第24話 反抗

 リゼットは、ここ最近、ヴィクトルから毎日のように通訳を頼まれるようになっていた。

 

 タルール人の言葉が分かる特殊な祝福レーンを持つ者はジンシャーンに、父ロナルドとアレクシス、リゼットの三人だけ。

 

 父ロナルドは、ナザロフ帝国総督と仕事をしている。ヴィクトルはアレクシスに通訳を頼んでいたけれど、彼は農作物の研究で忙しくなってしまった。


 リゼットは、アレクシスには、研究に集中させてあげたかったし、ヴィクトルに残された選択肢が、自分しかいないのは申し訳ないけれど、必要とされていることは嬉しかった。

 

 色々と理由をつけているが、結局、リゼットも通訳をやってみたかった。

 ロナルドとアレクシス、特にアレクシスにバレたら、怒られるのは想像に難くない。彼らに内緒で、という条件で始めた。

 

 が、ジンシャーンのヴィクトルの執務室にタルール人を招き入れて通訳をするのは、効率が悪く、限界があることはすぐに分かった。

 帰宅が遅くならないことを条件に、現地に赴きたいヴィクトルの願いを受け入れた。

 

 それにリゼットも巨大馬トゥルジェに乗せてもらい、ジンシャーンの外にあるバオアン平原を見てみたかった。


 乗せてもらって分かったが、巨大馬に乗ると視点が高くなり、凄いスピードで駆ける。だから、今でもちょっと怖い。

 体格のよいヴィクトルが落ちないようにしっかり支えてくれているのも、ドキドキして未だに慣れない。


 それでも、リゼットもグレーンフィーン家の者として、役に立ちたかった。認めてもらいたかった。

 

 巨大馬トゥルジェに同乗した時点で、目撃した人の口から、いずれアレクシスの耳に入ることは覚悟した。


 それがまさか、こんなに早いとは思わなかったけど……。

 

 

 リゼットがヴィクトルとの仕事を終えて、家の前で巨大馬トゥルジェから降ろしてもらい、礼を言って別れようとした彼の視線の先に、アレクシスがいた。


 アレクシスは家の門によりかかり、腕を組んでこちらを睨んでいる。リゼットには、彼の静かな怒りのオーラが見えた気がした。

 その視線に先に気付いたヴィクトルが、アレクシスに詫びた。

 

『すまん。リゼットに通訳を頼むために、バオアンに付いてきてもらってたんだ。お前に黙っていたのは悪かった。言えば怒るだろうと思って……』


 アレクシスは何も言わない。

 

『アレクシス、ヴィクトル殿下を責めないで。私がやりたいって言ったの。皇子様として頑張る殿下と、タルール人の皆のために役に立ちたくて……』

 

 と、リゼットも必死に弁解する。

 

『本当はオリガの巨大馬トゥルジェに乗せる予定だったんだ。だがアイツがまだ二人乗りに自信がないって言うから……』

 

 さらにヴィクトルがリゼットを同乗させた理由を釈明したが、アレクシスはやはり何も言わず、伝えてこず、リゼットの腕をグイっと掴むと、家の中にズンズン入っていった。

 

『おい、リゼットに当たるな! 頼んだのは俺だ! だから……』

 

 リゼットを庇うヴィクトルの声は、魔光幕の中に入ったため、聞こえなくなった。

 

 

 アレクシスに掴まれた腕が痛い。

 リゼットが「痛いから離して!」と言うと、サッと離された。

 リゼットは赤くなっているはずの腕をさすりながら、


「私、辞めないから!」

 

 と叫び、階段を駆け上がって、急いで自分の部屋に入った。

 

 ──私はもうすぐ十五才になる。来年夏には卒業だ。いつまでも子どもじゃない!

 

 

 その週末、リゼットはペールの練習を見に行かなかった。


 あんなタンカを切ってしまった手前、会いにいけなくなってしまった。

 これからはペールの練習は、勉強があるから見に行かないと、ンケイラに伝えてもらった。

 

 実際に、勉強しなくてはならなかった。

 いくらタルール人と意思疎通が出来ても、母国語のエアデーン語も、訳さねばならないジーラント語も、日常会話が出来るだけでは仕事にならないというのが、分かってきた。

 ……もっと語彙を増やさなくては。

 

 放課後、ヴィクトルに付き合って出かけると、平日は疲れて寝てしまうので、まとまった勉強時間が取れる安息日は貴重になっていた。

 

 

 ***

 

 

 そんな日々が続いたある日の休み時間、とある女子から二人だけで話をしたいと声をかけられた。

 

 名前はタチヤーナ。

 リゼットがジンシャーンに来たときからいる一つ年上の大人しい印象の子。年齢とグループが違うせいか、あまり話したことはなかった。

 

 昼休みに、待ち合わせ場所の屋上に通じる階段の上に来た。ここなら誰も来ない。


 タチヤーナは、モジモジしながら、リゼットに尋ねた。

 

『リゼットは、その……、好きな人はいるの?』

『え?』

『最近はヴィクトル殿下と付き合ってるんでしょう?』

『違うよ。ヴィクトル殿下のお仕事のお手伝いをしてるだけ』

 

 ヴィクトルは未成年の皇族として社会勉強中であり、統治に関する権限はないが、彼がタルールの現状を皇帝陛下に報告する任務を与えられていることは、知れ渡るようになっていた。

 

『じゃあ、アレクシスのことは?』

『アレク?』


 リゼットが答えないでいると、どんどん質問が重ねられる。

 

『よくペールの練習見に行ってるじゃない? あれは、アレクシスを見に行ってるの?』

『前はそうだったけど……。最近は勉強で忙しくて行ってないよ……』

 

 一緒に暮らしてたアレクシスが家を出て行って、ペールの練習の時しか会えなくなった。


 だから、ペールの練習を見に行ってたし、ペールをしている彼を見ているのは好きだ。格好よくてドキドキする。


 でも、怒らせてしまってからは、一度も見に行っていない……。

 

『リゼットは、やっぱりアレクシスのことが好きなの?』

『……好きだけど?』

『それは恋愛対象として?』

 

 アレクシスのことを恋愛対象として好きか? なんて、考えたことがなかった。

 タチヤーナは、答えに窮するリゼットに手紙を差し出した。


『これ。私からだって伝えずにアレクシスに渡して欲しいの』

『……ごめんね、タチヤーナ。今はアレクと一緒に住んでなくて、会えないから渡せないの。バオアンの研究所に行けば会えるよ?』

『違うの。私が渡そうとしても受け取ってすらくれなかったの。でもリゼットからの手紙だったら受け取ってくれるでしょう? だから、リゼット。お願い……』

 

 そう言うとタチヤーナは目に涙を浮かべ、俯いて泣き出してしまった。

 リゼットは周囲に誰もいないとはいえ、女の子を泣かせてしまい、慌て出す。

 

『タチヤーナ、ごめんね、泣かないで! 私、アレクに手紙なんて書いたことないし、すぐバレると思うの。だから、タチヤーナからだって伝えるけど、何とかして渡すよ。手紙、必ず読んでって伝えるから。だから、ね、泣かないで』


 しくしく泣くタチヤーナにそう約束して、リゼットは手紙を受け取った。

 

 俯き、顔を手で隠したタチヤーナの口元には、うっすら笑みがこぼれていた。

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