第17話 花火

〈ホラ、しっかり支えろよ?〉

「う、うん。重たっ。やってるよ!」


 リゼットはアレクシスが痛めた足の代わりに肩を貸すが、彼はワザと体重をかけてきてるのか、さっきから全然進んでない。

 

 アレクシスは最初こそニヤニヤしていたが、急に真顔になり、

 

〈ヤオバが来たから、ここまでで良いよ。皆のところに戻って花火見てこい〉

 

 と伝えてきた。

 

「え、何で? どうやって呼んだの? アレクってそんなことも出来るの?」


 見れば、坂の上の家の方から、ヤオバが首を振りながら走ってきている。

 タルール人は、急ぐと頭が左右の肩に触れるように動く。リゼットはこの状況を一瞬忘れ、「可愛い!」と一人で和んでしまった。

 

〈ヤオバ、急に呼び出してすまない。ちょっとリゼの代わりに肩貸してくれ〉

〈しょうちしました。アレクさま〉

 

 執事のヤオバはリゼットよりほんのちょっと背が高いだけだが、タルール人はかわいらしい見かけによらず力持ちだ。アレクシスが体重をかけても、リゼットみたいにふらついたりしない。

 仕方なくリゼットは、荷物運搬係に徹した。

 

〈リゼ、いいから戻れよ。もう借りは返してもらったから〉

「いいよ。どうせアレクが気になって、ゆっくり花火見れないし」

 

 アレクシスは、ちょっと目を丸くして、それ以上何も言わなかった。

 

 

 ***

 

 

 家に着き、アレクシスは一度風呂に入ってから、再度湿布を貼った。リゼットもチラリと見たが、踵が腫れて痛そうだ。

 今日は動かない方が良いと、アレクシスは部屋で食事を摂った。リゼットもアレクシスの部屋で摂らしてもらった。

 

「今日アレク、ケガさせた相手とケンカしそうになってたよね? 私あれ見て、アレクも変わったな~って思ったんだ」

〈どういう意味?〉

「ホラ、アレクってさ、何か相手を思い通りにしちゃう祝福レーン? みたいなのがあるでしょ? 結構、最初の頃使ってた。話しかけてきて、鬱陶しいな~って思った相手とかに……」

 

 ……そう、天然・迂闊・激ニブなリゼットだが、アレクシスの暗示支配にはいつも敏感に気付く。そのことに、アレクシスは内心驚いていた。

 

「で、前のアレクシスだったら、絶対何かやってたと思うんだよね~。でもアレクはペールやってるときは、そういう祝福レーン使わないんだね。エライエライ」

〈何か腹立つな〉

 

 アレクシスは、ブスッとした表情で目線をそらす。

 

「アハハ。誉めてるんだから、照れないの~!」

〈お前、後で覚えてろよ〉

「ヒー、怖いなぁ。あ、もうすぐ七時だ。花火始まるね。この部屋から見えるかな~?」

 

 と、リゼットは立ち上がって、窓の外を気にし始めた。

 

 アレクシスはそんな彼女を見て、しばらく考えたあと、ベッドから降りようとした。

 

「ちょっと、何? どこ行くの? トイレ? ヤオバ呼ぼうか?」

〈うるさい、肩貸せ〉

 

 アレクシスは、リゼットの肩を持った。

 リゼットは自分の肩にかかる力加減から、さっき肩を貸したとき掛けられた力はワザとだったんだと思った。そのまま部屋を出て、階段を上ろうとする。

 

「階段はさすがに危ないよ!」

 

 というのに、手すりをつかんで片足で上っていく。

 リゼットはアレクシスが行きたい部屋が分かった。塔の魔電針の下に位置する、この家で一番高い四階の調整室だ。

 王族の手に反応して開く扉を開け、リゼットの肩を借りながら中に入る。顔には汗が浮いていて、結構無理したのかもしれない。

 

「大丈夫? 痛くないの?」

 

 アレクシスはリゼットの問いには答えず、古代遺物をひたすらいじっている。そして〈できた〉と小さく伝えてきた。

 

 ドオーン!

 

 急に花火の音が聞こえてきて、リゼットはビクッとしてしまった。調整室の三つの方角に広がる窓から入ってきた花火の光で、部屋が明るくなった。

 

「ウワ~! ここから花火、こんなに近く見えるんだ~!」

〈気に入った?〉

「うん! アレクシス、ありがとう!」

 

 リゼットはアレクシスに抱きつくと、すぐさま窓際に駆け寄った。

 一発綺麗な花火を見届けると、アレクシスと自分のために椅子を窓際に置いた。

 そしてもう一発見届けてから、アレクシスに肩を貸しに戻り、窓際の席に座らせた。

 

 アレクシスにしか、この部屋を開けられないし、魔光幕は、音も遮断するから、アレクシスは魔光幕を解除したのだ。

 

 アレクシスは優しい。意地悪だけど優しい……。リゼットはアレクシスに感謝した。

 

 ──花火はきれい。大好き……!

 

 自然と口許が緩む。

 目は次の花火を待っている間も、秋祭りの夜空に釘付けだった。

 

 

 ……だから、そんなリゼットを見つめているアレクシスの視線には、気がつかなかった。

 

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