの手の届かない高い位置へかざした。

 

『アレクシス、私はあなたのことが……』

『やめてぇ!』

 

 タチヤーナは狂気じみた叫びを上げ、耳を塞ぐ。

 

『私はアレクシスのことは忘れました! リゼットには二度と近づきません!』


 そう叫ぶと、カタカタと震え出した。

 

 

 ヴィクトルは、ここへ来て初めてタチヤーナの状態が、尋常ではないと感じた。

 

 先程まで、リゼットの行方について、頑として口を割らなかったタチヤーナが、アレクシスが睨むと、ペラペラと話し出した。さらに何も言わないのに、鍵まで差し出した。

 このアレクシスに宛てたらしいラブレターを書いたのがタチヤーナだとすると、今彼女が叫んだ内容は、何だ? 

 

 ヴィクトルの脳内を「暗示支配」という言葉がよぎった。

 エアデーン王族のうち、数名だけが持つとされる力。ジーラント人を意のままに操る「暗示支配」の祝福レーンではないのか?

 

 ──アレクシスは一体、何者なんだ?

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