第20話20

だが、それは明人にも分かっていた…


佐々木が、いつものアルファとしての力を、恒輝に阻止されている事も理解していた。


そして、明人はさっき、自分が恒輝を止めようとした時を思い出す。


(いつもと大河の様子が違う…ごめん…西島君…俺は、たった一人の運命の番に余計な事をして、自分自身後悔する所だったよ…)


ただ静まり返る道場に、恒輝と、佐々木の息と、激しい畳の擦れる音だけがする。


そこに、一瞬の佐々木の隙が出来た事を恒輝が見定めた。


恒輝は佐々木の腕を大きく取り、投げる体勢に持って行こうとした。


佐々木はハッとして、恒輝の目を見たが

、その瞬間…


その恒輝の目付きに、佐々木程の男の体が固まった。


「そこまで!」


折角の所だったのに、体育教師がタイムオーバーを出した。


恒輝も佐々木も激しい息をして一礼し、乱取りは終わった。


「いやー、流石ですね、佐々木先生。西島に気を使ってわざと力を抜いて下さって」


体育教師が、佐々木に近づきコソッと呟いた。


「えっ!あっ…あっ…ええ…」


佐々木は、笑顔で答えたが…本当は…


(別に、力は…抜いてない…それに…)


佐々木はそう心の中で呟き、さっきの恒輝の目を思い出した。


(俺が…この俺が…西島に、あの西島の目に、一瞬ビビった…のか?)


佐々木は、余りのショックで放心し、恒輝の背中を見た。


その恒輝は、自分の席に帰ろうとして明人と視線が合い立ち止まる。


激しい掴み合いで恒輝の道着が乱れ、汗に塗れた上半身がかなり露出している。


それを明人は見て一瞬心臓を跳ねさせて

顔を紅潮させたが…


そのまま明人は、優しく穏やかに恒輝に微笑んだ。


恒輝は、それにどんな表情をしていいのか戸惑い、3歳児のようにプイっと横を向く。


そしてそのまま、元居た所に戻ろうと明人の近くに来た。


すると…


さっと、明人が立ち上がり、恒輝のタオルを恒輝に差し出した。


そして…恒輝を見詰めて…


特に回りを全く気にする事も無く、まるでここに恒輝と明人しかいないかのように恒輝に告げた。


「カッコ良かった…凄く…カッコ良かったよ…」


「……」


恒輝は、明人を見詰め無言のままで次の言葉を失い…


タオルを受け取ったはずの恒輝の手から、それがサラリと畳に落ちた。


そして…


佐々木所か回りにいたクラスメート全員が、その様子を見せつけられてあっけに取られ、ポッカーンとしてしまった。






















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