異世界セルフプロデュース 〜せっかくチートで異世界に転生したのでセルフプロデュースしてみた〜

mitsuzo

プロローグ

第1話001「はじまりのプロローグ」



 たぶん、


 この現場を目にした者がいたらその時の俺の行動を見てこう感じるだろう。


「こいつ⋯⋯頭、おかしいんじゃねーか?」


 ああ、まったくだ。


 俺も同感だよ。


 まさか自分を「犠牲」にして子猫を助けるなんて。



*********************



——『今日昼前、○○駅にて人身事故がありました。ホームから線路へ飛び込んだその男性はIT関連会社に勤務する会社員の烏丸当夜からすまとうや(23)さん。目撃者の話によると線路に迷い込んだ子猫を助けようと飛び込んだようで、子猫は無事救出されましたが助けた烏丸さんは逃げ遅れ電車にそのまま轢かれてしまい⋯⋯』


 ああ⋯⋯俺、やっぱり死んだのか。


——『痛ましい事故ではありますが、彼の取った行動に世界から多くの賞賛のメッセージがSNS上に溢れております。しかし一方で彼の行動を無碍に賞賛するのは危険だ、といった意見も。しかし、多くの人たちは彼の行動に賞賛するものが多く⋯⋯』


 そうか。そういえば俺、子猫を助けに線路に飛び込んでそれで⋯⋯何やってんだか。


——『彼の勤めていた会社では彼の死を追悼するため全社員による黙祷が行われました⋯⋯』

——『彼は⋯⋯昔から優しくて⋯⋯グス⋯⋯人一倍真面目な性格で⋯⋯グス⋯⋯』

——『はい⋯⋯彼は会社でも率先して困った人を助ける⋯⋯そんな部下でした⋯⋯』

——『本当に⋯⋯惜しい人を⋯⋯失くしました⋯⋯』


 おいおいおいおい⋯⋯一人目のインタビュー受けた女、お前誰だよ?


 ていうか、二人目の奴は昨日まで俺をいじめてたクソ上司じゃねーか!


 あと最後の女! お前散々俺を裏でバカにしてた奴じゃねーか!


 自己犠牲で死ぬなんて⋯⋯しかも「人」じゃなく「子猫」を助けてだなんて。いまだにそんな行動をした自分が信じられないが、しかしこうして『自分の葬儀』を真上から見下ろしている状況を考えると少なくとも本当に死んだのは間違いないようだ。


「そっか⋯⋯本当に俺は死んだんだな」


 俺が「自分の死」を受け入れたその瞬間、


 フワ⋯⋯。


「!? え、ええええええ!!!!!」


 突然、俺の体が勝手に浮き上がると葬儀場の天井をすり抜け、晴天の空をさらにグングンと速度を増して上昇。気づくと目の前に『地球』があり、周囲は真っ暗で無数の星が輝いていた。『宇宙』に俺はいた。


「え、ちょ⋯⋯ま、まだ⋯⋯?!」


 さらに体はどんどん上昇スピードを上げ、あっという間に地球が見えなくなるほどのスピードで宇宙空間を加速。特に風は感じないのでスピードが増す風圧やGは感じなかったが、何となく怖くなって俺は一瞬だけ目を閉じる。するとその瞬間、体の浮遊感が消えたのでゆっくりと目を開けてみると⋯⋯目の前には『透明人間』みたいなのがウジャウジャと溢れていた。


「え? お、俺も⋯⋯!?」


 見ると、俺も周囲と同じような『透明人間』と化していた。


「ようこそ。地球人の魂⋯⋯」


 声の方向に振り向くと、そこには『光を帯びた老人』が立っていた。


「⋯⋯あんたは?」

「何だと思う?」


『質問を質問で返すなよ!』と思ったが、とりあえずここはツッコむことはせず、率直な感想を告げた。


「神⋯⋯様⋯⋯?」

「ふむ。お前がそう認識しているのであればそれでよい」

「は? え? 神様じゃないの?」

「ワシはある種、何者でもあり何者でもない。地球人にとってはそういった存在は『神様』という定義をするじゃろ? だから地球人のお前さんからしたらワシは『神』ということになる」

「⋯⋯めんどくせえ」


 実にめんどくさい⋯⋯とは思ったが、しかし、老人の言っていることを俺は意外としっくりきた。少なくとも『ワシは神じゃ』と自分から神を名乗る奴なら相手にしないし、むしろしつこかったら殴っていたかもしれん。


