~首都アルグリッド~

第04話「首都での記憶」

 急げ。急がないと間に合わなくなる……。

 俺は、巨大な水晶玉のついた杖の女を背中に担ぎながら、何度目かの首都を駆け回っていた。



★ ☆ ☆



 数十分前——。


 ドラゴンライダーたちによる奇襲によって苦戦を強いられていた俺たちは、ポールの銃撃によって奴らを撃破することに成功した。しかし、その戦いで、俺を庇った魔法使いのような女が重傷を負ってしまったのだ。

 焦る俺を、横からポールが心配していたが、俺は今それどころではなかった。この女に死なれては困る。今日初めて出会ったばかりの、印象最悪な女だったけれど、このまま死なれてしまっては後味が悪すぎる——。


 馬車は勢いを止めることなくそのまま走り続け、ようやく霧の森を抜けた。そしてしばらくして、俺たちの目の前には、俺にとってはある意味思い出深い、「首都アルグリッド」の城門がそびえたっていた。


 門の前には番兵が二人、そして城壁の柱の中には空洞があるようで、そこにある小窓から顔を出した受付嬢が、行きかう旅人やら行商人やらの通行証を確認し、誘導していた。

 中には俺たちのような馬車連れ、車連れの連中もいて、それらすべてが長い列を成していた。まさに、「栄えた街の入り口」と言う感じだ。


 俺たちは、そのままその列に並ぶことに。だが、俺たちの様子を怪しんだのか、見張りの番兵の一人がこちらへと歩み寄ってきた。


「おい、お前たち。それから後ろのドラゴンに乗った男。そこで止まれ」


 番兵の口調は荒い。やはり怪しまれているのか。

 こんなところで足止めを食らっている場合ではないのに。ましてや、こんな長蛇の列、いつになったら……。


 そう言えば完全に記憶から飛んでいたが、バトルアックスの男はあの後馬車に合流することはなかったな。なので、完全に忘れてしまっていたが、どうやら真後ろにぴったりとくっついてきていたようで、ドラゴンの操縦に関してなかなかに驚かされた。


 番兵は複雑そうな表情をしている。

 御者と番兵が、何やらやり取りをしているらしい。


「これを……」


 ここからじゃ見えないが、御者が何かを差し出したようだ。それを機に、番兵の態度が一変した。


「もしやとは思いましたが、やはりでしたか。先ほどの無礼な対応、どうかお許しください。それとその傷と、馬車の損傷——一体道中で何が……?」


「ドラゴンライダー5体から、襲撃を受け——」


「さようでございましたか……。それでは、後ろのドラゴンも?」


「いや、あの子はこちら側の、冒険者志望の子だ……」


「なるほど……。して、対応の方は?」


「視覚データを本部に転送済みです……。おそらく今頃、本部の者数人が現地を調査中だと思われます……。王国兵士たちに伝達が行き届いていないということは、つまり——。とにかく、公にすることなく、警備強化に努めてください……」


「……かしこまりました」


 番兵は、そのまま馬車を、入口のすぐ手前まで誘導した。先ほどの長蛇の列を完全に無視し、いよいよ首都内に入るというその時に、御者が俺たちに降りるよう合図する。


 俺は女を担ぎながら、それ以外の奴らも言われるがまま馬車を降りた。バトルアックスの男は、いつの間にかドラゴンを逃がしていたらしく、後ろを歩いてついてきていたみたいだ。それなら馬車に乗ればよかったのに。


 御者は運転席から降り、俺たちと対面する。走行中は、深く観察できなかったが、やはり、体中いたるところにボウガンの球が刺さっていた。そして、腹の一部が溶けたようにえぐれており、中から火花が散っていた。その様子は、人間的ではなく、まるで……。

 しかし、御者は顔色一つ変えずに、次の目的地を指し示した。


「ここから見える……正面の巨大な建物……。あそこに迎え……定刻までに……」


 街の中央にそびえたつ巨大な建物。俺はその建物を知っていた。

 あれは「冒険者ギルド本部」。各地の冒険者が、必ず一度は通ると言われている冒険者の聖地。俺たちが冒険者になるためにも、あそこで試験を受け合格しなければならない。


 御者の発言を聞いた途端、バトルアックスの男はそれまで同じ足取りをたどっていたのにもかかわらず、無言で一人、そこに向けて歩き始めた。それに連れ、見えない何かと戯れる少女もまた、彼と同じように身勝手な歩を進め始めた。

 ——しかし、俺はそんなことをしている場合ではない。


「おつかれさまでした……。馬車はこちらで預かりますので、『機械棟』の方で、ゆっくりお休みください」


「…………」


 番兵の一言で、御者はようやく、俺たちに構うことなく自分の目的に向けて歩き始めた。責務を全うしたのであろう。

 しかし俺は、その御者に向かって、御者を引き留めて、声をかけていた。


「い、医療施設は、どこにありますか……!?」


「…………」


 御者は無言のまま、歩を止めることはなかった。

 しかし、御者が上がらない腕を、メキメキと音を立てながら上げようとしていた。


 その様子を見ていた番兵が、今度は俺を引き留める。


「医療施設……「医療棟」は、ここから左にずっと進んだ先、大きな協会の隣にある」


 番兵は親切に教えてくれた。「大きな協会」という、俺の中にある「もしかすると」に引っ掛かるワードとともに。


 ……俺は愚かだな。

 こんな様子の御者だ。満身創痍の御者を、わかってやれない俺ではないはずだ。しかし、先ほどの一件で命を預けた御者に、俺は知らず知らずのうちに、心のどこかで信頼を寄せていたのかもしれない。だからこそ、咄嗟に、咄嗟に声をかけた相手が御者だった。おそらくそうだ、そうに違いない。


