シンデレラ視点~毛根死滅男爵~

ネズッチさんの優しさが1番身に染みたのは、私が体調を崩した日でした。


前日に頭から紅茶を被ったせいでしょうか、翌日にカラダが重く感じました。

夕方から熱が上りはじめ、ネズッチさんが来る20時には、ベッドから動けなくなってしまってました。ネズッチさんは、今日はピンク色の包み紙を背負って現れました。


「おっす!シンデレラ·····どうした!?体調悪いのか?うわっ。すごい熱だ!」


「喉が痛くて熱が出てるので、感染性のある病気の可能性があります。早く帰ってください」


「ちょっと待ってろ!」


ネズッチさんはそう言い残して、屋根裏部屋の窓から姿を消してしまいました。


体調が悪い時は、ネガティブな事ばかりが頭に浮かびます。

これが両親と同じように黒死病だったら、どうしましょう。うつしたら大変です。ネズッチさんには早く帰って貰わなくてはなりません。

どうしましょう。明日、家事が出来ないと義母や義姉から罵倒されます。

きっとまた、「何も役に立たない小娘が!親にもシンデレラ(灰かぶり)なんて汚い名前をつけられただけの事はある」と義母に罵られるのでしょう。

両親はなぜ、私にこんな名前を付けたのでしょうか?煤に汚れた生活をする事を、予測していたのでしょうか?両親に愛されていたとは思うのですが、自分の名前の意味を知ると自信がなくなってしまいます。

何だか、悲しくなってきました。

『転んでもタダでは起きない』そう唱えてみても、今の私には起き上がる気力が湧いてこないようです·····。


「どうした?泣いてるのか??」


ネズッチさんがいつの間にか、部屋に戻ってきていました。


「あの、ちょっと気弱になってしまっておりまして。いけませんね。病は気からと言いますから、気持ちを強く持たなくてはなりませんね」


「シンデレラはいつも充分に頑張ってるから、体調悪い時くらい甘えていいと思うぞ」


「そ、そんな優しい事、言われてしまうと、涙が止まらなくなってしまいます·····」


ネズッチさんがいつになく、優しい声で話してくれます。ネズミのキーキー声でも、私には違いが分かるようになってきました。


「頑張りすぎて、疲れが溜まってたんだろ。いい機会だから、溜め込んでるの吐き出してしまえよ」


ネズッチさんにうながされるまま、私は自分が今、黒死病であったらと思うとネズッチさんに申し訳ないからすぐに帰って欲しい旨と、シンデレラという名の意味を考えると、両親に愛されていたのか不安になってくる旨を鼻水まじりの声で話しました。

脈絡ない私の分かりづらい話を、ネズッチさんは辛抱強く最後まで聞いてくれました。


「そっか。そりゃ不安だよな。·····じゃあ。まず、黒死病の件だけど、俺もアレから色々調べてさ」


「アレから?ですか?」


「ほら、シンデレラにこの前、『ネズミの力を使って他のネズミ達に人間の領域に踏み込まないよう伝えられないんですか?』って聞かれただろ?俺、姿がネズミにされてるだけで、そういった能力は皆無だからさ。何も出来ないのが、ちょっと情けなくて。せめて、何か役に立てることないかなって、黒死病について調べたんだよ」


「そうだったのですか。すみません。私が無責任に変なお願いしたせいですね」


「はは、本当に今日のシンデレラはとことんネガティブだな」


ネズッチさんは、優しく包み込むように微笑んでくれました。私も最近では、ネズミの細かな表情の違いが分かるようになってきてるのです。

ネズッチさんはピンと姿勢を正して立ち、小さい指を1本立てながら少し尊大な素振りで話しだしました。小さい姿で偉そうにされると、逆に可愛いです。


「黒死病とはネズミなどからノミを介して感染する病気だ。患者の90%は腺ペストで、症状はリンパ節の腫れのほか、発熱や頭痛、悪寒などの全身症状が現れるらしい。さて、シンデレラ君は今、リンパ節が腫れているか?」


私はそういえば、黒死病になった時、父は首が、母が鼠径部が腫れていたのを思い出し、全身を確かめてみました。


「特に腫れてないです。良かった。黒死病の可能性は低そうですね。すごいです。ネズッチさんは博識ですね」


「いや、知り合いに聞いただけなんだよ。それにこの前、例の魔法使いに会った時に聞きだしたんだが、ネズミの姿の間は魔法の力で病を寄せ付けないらしい。だから、何にも感染しないから大丈夫」


ネズッチさんはそう言って、何やら白くて細長いものを引きずってきました。さっき姿を消している間に持ってきてくれたようです。


「田舎のばあちゃんが言ってたんだけど、首に長ネギ巻くと殺菌効果で風邪が早く治るらしい。さっきそこの畑に生えてたのをとってきた。ちゃんと水で洗ってきたから綺麗だぞ」


「ありがとうございます。うぅ、ネギの匂いが凄いです」


ネギの匂いとネズッチさんの優しさに、また涙腺が刺激されて涙が溢れてきました。

ネズッチさんは来る時に背負っていた、ピンク色の包み紙をガサガサと広げています。


「ほら、今日は蜂蜜飴持ってきてたんだ。喉痛いのなら、ちょうど良かった。10粒くらいあるから、今1粒なめなよ」


はちみつ飴の、優しい甘さが荒れた喉と心に染みます。ネズッチさんが私の様子を見ながら、言います。


「体調が大丈夫そうなら、名前の件も話していいか?シンデレラはこの国の貴族の名前を知ってるか?」


「いいえ。平民は貴族のお名前まで聞くのは失礼とされていましたので、領地名でお呼びしてました。『東南領の伯爵様』などです」


そう言って私が頭を振ると、ネズッチさんは「どおりで」と頷きました。


「俺の知ってる貴族の名前を聞いたら、驚くぜ。ハライタ伯爵に、その親戚はカタハライタ伯爵、ヨウツウ公爵もいる。あまり平民には知られてないようだが、この国の王はバースト国王って名前だけど、バーストの意味は『うんこまみれ』って意味なんだぜ」


ネズッチさんの話に、私は唖然としてしまいました。


「そんな話は初めて聞きました。なんで高貴な皆様が、そんな名前を?」


「俺も詳しくは知らないけど、魔物から身を守るために、 わざと人間の名とは思えないような名前を付けるのが、高貴な身分の人の慣習らしいよ。魔物なんていないだろうに、変な風習だよな。俺が1番笑ったのは、モーコンシメツ男爵だな」


「毛根死滅·····その方の、髪はもしや·····」


「それが、70歳にもなってフッサフサなのな!名前と逆になる例が多いからマイナスな名前をつけるみたいだな。多分、シンデレラのご両親はこの国の貴族の名付けの風習を知っていたんだと思うよ」


ネズッチさんの言葉で、私の胸に巣食っていたモヤモヤが晴れていくのを感じました。


「じゃあ、私の名前は·····」


「『とても美しい人』って意味でご両親はつけたんだと思うよ。ピッタリだと思うよ。シンデレラほど、心の美しい人に俺は初めて会ったから」


その言葉と共に21時の鐘が鳴り、熱と恥ずかしさで顔の赤い私を残してネズッチさんの姿が消えたのでした。

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