「で? 神様が俺に何か用ですか?」

「用も何もお前さんは死んで魂となってここにいるんじゃぞ? 声をかける理由などひとつじゃろ?」

「え? 何ですか?」

「迎えにきたんじゃよ。お前さんが人生を終えたから次の行き先を案内するためにワシはここにおる」

「あ、ああ。そうか」


 俺は死んだのだ。ということは『魂』というのがこの『透明人間』のような状態なのだろう。


「ほれ、行くぞ」

「あ⋯⋯はい」


 そうして俺はトボトボと老人の後ろについて歩き出した。


「む、ちょっと待て」

「あん?」

「お前さん⋯⋯そうか、お前さんがあの『魂』か」

「? 何のことだ?」

「なるほど。そうか、あの『魂』か」


 そうして、神様は足を止めブツブツひとり言を言い出した。


「お前さん、ワシと取引せんか?」

「取引? なんだよ、いきなり」

「うむ。お前さん、もう一度人生を歩んでみたくないか?」

「は? もう一度人生を歩む? どゆこと?」

「もう一度、生まれ変わってみないか、ということじゃ」

「生まれ⋯⋯変わる?」

「そうじゃ。しかもそれを承諾するならいろいろとメリットもあるぞ」

「メリット?」

「ああ。もし、もう一度生まれ変わることを承諾するなら⋯⋯この先の天国のランクが上がるぞい」

「天国の⋯⋯ランク?」

「そうじゃ。今のお前さんでそのまま天国へ向かえば『そこそこの天国ライフ』しかないぞ?」

「そこそこの天国ライフ?」


 そんなことを言われても『そこそこ』の尺度がわからん。


「地球の⋯⋯日本人のお前にわかりやすく言うなら『地方公務員レベルの生活』じゃ」

「いや、十分だよ! 地方公務員なんて前世の俺からしたら最高レベルだよ。地方公務員なめんな!」

「そうか? しかし、もし生まれ変わって新しい人生を送ることを選べば、その人生を終えた後は『セレブリチーな天国ライフ』が待っておるぞ?」

「セ、セレブリチー?」


 まるで昭和のおっさんだな。


「天国にも労働というものは存在するが『セレブリチーな天国』へランクが上がれば、労働のない自由で快適な天国ライフが満喫できるぞ」

「労働のない⋯⋯自由で快適⋯⋯」


 何とも魅力的な響きだ。しかし、


「ふん。どうせ生まれ変わった先で何か『使命』みたいなもんを与えられるって魂胆だろ?」


 ファンタジー映画ではよくある話だ。映画鑑賞歴15年の俺にはすべてお見通しだぜ。


「いや、そんなものはない。ただ、普通に生活して天寿をまっとうすればそれでよい」

「え? そうなの?」


 何とも太っ腹な話である。


「い、いやいやいや⋯⋯そんな馬鹿な。本当にそうなら誰だって新しい人生を送るに決まってるじゃねーか」

「ああ、もちろん。ただし、今の話は誰にでも当てはまる話ではないぞ?」

「何?」

「この条件で新しい人生を送れるのは一部の者のみじゃ。お前さんは前世で子猫を助けたじゃろ?」

「え? あ、ああ」

「この世界では『等価交換』という絶対ルールが存在する。そして、今回のお前さんの死は『徳の天秤』的に『過分な非業の死』に該当する」

「か、過分な非業の死?」

「自分の命を省みず、しかも、同種よりも下位の種を命を投げ出し助けた。それが仮に意識的であれ、無意識的であれ、じゃ。そのような『高尚な死』を遂げた魂には『等価交換ルール』により、その行為と等しい『恩恵』が与えられる。それが今回の『生まれ変わりの話』じゃ」

「つ、つまり、それって⋯⋯俺にとって良い事ってこと?」

「イエース。オフコース!」


 うーむ⋯⋯そのノリの軽さが怖い。


「どれくらい良いかといえば『宝くじで1等を2回連続で当たること』よりすごいレベルじゃ」

「マ、マジ?」

「他の魂が羨むレベルじゃよ。ほれ⋯⋯」


 神様はそう言って周囲の魂(透明人間)を見るよう促す。促された俺は他の魂を見た。すると、さっきまで俺のことなど気にも止めず歩き回っていた魂たちが歩みを止め、皆が俺を見ていた。怖い。


「お前さんに与えられているこの『特権』の凄さが少しはわかったかの?」

「あ、ああ」


 俺はとりあえず「ここは落ち着いて話ができない」と言って、神様に他の魂がいない場所へと案内してもらった。



*********************



「ここなら良いじゃろ?」

「あ、ああ」


 神様は見晴らしのいい山の頂上のような場所へと案内した。そこは周囲を『宙に浮く山』が囲み、下を見ると小学校の時の遠足のプラネタリウムで見た『銀河』が広がっていた。


「で、どうする?」

「ほ、本当に⋯⋯本当にただ生活するだけでいいのか?」

「うむ。言うなればこの条件はお前さんにとっては『ご褒美』みたいなもんじゃからな。まあ、少しこちらのメリットも言うと、お前さんのような『過分な非業の死』を遂げた者なら少しは次の人生でも何かしら善行をしてくれるじゃろ⋯⋯という期待も多少はある。とは言っても別になくても問題はない。あくまで『過分な非業の死』に対しての『ご褒美』じゃからな」

「な、なるほど」


 俺は考えた。


 正直、こちらにはメリットしかない。


 しかし、そんなことがあるのだろうか? いやでも⋯⋯これは俺が自分を犠牲にして子猫を助けた、ということで発生した『過分な非業の死』という『代償』に対するこの世界の『等価交換ルール』による『対価』だと神様は言っている。


