第23話 風香の素質2
「大前提としてダブルスのやり方に詳しいのは、凛先輩と風香先輩の方です。あたしはダブルスの経験なんてお遊び程度しかないです。だから、アドバイスは各々についてのものだけになるです。2人の連携に対してはノータッチになるですが、それでも構わないです?」
凛さんと風香さんにアドバイスすることになったみちるは開口一番そう伝えた。一応、小学生の頃にダブルスの経験はあるはずだが、当時の実感や知識は役に立たないとジャッジしたのだろう。
「…はい、大丈夫です。…むしろ、そちらを聞きたかったので」
「私も大丈夫よ。みちるちゃん、聞かせて」
まず、みちるが視線を向けたのは凛さんだった。
「凛先輩なんですけど、かなりダイナミックにフットワークを使っているですし、攻撃の中心になっているのも凛先輩ですし、一見良さそうに見えるです。でも、動きが大きいだけあって予測がつけやすくて、あたし的には苦労せずに対応できたです。打った後の戻りも遅いです。確かにダブルスは交互に打つから、次の風香先輩が打つ間に余裕はあるです。でも、そこに凛先輩は甘えているです。強い人が相手なら見逃さずに漬け込んでくるです。あとサーブなんですけど、レパートリーが多いのは良いんですけど、何種類か攻撃パターンに発展しないサーブがあったです。推察するにメインではなくて、手詰まりになったときに使うサーブです。どんなサインを出しているかは分からないですけど、せっかくのサーブ権を意図が希薄なサーブに費やすのはもったいなさすぎです。勝負の分かれ目は思考を放棄したり、オートマチックな手を打ったりした瞬間にもあるです。あのサーブには今言ったマズい要素があるのでやめてくださいです。コミュニケーションも不足しているです。まあ、今はある理由があって成立はしているですけど。イケイケで攻撃できているときならいざ知らず、劣勢のときには作戦を練り直すくらいの工夫を見せてほしいです。結果よりも過程を重要視してプレーすることでその後の試合展開にも影響を及ぼせるんです。凛先輩がこのダブルスのブレーンなんですから、試合の流れを読む努力を怠らないでくださいです。以上です」
…………………。
辺りを沈黙が支配していた。言い終えたみちるがフウと一息ついたあと、見回してサーッと青ざめていく。
「い、言い過ぎたです!ごめんなさいです、凛先輩!」
凛さんは首を横に振って制する。
「…ありがとうございます、奈鬼羅さん。…身が引き締まる思いです。…沢山アドバイスを頂いたのですから、感謝の気持ちはプレーで見せます。…本当にありがとう」
真剣な瞳に覚悟が見えた。みちるもそれを感じ取ったらしく真面目な顔に戻った。
「しっかし、めちゃくちゃハッキリ言うじゃん。ウチもみちるっちからアドバイスを貰いたかったけど、これは覚悟しないといけないじゃん」
俺の対面にいる羽月が顔を引きつらせている。上級生に対して淡々と改善点をぶつけるみちるを見て逆にビビっている有り様であった。
「次は私にもアドバイスを貰いたいわ」
「すげえじゃん。フーちゃん先輩は今のを見てビビってないじゃん?意欲がエグいじゃん」
「ビビってない、って言えたら格好いいけど正直怖いわ。私は凛ちゃんよりもいっぱい指摘される点があると思うから。でも、怖い以上にアドバイスをもらっている凛ちゃんが羨ましかったわ。みちるちゃんの気が変わらないうちに、私もアドバイスが欲しいの」
おのずと皆の視線がみちるに集約していく。みちるは少しの間、虚空を眺めながらブツブツ呟いている。うん、と一つ頷いて風香さんに視線を合わせる。アドバイスの内容をまとめていたのだろう。人に教えるのは、それだけの責任もある。正しい知識や利にかなったテクニックを、伝わりやすい言葉で説明しなければならない。俺もみちるに卓球の技術を教えるときは、ああやって頭の中で整理してから話していた。端から見たら、俺もブツブツ呟いていたのかもしれない。そんな俺の考えをよそにみちるが口を開いた。
「風香先輩なんですけど、凛先輩を甘やかすのをやめてくださいです。以上です」
……………。
またも沈黙に包まれる俺達。しかし、先ほどの沈黙とは毛色が違うというか。続きのアドバイスを待っているというか。
「みちるちゃん。えっと…終わりかしら」
そうなりますよね、風香さん。戸惑いの色を隠せないでいる。
「はい、これで全部になるです」
「そ、そうなのね。アドバイスが短いのは、まあいいわ。それでアドバイスの内容たのだけど私には」「分からないとは言わせないです。風香先輩が1番理解しているはずです。事実、甘やかしているですよね?」
有無を言わさぬみちるの剣幕に風香さんはたじろいだ。
「甘やかすとかでは…。でも、みちるちゃんから見たらそうなるのね」
「…あの、どういうことでしょうか」
堪らず凛さんが口を挟んだ。ダブルスの相方へのアドバイスに自分の名前が出てきたうえに甘やかされていたなんて言われては、外野でいられるはずもない。
「風香先輩から説明するべきです」
「私がやってきたことだからね。いいわよ、説明するわ」
