第9話 ラスボスvs林 凛 2
「みちるっちが…リンリン先輩から1セット取ったじゃん…!」
沈黙を破ったのは羽月だった。それまで、時が止まっているかのような錯覚に陥っていた。他の部員がハッとして各々の試合を再開する。飛んでいった玉を回収したみちるは、チェンジコートの前に俺の元へやってきた。
「ど、どうだったかな…です」
ピンポン玉をいじりながら、モジモジして聞いてくる。
「すごい追い上げだったじゃないか。格好良かったぞ。このまま勝っちまえ」
「ンフフ~。ありがとです。緊張もほぐれてきたし、調子も出てきたです。卓丸先輩、心の中で応援していてほしいです」
「緊張していたのか?そうは見えなかったけど」
「あたしを何だと思っているですか。か弱い女の子なんですーだ」
ピンポン玉をこちらに投げて、じゃれついてくる。
「すまん、すまん。ほら、試合に戻れ」
「了解したです」
コートに戻っていった。ちょっと鼻歌を歌ってるし。その一方で凛さんの元に風香さんが来ていた。風香さんは別のコートで試合をしていたが、ストレート勝ちを収めていた。早めに終わったので、こちらに寄ったのだろう。
「ドンマイ、凛。こういうこともあるわよ。ただ、戦法は変えた方がいいかも」
「…そうですね。…奈鬼羅さんは強いけど、落ち着いて試合をすれば、大丈夫のはずです。…さっきのセット、ラスト2本のレシーブミスは防げるミスでしたから」
「分かっているなら問題ないわね。流石は凛。冷静だわ。」
確かに、先程の勝負を決したみちるの連続サービスエースは、凛さんの不覚だった。だが、裏を返せば、みちるがそうなるように仕向けたサーブ選びだった気がする。全部員の前で新入生にセットポイントを奪われる恐怖を前に、凛さんは正常な組み立てが出来ないでいた。そこを、みちるは突いた。そうやって相手を見抜くあたりが、先のセットの結果に直結していた。
などと考えていたら肩をチョンチョンと叩かれた。
「卓丸君、私も審判していいかしら」
風香さんだった。卓球は副審判がいることもあるので、それをやりたいのだろう。風香さんなりに試合を見たいけど審判を交代するのもなんだから、という折衷案なのだろう。
「もちろんいいですよ」
快諾した俺に手を振った風香さんは、卓球台を挟んで、俺と対面する位置に立つ。副審判は、ここで補足的に点数のジャッジを行う。
「3セット目もお願いしますです」
「…よろしくお願いします」
ゲーム前の挨拶を終えて、3セット目がスタートする。このゲームでも、みちるは中陣から後陣に位置取って展開していく。驚いたのは凛さんの方だ。みちるの同じように卓球台から距離を取って、強いボールを打ち始めた。
「うへ~。凛先輩、こっちの方も強いです」
「…まあ、離れる練習もしていますので」
普段とは違うスタイルで打つ凛さんは点数を重ねていくが、しっくりはきていない様子だ。みちるも負けじと食らいつくが、凛さんの戦法が想定外だったらしく苦戦している。風香さんは固唾を飲んで、試合を見ながら審判していた。
① 奈鬼羅 みちる 5-7 林 凛 ①
僅かに凛さんがリード。しかし、凛さんからしたら、前セットの大逆転があっただけに気は抜けない。息の詰まる試合に俺は「ふぅ」と1つ息を吐く。その声が思いのほか、よく聞こえた。理由は他の部員が、またも、みちると凛さんの試合に惹きつけられていたからだ。
「すごい試合じゃん!見てて面白いじゃん!みちるっち~、ファイトじゃ~ん」
「あ、ありがとうございますです!」
律儀にお辞儀をするみちるが微笑ましい。だが、プレーに戻れば、その顔つきは変わる。メリハリのついた動きは見る者を魅了してやまない。凛さんの動きは基本に忠実で力強さも感じられる。そんな2人が卓球台から距離をとって、大立ち回りしているのだ。ヒーローショーを彷彿とさせる。派手な卓球は単純に興味を引くものであった。凛さんの打ったドライブが、コートをオーバーして、みちるにポイントが入る。
「はーふー。凛先輩、これだけ注目されると恥ずかしくなってくるですね。あたし、ドキドキするです」
「…確かに。これだけ注目されるとやり辛いですね。…皆さん、試合を進めてください」
凛さんがみちるの発言を慮って、他の部員に注意を促した。皆、いそいそと試合に戻る。
「あ、そういうことじゃないです。あたしとしては、試合を見てもらえるのは嬉しいんです。凛先輩も同じ気持ちかなーって思っていたんですけど、違うですか?」
