3・執行-2[状況推理]

状況が変わった……というのは正しくはない。何も変わっていなかったという方が正しい。

思い違いをしていたのだ。


まず藤沼氏は働いていない可能性が高い。日がな一日投稿サイト用の小説を書いている。


同人誌の外注代金未払いで訴えられた藤沼氏は「ぼんやり日々を過ごしてみたが、結局実家を継いで社長とか責任のある立場は嫌。そうするとやりたいこともみつからない。暇になったものの結婚子育てという暇つぶしイベントもない。絵も向いてない。プロゲーマーも無理。だから金のかからない小説を書くことにした」と呟いている。

そして書くのが早くて暇だから同人も再開するとのことだ。彼の言う同人活動は二次創作のことだろう。藤沼氏曰く心地よい暇つぶしだそうだ。

人様の創作物を暇つぶしに使うくらいなら、このまま止めてほしかった。ネット用に書くなら、同人誌用にだって一次創作で出せばいい。今は下手な二次創作よりも人気ジャンルの一次創作が売れることだってある。


そうして執筆活動を再開した藤沼氏だったが、ただ毎日何千文字書いたと話して、たまに頑張りすぎて腰が痛いとつぶやいたりしていた。

藤沼氏の性格上、家の仕事をしながら小説を書いていたらそれを込みで頑張ってるツイートをするだろう。しかしそういう話はない。

だがおかしな事に厚生年金と社会保険は入っているという。『会社員かな』と不明瞭な物言いをしていたということは、明確に会社員として働いていないということだろう。


この事から推測すると藤沼氏は実家の会社に在籍はしているものの、その仕事をしてる様子はない。

可能性として税金対策で自分の会社を作ることは不可能ではないが、執筆活動で法人化するほど収入があるわけではなさそうだ。株取引は個人の方が税率が低いし、以前Twitterにのせていた額程度の利益で喜ぶようなら法人化はありえないだろう。経理などの面倒といったことは無理とも言っている。

親御さんが働かない息子の将来の為にかつ社会保険料を安くするために自社に名義を入れている可能性は高い。

その場合は…

A・鬱などの病気で休職している。

B・働いてないが、給与は貰っている。

C・働いてないが、役員報酬で最低限給与。


まずAの休職の場合は給与が発生していないため、強制執行は空振りとなる。長期休暇なら開けるまで半年ぐらい先までは待つ必要がある。


またBの給与の場合は実際受け取とらず厚生年金等のために書類上受け取っているという可能性がある。それでも書類上の給与が対象にはなる。しかし給与差し押さえの場合は債務者の生活の保護のため、税金・保険料等の天引き額を引いた受け取り額の4分の1が対象となる。

例えば受け取り給与額が16万円だった場合は、月4万円を満額になるまで受け取れる。なので元金+訴訟手数料+執行手数料で最低4ヶ月かかる。

もし退社しても退職金を狙うことが可能だ。


Cの役員報酬の場合は全額請求できるのだが、厚生年金などの天引きされた後の額が対象だ。

我が子の年金等を厚生年金で済ませるためなら、報酬額は年金・保険料と同額にしておき、残る額はほぼないだろう。


さてBであれば良いのだが、実際働いていないので可能性としては低いと思われる。

自分が親だったら…まぁ四の五の言わず自立させるが、この選択肢ならCだろうか。

それなら訴状に実家の会社の住所を載せていたのに慌てていないのもわかる。


なので先に口座や証券を「第三者からの情報取得手続」で調査することにした。こちらはうまく行けば1回で回収できる。この調査でわかるのは銀行であれば口座の有無・口座番号・口座残高、証券で有れば、口座の有無、保有する株式や投資信託だ。


口座については、藤沼氏の実家の会社が法人口座を持っている銀行や証券口座。またTwitterのログにあった株取引アプリから対応している証券会社を割り出し10社のうちの上位5社を候補に上げた。

その中に楽天証券があったため、口座候補に楽天銀行を追加した。

また投資系アカウントをやっているというつぶやきがあったので、そこで使っていたSBI証券も候補に追加しておいた。

この2社は金融系のブロガーやYouTuberがおすすめする証券口座だ。かなり硬いと睨んでいる。


ちなみに今回は関係ないが、証券に関しては、債務者が証券会社等の金融機関関係者なら、証券保管振替機構(ほふり)に照会をして直接各証券会社に当たらなくても、相手がどこの証券会社でどの株か投資信託(投資信託は電子取引のみ執行対象)を持っているかが分かるそうだ。


「第三者からの情報取得手続」で調査を裁判所に依頼するには、相手の財産がわからないという証明をしないといけない。

「財産調査結果報告書」を作成する。これは項目が多いので裁判所の公式EXCELファイル(個人用)を使用する。

各項目は「他人なのでわからない」という旨を書いておけばいいが、せっかく藤沼氏がおもしろメールを送ってくれたので「相手には支払い意思がないため(疎明資料を提出する)」という旨とメールを証拠として付け加えておいた。

ただし債務者の住所地の不動産については、法務省で不動産登記を取り寄せないといけない。これはネットですぐできた。法務省の「登記ねっと」というページだ。検索欄で該当住所はすぐ見つかり、1通500円でネット銀行支払い可。午前中に申請が済めば翌日には届く。e内容証明も見習ってほしい使いやすさだった。


次に「第三者からの情報取得手続申立書」を作成する。

しかし、この書類でわからないことがあった。


以下のとおり,民事執行法197条1項の要件がある。(該当する□に✓を記入してください。)

□ 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(本件申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において,金銭債権の完全な弁済を得ることができなかった(1号)。

□ 知れている財産に対する強制執行を実施しても,金銭債権の完全な弁済を得られない(2号)。

(裁判所:第三者からの情報取得手続申立書より引用)


さて今回はどちらに当たるのだろう?

まず強制執行を行ったことを前提としているが、これから強制執行を行うために情報がほしいのだ。だがどちらかにチェックを入れねば第三者からの情報取得手続ができない。

ぐるぐると考えた結果、裁判所に聞いたらあっさり解決した。

今回の場合は2号の『知れている財産に対する強制執行を実施しても,金銭債権の完全な弁済を得られない』に該当するとのことだ。


次に各第三者の会社の代表者を法務省の登記ねっとから資格証明書となる「代表者事項証明書」を取り寄せる。


そして裁判所に電話で書類を確認しながらすすめていった。

仕事の合間にすすめていたので、時間がかかった。

しかし藤沼氏は自宅で執筆活動に精をだしていた。引っ越すなどといった様子はないので、こちらも焦ることはないだろう。


書類作成中に藤沼氏の郵送の転送がもうすぐ終了する件についての謎が溶けた。

念の為に本名の読み仮名の確認として、住民票を取り寄せたところ、都内には引っ越して3ヶ月で実家に帰ってしまったらしい。せっかく就職セミナーまで行って就職したというのに。引越し先のチラシには1年以下の解約は違約金が発生するとあったので、実家に帰ったとは思わなかった。

理由は知らないが、すでにスネガジリ生活は1年前から再開されていたということだ。謎がとけたのでスッキリした。


そうして第三者からの情報取得手続を提出し、第三者への礼金用の電子納付利用登録を出したときには、判決から2ヶ月が経っていた。


だがその頃にはまた状況が変わっていた。

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