(仮)助けてくれたのは、先達でした。

くさまくら

第1話 お見合いをすっぽかされるの巻

「……そうですか。わかりました。ご連絡をありがとうございます」

 待ち合わせ時間を過ぎても現れないから、嫌な予感はしたのだ。電話口で、仲人が申し訳ないとしきりに口にしている。

「……では、失礼します」

 謝り続ける仲人に、仕方がないことですと伝え、通話を終了したところで、我慢していた溜め息が漏れてしまう。

 目の前には、落ち着いた雰囲気のカフェ。街行く人々はよそいきの装いで着飾っていて、少しだけお洒落なこの街に合っている。そして、わたしも華美になりすぎず清潔感もある服装と化粧をして、髪もきちんとアイロンをかけ爪を整えた。自分の好みとは違うお洒落を精一杯頑張った。

 昨日は仕事から帰ったら23時前だったし、この待ち合わせに慌てずに来るために、睡眠時間はおおよそ4時間といったところ。目の下の隈は仕方がないのでコンシーラーに頑張ってもらった。

 相手の貴重な時間を貰うのだからと、せめて頑張った。実際に逢って次に繋がらないのは仕方がない。そういうこともある。

(……だが、普通、自分から申し込んだ見合いを、仕事を理由に1時間前にキャンセルを仲人さんに伝えるかね?)

 この街は通勤定期の範囲外なのだが、とか、せめて仕事なら昨晩中に連絡をしてくれたら、とか、言いたいことは色々ある。1時間前に仲人に伝えるのは遅すぎだろう。少なくとも、わたしは1時間前には電車に乗っている。

 仲人に管を巻いても、仕方がないので言わないが、こういうのは溜め込むとよくないやつだ。はらふくるるわざ、というやつだ。

(……ほんとうに、仕事でやむかたなく……かもしれない。それを許せないなら、わたしにはその人は合わないのだ)

 待ち合わせのカフェが見える公園に30分も居たので、今更カフェに入る気にもなれない。

「どうしよーかなー……」

 自分の人間性が小さいように感じられて、惨めな気持ちだ。ここのところ自分の仕事でもうまく行っていなかったから余計に、胸が圧迫されるような感覚を味わう。ちょっぴり泣きたくなって、顔をしかめながら見上げた空は綺麗に晴れ渡っていて、余計に気分が沈んだのだった。


 ひとまずカフェから離れようと歩きだした。

 呼吸に意識を向けて1区画も歩けば、少しは冷静になってくる。このまま散歩がてら、駅まで行きとは違う道で向かって、気分転換して帰ろうと決めた。

「よしっ」

 街の大きなショーウィンドウをのぞいたりしながら、歩いていくのは楽しくて、ずいぶん気分も上向いてきた。街には素敵な音や美味しそうな匂いやキラキラしたものがたくさん並んでいて、たまに来るとめを奪われてしまう。

 カフェからもうそろそろ4区画ほどきただろうか、そろそろ駅に着くはずだ。区画の角を駅の南に曲がると駅が見えるはずだ。

「あれ……?」

 どこかで道を間違えたらしい。ビルとビルの間には駅舎ではなく、こじんまりとした杜があって、鳥居と社が静かに杜に囲まれて静かに佇んでいた。杜から吹いてくる新緑の涼やかな風に惹かれて、鳥居の下まで来た。木々を抜けて吹く風は、ささくれだった気持ちだけでなく、街を眺めてワクワクしていた気持ちも宥めて落ち着かせてくれた。

 落ち着いてくると、現在地が気にかかってスマホに聞くことにした。スマホによると、どうやら駅は先ほどの角を北東に行かねばならなかったようだ。

(まあ、いっか。せっかくだし、神社にお詣りしてから帰ろう)

 今日の予定は白紙になった。のんびりしてから駅に向かっても、良いだろう。決めてしまえば、足取りも軽くなる。


 玉砂利を踏みしめて、音を聞きながら緑蔭に渡る風が涼やかだ。

 杜の木々は、木肌が苔むしていて、宿り木も繁っている。葉擦れのなかに鳥の地鳴が聞こえる。鳥居の横には立葵が鮮やかな紅い花を咲かせている。手水の縁にはイトトンボが翅を休めていた。緑のグラデーションの中で、杜の所々にある鳥居の朱色と立葵の紅が際立って鮮やかだ。

 急勾配の石階段を足元を見ながら昇る。このパンプスだといくらヒールが低くとも、靴擦れを起こしてしまうな、と鞄のなかに絆創膏を入れていたかと次々に思考が連鎖する。3段先の石畳の縁をニホントカゲが尾を青く輝かせながら走って行った。

 階段を登りきれば、開けた境内とさらに階段を上がった先に社が見えた。

 境内には桜や松、楠や紅葉、椎の木や栗の木が植えられている。とくに年月を重ねていると思われる松の枝には、大きな株の石斛が存在を主張している。

 正面の階段を上り、社の前に立つ。社の前には幹の太い、立派な銀杏の木が2本。記念物という立看板のある梅の古木、切り株になってしまった楠があった。蟻が行列をなして、銀杏の幹に回された注連縄を越えて上へ上へと登っていた。

 財布から五円玉を取り出して、賽銭箱へそっと落とした。じゃらんと音がしたことから、どうやら参拝者はそれなりに多いようだ。一歩後ろへ下がって、二礼二拍手をして手を合わせ目を閉じた。