風香さんは思案するように視線を彷徨わせたあと、改めて話し始めた。
「みちるちゃんが言っているのは、私のダブルスへの取り組み方だと思うの。ダブルスのときに限っては、私はいつも繋ぎに徹しているわ。凛ちゃんが気持ちよく打てるようにセットアップすることこそが私のすることだと自負しているの。打ち込むまでの過程を私が計算して作り上げているわ。肝心要の攻撃を凛ちゃんに任せているのだから、これくらいは当然よ。私たちのプレースタイルが凛ちゃんを軸としているので違和感なくやってきたけど、私がこの役回りを引き受けること自体に問題があるってことよね」
「…風香はそこまで考えていたのですね。…自分は己のプレーで頭がいっぱいで、風香の動きなんて見る余裕はなかったのに」
「風香先輩は今日の練習中にも凛先輩に『凛ちゃんは自分のプレーに集中して』と促していたです。2人で共通の認識を持っていると言えば聞こえはいいです。でも、実際に行われているのは、凛先輩の理想の卓球を風香先輩が具現化している卓球です。これを甘やかすと言わずに何と言うです。一連の理屈に伴って、風香先輩の動きはシングルスのときと比べると別人の域です。シングルスのときは見られるポテンシャルがダブルスでは全く見えないです。風香先輩たちのダブルスは神経を費やしている割には、攻撃力が足りなくてもったいない印象を受けるです。もっと凛先輩に難しい役回りを押し付けてもいいと思うです。それを否定するような凛先輩ではないはずです」
凛先輩は頷いてみせる。
「みちるちゃんがこの戦術を否定するのは、やっぱりパターンとして弱いってことかしら」
「いえ、伸びしろがないからです」
あっさり言ってのける。風香さんは面喰った表情で強張る。
「り、理由を聞きたいわ」
「別に今の戦い方が悪いとは思わないです。弱いとも思わないです。でも、あたしがアドバイスしようと思ったたきに風香先輩のプレイングがいろんな制限をかけてくるです。現状に満足せずに進化したいと望むのであれば、風香先輩が攻撃的になる必要があるです。パターンを一新した方が絶対いいです。若しくは、別の相方を探すのも1つの手です。明日が大会ってときに提案して申し訳ないけどです」
風香先輩は腕組みして目を閉じる。今の発言は味方によってはダブルス解散を宣告されたようなものである。容易に受け取りたくはないはずだ。しかし、その目はすぐさま見開かれた。
「全く問題ないわ。いろいろ試してみなければ分からないことも多いのだし。私としても、その方がいいと思うの」
「やっぱり風香先輩はすごいです。あたし、風香先輩のこと好きですよ」
ニヘラと人懐っこい笑みでみちるは答える。
「んなっ…恥ずかしいじゃないの。全くもう、みちるちゃんってば…」
風香さんはチョロかった。口の端をプルプルさせながら明後日の方向に視線を彷徨わせている。
「…それで具体的に奈鬼羅さんは、どういったダブルスを考えているのですか?」
見かねた凛さんが、胸元辺りで小さく挙手しながら訪ねてくる。
「はいです。ズバリ凛先輩と羽月先輩のダブルスになるです!」
「ウチじゃん!?」
「私じゃないのね…」
静観していた羽月はサプライズ指名に声をあげる。一方で風香さんはショボンとしていた。ドンマイ。
「お試しで組んでみるです?実際にやってみたら良し悪しも見えるです。羽月先輩のダブルス、気になるです」
「でも、ウチはカットマンじゃん?シングルスならともかく、ダブルスにカットマンが1人いるのってどうなんじゃん?」
「ダメだったらその時です。とにかくやってみましょうです」
羽月の元へ行ったみちるは、背中をグイグイ押して凛先輩の隣に追いやる。えらく強引だけど羽月は応じたようだ。
「よし、やってみるじゃん!それで誰と打てばいいじゃん?」
そんな疑問を投げかけたのは、みちるがコートを離れたからだ。ひょっとして手が空いた俺が相手をする感じ?
「風香先輩、いいです?」
わきに捌けていた風香さんの手を取ったみちるはコソコソと耳打ちをする。風香さんを相手役にするのか。確かに客観的にダブルスを見られるしアリだろう。耳打ちを終えたみちるは印象的な笑みを携え、風香さんもまた、フッとほくそ笑んでいた。
「分かったわ。やってみる」
「やったです♪」
相談が終わったらしい2人が羽月・凛さんの新ダブルスを見据える。次の瞬間、風香さんが臨戦態勢の眼差しで言い放った。
「相手になるわ。私と、みちるちゃんのダブルスが遊んであげるから!」
「遊んであげるです!」
…マジで?2人してラケットを相手に向けてキメている。ビシィ!とか効果音が入りそうだ。
「…2人が相手ですか。…燃えてきました」
「なーんだじゃん。そういうことなら、ウチも負けらんねーじゃん!」
我が部の女子たちは血気盛んであった。ともあれ即席ダブルス2組による対戦は幕を開け、本日の部活動時間は差し迫るのだった。
明日、大会なんだけどなあ…
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