「…あまり、ない気持ちですね。…というか集中して周りを気にしていなかった感じですが。…まあ、これだけ激しい卓球をしていましたからね」
凛さんは流石の集中力だな。これを聞いた副審の風香さんは、うんうんと頷いている。
「やっぱり、凛のストロングポイントはこの集中力よね。自分のやりたい卓球を徹底して実現するのって、なかなか出来ることじゃないわ」
「…ありがとうございます、風香」
試合が再開される。俺は違和感を感じずにはいられなかった。今の会話、何だったんだ?みちるが、外野の視線が気になっての発言かと思いきや、ただの雑談もいいところだ。さらに言うと、得点したのはみちるなのだから、勢いそのままに次のプレーに移るのが自然だろう。俺ならそうする。思いふけっていると、再びみちるが得点した。前陣でブロックしたのが、いいコースに決まった。
「…不意を突かれましたか。…少しマズいですね」
同点に迫る一打であった。凛さんは、横目で周囲をチラ見した。
「あの新入生、また追い付いたぞ」
「マジで大型新人だな」
口々にみちるを称賛する声が聞こえる。先程、みちるが1セットとった時から聞こえていたもので、今に始まったことではないのだけれど、凛さんの反応は違った。
「…皆さん、試合に集中してください。…本当に」
静かに、だけどハッキリと言い放つ。言われた部員は大人しく試合に戻っていった。風香さんは、この変化を見逃さなかった。
「ちょっと凛、落ち着いて?外野を気にするなんて、らしくないわ。いつも通りプレーすれば大丈夫よ」
「…気をつけます。これ以上は負けられませんからね」
明らかに先程までと違って、周りに声をしだしていた。実際、これ以上セットを取られるのは、凛さんの面子にも関わってくるだろう。みちるの強さは十分に証明されたが、勝負は勝ち切りたいところだ。凛さんとみちるでは、背負っているものがまるで違う。…ひょっとしてみちるは先程の会話で、この重圧を意識させたのか?
「卓丸先輩、見せてあげるです。ここから始まる卓球が、あたしの真骨頂になるです」
ユラリ。みちるの瞳に炎が灯るのを見た。俺は知っている。冗談や酔狂でこんなことを言うヤツではない。
「お前それ、相手サーブの時に言う台詞か?でも、みちるが今、楽しんでいるのは分かるぞ」
「バレてましたかです。はい、超楽しいです」
ニヘラと緩んだ笑みを見せてくれた。それも束の間、凛さんがサーブを繰り出す。打ち合いながら距離をとる凛さんに対して、みちるは、またも前陣に位置取って攻撃的なパターンを作り上げていく。堪らずボールを打ち負けた凛さんは悔しそうだ。
「…どうして、こんな状態に」
土壇場での逆転がまた起きてしまった。前陣打ちに切り替えたことで、今はみちるが攻めている。凛さんは、守りながらカウンターを狙う格好だ。これまでにはなかった構図として、みちるが攻撃し続ける流れが形作られていた。
「はーふー。攻める卓球はカイカンです!」
みちるのスマッシュが、凛さんのミドルにハヤブサみたいに襲いかかり、得点となった。
「…こんなの、自分の卓球じゃないです」
はた目から見て、凛さんは揺さぶられていた。みちるが卓球台からの距離で戦法を変えてきたのに対して、凛さんも離れたので、メタることに成功していた。だが、みちるはあっさりと裏切って、前陣で攻め始めている。みちるの間合いになってしまっている。
「後ろに下がり過ぎだわ。凛、頑張って」
「…風香の言う通りね。前に出ないと」
逆転されて怯えた心は簡単に立ち直れない。凛さんは今の1ポイントに関しては、意図的ではなく、自然に後ろに下がっていった。重心が、わずかに後ろに傾いていたから間違いない。
「凛先輩、ボールくださいです」
次のサーブ権を持つみちるが、ボールを手にしたままの凛さんに催促する。
「…あ、そうですね」
ボールを回収したみちるは間髪いれずにサーブの構えに入る。相手も構えたところで、素早くサーブを繰り出す。いつぞや見せたドライブサーブに、凛さんは引っかかった。緩やかな放物線を描いて、みちるの手元に舞い戻るボール。次の瞬間には、みちるはサーブの構えをとっていた。
「いくですよ、凛先輩」
攻め所を心得ている。弱った相手に考える隙を与えず、着実に点数を重ねていく。何の変哲もないカットサーブが凛さんのコートに侵入し、みちるのコートに届かずに落ちた。
① 奈鬼羅 みちる 11-7 林 凛 ①
「あと、1セットです」
みちるは当たり前みたいに言った。
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