高校生編:夢から覚めても…

「おっ、トモ。なんだぁ? 暗い顔して」


 中3の、いや、もう高1か?

 とにかく短い春休み、遊びに来ていたがいった。


「はっは~ん、さては例の彼女にふられたなぁ。退屈しのぎに付き合ってあげたけど、やっぱムリだわ。マジ限界って」


 あんまりな言い方だけど、ビミョーにあってんのがなんかムカつく。

 俺はいさにらみ付ける。


「うっさい。結局、あんたがいってた魔法なんて、なかったって話だ」

「魔法?」


 うららかな昼下がり。

 功人は一瞬キョトンとしたが、すぐにポンッと手を打った。

 それから腰に手を当て、偉そうに口を開く。


「あのなぁ、例えばそれが回復魔法なら、オマエのはホイミで、僕のはベホマ。ケアルとケアルガでもいいが、とにかくレベルが違うんだよ、レベルがっ。効果を強くしたいなら、もっとレベルを上げなさい。それに、ほら、高校へ行けば、新たな出会いが待ってるぞ」

「…………」


 別に乗せられたわけではないが、俺はさらにギターを弾き込み、新たな出会いに期待した。

 そして高校入学後は、上級生に誘われるまま軽音部へ入部し、バンド活動まで始めたっつーのに──


「なぜ女子が寄り付かん!」


 肩にギター、手にカバン、小脇に紺のブレザーを抱え、俺は天に向かってえる。


「まーまー、まだ1年の5月だろ。悲観すんのは早いって」


 下校中、同じ制服を着た清春きよはるなぐさめてくれるが、俺の心は、ちっとも晴れない。

 今日は、いきなり弦も切れたし、ホント、ヤになるぜ。


 改札を出て清春と別れてからも、このまま家に帰る気がせず、なら弦でも買いに行くかと、俺はまた電車に乗って、楽器店へ向かった。

 買い置きはまだあるが、補充も必要だし、ついでに新しいギターもみたい。


 あーあっ、早くバイト出来るようになんねーかなぁ。


 あれこれ考えながら、俺は高校の最寄り駅でもあるターミナルステーションで下りる。

 平日の午後だからか、駅構内には制服を着た学生が多い。

 カップルの姿も、ちらほら見える。


 いいなぁ、制服デート。

 俺も、してーなぁ。

 おっ、あの茶色いの、がわが行った高校の制服だ。


 改札目指して歩いていた俺は、別のホームからきたカップルを見た。

 話に夢中で、こちらには目もくれないが、あの子、なんか喜多川に似てる気がする。

 未練が見せる幻……にしちゃあ、似すぎだろ。

 つーか、どー見ても本人じゃん!


 思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえこらえる。

 喜多川は俺に気付くことなく、男と一緒に改札を出て、北口方面へ歩いていく。

 俺も急いで改札を出た。

 行き交う人の中、二人は駅ビルの商業施設を素通りし、明るい日射しのもとへ。

 そのあとを追うように歩きながら、チラッと頭をよぎったのは──


 なんか俺、ストーカーっぽくねーか?


 いや、違う。

 たまたま進行方向が同じなだけだ。

 断じて、通報案件ではない。


 心の中で言い訳するうち、楽器店をも過ぎてしまったが、俺の足は止まらなかった。

 二人はそのまま商店街を抜け、大通りに出る。

 通りを渡って脇に入れば、そこはもう住宅街だ。

 なんの特徴もない道を、彼らは迷いなく進み、ある家の前で立ち止まった。


 あそこがあの野郎の家なのか?

 今度はお家デートか?


 ──と思ったが、どうやら違うようだ。

 斜め前の角に身をひそめ、様子をうかがうと、その家の庭先に、屋台のカフェが来ているのが見える。

 あの店……多分、俺も別の場所で利用したことがある。

 確か、地元のき水だか井戸水だかでれたコーヒーが売りだったはずだ。

 手作り感あふれる可愛らしい屋台の前には椅子が置かれ、いきなジャズなんかも流れていて、お外でカフェ気分が味わえる、とてもステキな店だった。

 俺が記憶をたどる間に、二人はさっそく何かを頼み、並んで椅子に腰を下ろした。

 ここからじゃ、会話はもとより、BGMすら聞こえないが、ごく普通の住宅街に隠れる場所などあまりなく、これ以上近付くことは出来ない。


 つーか俺、これじゃ完璧不審者じゃん。


 なんだかむなしくみじめになって、もう帰ろうかと思った矢先、喜多川がスッと立ち上がった。

 ドリンクを飲み干し、ゴミを捨てると、男を残して、こちらへ来る。


 やべっ!


 慌てて顔をそむけた俺に、彼女はやはり気付かない。

 足取り軽く、鼻歌混じりに、今来た道を引き返していく。

 俺はそれを呆然と見送り──とぼとぼと家に帰った。

 どこにも寄らず、まっすぐに。


 なんか今、無性にギターをき鳴らしたい気分だ。

 ロックか、それとも、ブルース?


 かつて彼女に弾いて聴かせた、思い出の曲を口ずさみながら、駅から続く坂を登って、自宅手前の角を曲がる。

 すると、ちょうどうちの前に、誰かがいるのが目に入った。

 近所迷惑を考えず、そこでおしゃべりしてるのは、茶色いブレザーの女子学生と……功人!