(こんにちは。素敵な杜ですね。わたしは、昨日お客さんのクレーム未満対応を3件も頑張りました。今日お見合いがキャンセルになりましたが、文句を言うのはやめました。わたしは……がんばりました。……そろそろ泣きたいです)

 名前も知らない神社の神様に、周りに誰もいないからと、熱心に拝む振りをして管を巻く。まだまだ、人間修養が足りないなぁ、と溜め息が零れる。


 そのとき一際、強い風が吹き抜けた。


 身体のバランスを崩しかけたのを、脚に力を入れて踏ん張る。

 目を開けて体勢を立て直す。鞄を持ち直して、髪を整えて、社に向かって目を閉じて一礼をした。

(愚痴を申しました。聞いてくれてありがとうございます。お邪魔しました)

 神社の神様へ挨拶を終えて一礼。目を開けると、そこは建物のなかだった。


「は?」


 瞬きをしてみるも状況は変わらない。ひとまず周りを見渡した。

 この部屋は天井が高く、窓には色鮮やかなステンドグラスが埋め込まれている。ステンドグラスを通した光が白い床に極彩色の模様を描いている。この建物は教会に近い印象を受ける。入り口は一ヶ所にしかなく、入り口の対角線上には紅い毛氈が敷いてあることからおそらくあちらが祭壇なのだろう。わたしは、祭壇よりのところでもっともステンドグラスの光が交差しているところに立っていたようだ。


 扉の向こうから地響きのような音がして、だんだん接近してきたか思うと、ダンっ、と大きな音とともに入り口の扉が吹っ飛んだ。


(……これは、もしかして異世界召喚されちゃった?!というやつではないだろうか)

 騎士に魔術師に精霊を前にわたしは顔に出ていたかどうかはともかく、このときいっぱいいっぱいであった。朝からお見合いをすっぽかされて傷心だったし、気分転換に散歩をすれば迷うし、神社に参拝すれば異世界トリップ……盛りだくさんすぎるのではないだろうか。朝から今までの出来事が頭を過る。 

 跪いている一団の中で、もっとも全面にいちしている貴族と思われる人物が顔を上げる。上等そうな上着につけられた勲章が天窓の光に反射して眩しい。ステンドグラスの光で虹色に色がついていた髪は銀色で瞳は薄い青色だった。思わず、みとれてしまう美しさだった。薄い唇が開いてテノールの音を発した。その音は耳に心地よかった。


「※●Rカ~i"¥₩5k@?」


 何を言っているのか、わからないけれども!




◇◇◇◇◇


わたしに跪いていた人たちは、しきりにわたしに何かを話しかけてくれている。しかしわたしにはその音が理解できなかった。

話しかけても反応のないわたしを見て、ローブの人物が───魔術師だろうか?───光る何かをこちらへ差し向けた。光はわたしの顔のまわりを一周したかと思うと目の前で強く発光し背に翅を生やした小人の姿をとった。


「アナタ、ニホンジン?」


そして、喋った。


「…………はい?」

いま、この妖精ぽい何かが喋ったのは日本語ではなかったか?

妖精はわたしの周囲でくるくると回った。

そして、魔術師のところへ戻ると何やら耳打ちをしている。それを魔術師が周囲の人たちへと伝えているのだ。

どうやら妖精は特定の魔術師としか会話しないようだ。ほかの魔術師を含む、貴族や騎士とは会話をしていない。

呆然とその様子を眺めていると、再び外から大勢の足音が聞こえてきた。同時に人の声もする。

新しく入ってきた人々は、もともといた人たちと話し合っている。しかし、なにを行っているかはわからないし、だんだんと怒鳴りあいに発展してしまっていた。ときどき、こちらを指差してなにかをいっているのだが、あまり良い話ではなさそうだ。

そのとき教会の扉がなくなってしまった入口から品の良さそうな獣が入ってきた。猫でも犬なさそうではあるが、可愛らしい四つ足の獣である。四つ足の獣なのに、なぜか背中に羽のようなものがついている。四つ足の獣は、言い合っている人々には目もくれず、つんとすまし顔で祭壇の方へとやって来た。人々もとくに獣に注意を払ってはいなかったので、良くある光景なのかもしれないと思った。

獣は祭壇で立ち尽くすわたしの前に来ると、するりと脚にすり寄って、再び入り口の方へと歩いて行った。人を避けながら入り口まで行くと、こちらを振り返る。

その様を可愛らしいと思って眺めていると、獣がまたこちらへ歩いてきた。そしてわたしの脚に今度はぐりぐりと首を擦り付けて、入り口へ歩き始めた。入り口でやはりこちらを振り返った。

(……ついて来い、ということだろうか)

わたしは迷ったものの、この獣のあとをついていくことにした。

(……どうせ、言葉もなにもかもわからないし!だったらこの仔についていっても、一緒だよね!)

あとから考えれば、このときのわたしは自棄っぱちになっていたと思う。自暴自棄ともいう。

獣について歩き出したわたしを、言い争っている人々は気に止めなかった。こちらを見たのは話しかけてきた妖精だけであった。妖精はこちらへ笑顔でウィンクをしていた。淡い色の巻き毛がとても愛らしい方だった。

入り口で待っていた獣はもう一度わたしにすり寄ると外へ歩き出した。やはり途中で振り返るので、わたしもゆっくりと後へ続いた。

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