 俺は、人ごみに消えゆく御者の後ろ姿に向かって、今まで以上に大きな声で、


「ありがとうございましたッ!!」


 と、叫んでいた。



★ ★ ☆



 背中の重みと、それ以上に感じる心の重みを背負って俺は走っている。あの時のように。


『僕も……僕もついて行きますよッ!』


 ポールはそう言ったが、俺は彼の「好意の一言」をはねのけた。

 定刻まで、時間がそうあるわけではない。俺の事情に、ポールを巻き込むことは、俺にはできなかったから。

 俺の背中に向かって、「クロム! 待って!」と言う声が聞こえた気がするが、俺は振り向かず全速力で駆けた。

そして今に至る。


 どれほど走ったかな。だいぶ走った気がするけれど、まだ「大きな教会」は見えてこない。そう言えば、知らず知らずのうちに、よく知る道になっている。やはり、さっき言っていた「大きな教会」ってのは……。


 人を背負って走る俺の姿に、街ゆく人々は一瞬目を奪われるようだが、何食わぬ顔で元の歩みを続ける。

 あの日の情景と全く同じだ。逆走ではあるが同じ道、同じような視線、そして、同じように人を背負って・・・・・・——。



★ ★ ★



 巨大な街に堂々とたたずむ冒険者ギルド。

 それと双璧を成すかの如くそびえたつ正教会支部。その象徴的な建物は、この街の人々たちの間で「アルグリッド大聖堂」と呼ばれていた。


 幼き日の俺は、その大聖堂から、妹を連れ出した——。


「おにい……ちゃん……」


「安心しろマナッ! 兄ちゃんが何とかしてやるからなッ……!」


 その時の妹の右手首には、かつてはなかったはずの「謎の刻印」が浮かび上がっていた。


 ファールス村で突如として出現した「ワーウルフ」、その中でも特別大きな個体。

 平和ボケし、対抗する手段をほとんど持ち合わせていなかった村の衆。そんな中で、若い男たちを筆頭に、できる限りの抵抗で示した。しかし、その抵抗も空しく——。

 そんな時であった。俺の妹、マナが、とてつもない威圧とともに、一瞬にしてその凶暴なワーウルフを追い払ってしまったのだ。


 俺はワーウルフによる攻撃で深い傷を負い、意識を失っていた。そんな時に、マナの噂を聞き付けた首都の連中たちが、半ば強引に連行しやがったんだ。


 意識を取り戻し、その話を聞いた俺は、道中助けを借りながら街に乗り込んだ。そして、例の教会へと連れていかれそうになっていたマナをその途中で捕まえ、背負って、俺は走った。

 治りきっていない傷で、傷口が開き血反吐を吐く思いだったけれど、そんなことは言っていられない。



 当時の警備は、今よりももっと手薄で、難なく突破することができた。そして俺は、あの霧が濃い森の道を、妹を背負いながら一心不乱に走り続けた。

 道中、ぶっ倒れることも何回かあった。しかし、それでもなお起き上がり、俺は諦めなかった。あいにく魔物に襲われることがなかったため、それだけは幸いだった。 そして、意識が朦朧とする中、村の入り口が遠くに見えたのであった。


 村のもりり人が俺たちの姿に気づき、すぐに村中に知らせてくれたらしい。入口付近には、母親含む、村の連中たちが出迎えてくれていた。

 そのときの母が、なんともいえぬ表情でこちらに視線を向けていたのを、今でも忘れられない。


 俺は、皆の姿が見えて安心したのか、ふと力が抜けた。そして、その勢いのまま妹を 落とし、転倒した。


「ごめんごめん、兄ちゃん疲れちゃって……」


「ううん、大丈夫」


 マナは強い子だ。俺はマナの顔を見て、強く思った。

 マナは、俺の後ろを、俺のペースに合わせてゆっくりとついてきた。俺の左手は、がっしりとマナの右手をつかんでいる。

 そして、村の入り口にあと10メートルほどで到達しそうになった時、俺の左手につかまれていたそれは、触れている感覚そのものがだんだんと弱弱しくなっていた。

 俺は振り返り、マナの顔を——。


「ごめんなさい……」


 マナは、訳の分からない白い光に包まれていた。

 マナ自身訳が分かっていないようで、触れられている感覚の変化による恐怖心からか、あるいは自分自身が光り始めたことによる恐怖心からか、ただ謝り涙を流していた。きっとそれしかできなかったんだと思う。俺は、非常に嫌な予感がしていた。


 村の者もそれを見ており、みな動揺している。その中には、何かに気づいたかのようにして飛び出してくる老人の姿もあった。

 マナの体にまとわりついた光が、天へと昇り始めている。そして、上へ昇る強烈な風圧が、マナを中心に吹き荒れ始めた。


「どうなってるんだよ……! マナッ!!」


 マナの周りを吹き荒れる風圧が一層強さを増し、光も先ほどとは比べ物にならないほどのまばゆさを放っていた。そして、それが完全に真っ白に塗り替わり、


「おにいちゃ——」


 それは、ふとした瞬間、一瞬にして消滅した。マナの姿を飲み込んで——。



 この出来事が、俺にとって初めての「ガチャ」であり、それと同時に俺が冒険者を目指すきっかけとなる。

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