 功人も俺に気付き、「お帰り、トモ」とにこやかに手を上げる。

 それに釣られたかのように、話し相手も振り返った。

 その顔を見て、息を飲む。


「喜多川!」


 ついさっき見かけた喜多川あきが、俺の前に立っている。

 未練が見せる幻……ではない。

 間違いなく本物だ。


「久しぶり」


 はにかんだ笑みでそういわれ、俺はただ「ああ」とうなずく。

 そこから言葉が続かない。

 どうしよう。

 なんていえばいい?


「トーモくん、立ち話もなんだし、中入ったら。今僕しかいないから、遠慮なく上がって」


 ただよう気まずさを吹き飛ばすように、功人が明るく提案してくるが、コイツ絶対立ち聞きする気だ……。


「……いいよ、外で話すから。行こうぜ」


 きびすを返した俺のあとを、喜多川もすぐ追ってくる。

 能天気な「いってらっしゃーい」の声を無視し、俺はチラッと彼女を見た。

 さっきは遠かったのと動揺してたので、そこまで頭が回らなかったが、前よりだいぶ大人っぽくなった気がする。

 制服のせいだろうか。

 それとも、彼氏の?

 考えに没頭していた俺は、「ねえ」という声で我に返った。

 隣に並んだ喜多川が、まっすぐ俺を見上げていう。


「今の人、お兄さん? さかうえ、一人っ子っていってなかったっけ?」

「え? ああ、叔父だよ。母さんの弟」


 功人の話で拍子抜けしたが、まあ、会話の糸口にはちょうどいいか。


「へぇ……。ずいぶん若いけど、大学生? それにスゴくカッコいい。今、彼女いないっていってたけど、ホントかな?」


 彼女って、功人のヤツ、何の話、してんだよ。

 JKに手ぇ出したら、さすがに犯罪だぞ。


「社会人だよ。小さな音楽事務所で、デザイン関係の仕事してて、彼女いないってのは本当。アイツ、女より男が好きだから」


 特定の彼女がいないのは本当だけど、最後のは真っ赤なウソだ。


「へぇ、ステキ……」


 喜多川の目が、きらりと輝いた気がしたが、見なかったことにしよう。


「それより、何の用?」


 足を止め、俺はガラリと話題を変えた。

 いつの間にか開けた場所にきていて、そこはとても見晴らしがよく、市街地の向こうに、丹沢の青い山並みが見える。

 車も人もほとんど通らず、開放的な感じがいい、俺のお気に入りスポットだ。

 太陽が西に傾いた今の時間も悪くはないが、夜景もまた格別で、いつか彼女と見れたらなんて、中学のころ思っていたっけ──。

 喜多川もチラリと遠くをながめ、それから真顔で俺を見た。


「あのね、わたし今日、移動カフェに行ったんだけど──」


 ああ、知ってる。男とだろ?

 ──と、心の中で相槌あいづちを打つ。


「そこで前、坂ノ上が弾いてくれたあの “子守唄” が流れてて、それ聞いてたら、なんかいろいろ思い出したの──」


  “いろいろ” が、なんなのか、彼女はいわない。

 だが、強ばってた表情が、わずかにゆるんだ。


「卒業式のときは、ひどいこといってゴメンなさい。わたし、ようやく気付いたの。別に誰でも良かったんじゃなくて、相手が坂ノ上だったから、付き合ってもいいって思ったんだって」

「えっ」


 なんなんだ、この展開は。

 ようやく気付いたって、それってまさか……。

 さっきまでとは違う緊張に、ごくりとのどが音を立てる。


「わたし、ホントは、坂ノ上と話す前から、ずっと坂ノ上のギターの音が気になってたの。今さら虫が良すぎるかもしれないけど、もし良かったら──」


 ドキドキしながら、俺は次の台詞せりふを待った。


「またギター、聴かせて」


 ギターかよ──ってツッコミを、すんでの所で飲み込んだ。

 それは、期待と少し、いや、かなり違う言葉だったが……まあいいか。

 俺たちの関係は、そもそもそこから始まったんだ。

 また新しく始めればいい。


「ダメかな?」

「いーや。いくらでも聴かせてやるぜ。都合のいいとき連絡くれれば、いつでもすぐに飛んでいくから」


 なんなら今すぐ、弾きたいくらいだ。


「ありがとう」


 可愛い笑顔をまた見られ、うっかり満足しかけたが、肝心なことを思い出した。

 今日、一緒にいた男、一体、何もんだ?

 かなり親しげな様子だったが、兄弟とかじゃないだろうし……。

 勇気を出して、聞いてみようか。

 そのカフェ、他に誰と行ったんだって。


「あのさ、さっきいってたそのカフェ」

「ん?」

「他に……どんな曲かかってた?」


 ああ、ダメだ俺、ヘタレかよっ。

 突飛になった質問に、彼女はう~んと首をかしげる。


「わたし、タイトルとかよく知らないけど……『Someone to Watch Over Me』とか?」

「えっ」


 『Someone to Watch Over Me』──誰かが私を見つめている。


 神様のイタズラみたいな曲名に驚く俺をあざ笑うように、どこかでからすの鳴き声がする。

 6時を過ぎても明るい空は、夏を強く感じさせ、それはあの日初めて聴いた、ブルーノートスケールのように、俺の胸をときめかせた。

 

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