 ならば、断る理由などない。


「わかった。その話、乗るよ」

「おお、そうか! そうじゃろ、そうじゃろ、誰だってそうする」

「で、じゃあ、どうすればいいんだ?」

「うむ。ではとりあえず⋯⋯この書類にサインをしてくれ」


 そう言うと、神様はタブレットのようなものを出してきた。


「タ、タブレットかよ?!」

「紙より便利じゃろ? とは言ってもこれはお前さんの『記憶フィルター』を通して『最適なもの』を表示させているだけじゃからな。いわば、このタブレットの存在はお前さんの記憶が生み出した物じゃ」

「ちょっと何言っているかわかりません」

「そんなことはどうでもよい。とにかくこのタブレットに手を当てい。それで終わりじゃ」

「わ、わかった」


 俺は神様の言うことに従ってタブレットに手を当てる。するとタブレットがパッと一瞬光を放った。


「うむ。これで契約成立じゃな。では次にお前さんの転生する『惑星アルクトゥルス』の話をしておこう」

「は? 惑星アルクトゥルス? 地球じゃないの?」

「誰がそんなこと言った? お前さんが行く世界は地球とは別の世界じゃ」

「ええっ!? 俺はてっきり⋯⋯」

「お前さん、契約前にワシに何も確認しなかったじゃろ? そういうのは契約前にするものじゃ。地球人でもそのくらいわかるじゃろ?」

「うっ」


 ド正論である。何も言えん。


「まあよい。別に何もお前さんを騙そうとしているわけではないから安心せい。さて⋯⋯ではお前さんの行く世界の話じゃがその世界では『魔術』というものが存在する」

「魔術?」

「地球でいうところの『科学』に近いものじゃな。ただし『科学』よりも特殊な力を有するものじゃからその辺は『科学』よりも高度な技術とも言える。とは言え、その世界の文明は地球でいうところの『中世社会レベル』じゃから文明の発展度合いは地球がだいぶ上じゃな」

「へ〜」


 それって、まさにファンタジー映画の世界観じゃないか。ちょっと面白そう。


「そして今回お前さんの転生先は⋯⋯これも『過分な非業の死』のレベルによって決まるのじゃが、お前さんは平民の家庭で育った子供に転生することとなる」

「え? 赤ちゃんとして転生するんじゃないの?」

「うむ。お前さんは『死ぬ運命となる子供の体』に転生することになるのじゃ」

「死ぬ運命の⋯⋯子?」

「本来であれば、この子はある出来事で死ぬ運命にあるのだがその子の体にお前さんが転生し、その子の代わりに人生を全うすることとなる」

「そ、それってどうなんだ? 外見は一緒でも中身が違う人間ってことだぞ?」

「そうだな。だがその子の親御さんはこの子のことをすごく愛しておってな。親御さんのこれまでの『徳の天秤』を量った時、どうにかその子が存命する願いを叶えてあげたいという結論に至ったのじゃ」

「『徳の天秤』? そういえばさっきもそんなこと言ってたな⋯⋯」

「どうせ、お前さんに話しても理解できんやつじゃから割愛するぞ」


 ショック。何かすごいショック。


「さて、まずは今回の転生の説明じゃが⋯⋯地球でもたまに『急死に一生を得た経験』をする者がおるじゃろ? 今回の転生もそれと同じで本来ここで死ぬべき運命を変えるというものじゃ。端的にいうと、いわゆる『奇跡』というやつじゃが、この『奇跡』の裏側ではこのように別の魂が宿ることでこの『奇跡システム』が成り立っており、お前さんの転生のメカニズムでもある」

「な、なるほど」


 映画でもそういった『実話に基づいた奇跡の物語』というのはよくあるが、その『奇跡』の裏側をまさかあの世で知ることになるとは⋯⋯。ていうか、俺がその『当事者』になるとは。


「ということは、俺の記憶は無くなる⋯⋯のか?」

「お前さん次第じゃ。そこはお前さんの希望を優先する。お前さんはお前さんで生まれ変わることでやりたいこともあるじゃろ? それに記憶が邪魔なら消しても構わないし、そのままでも構わん」

「じゃ、じゃあ記憶はそのままで」

「よかろう。ちなみにその子の記憶も自動的に残るからそこはうまいことやるんじゃぞ?」

「わかった」


 一瞬迷ったが、やはりできれば今の記憶を持ったまま生きたい。せっかく地球ではないどこかで新しい人生を送るんだ。今の自分の価値観や記憶を持ったまま違う世界を楽しみたい。


「ただ、まあ、前世の記憶があるとそれが原因で新しい世界で生活するのにストレスを感じる者もいるようじゃが⋯⋯いいのか?」

「いい。それは理解しているつもりだし、理解を超えていたとしても、それはそれで新しい世界を楽しみたい」

「そうか。お前さんのそういう気持ちはわからんでもないがな」


 そう言うと、神様は一瞬笑ったように見えた。


「と、ところで、その、俺が生まれる家族が平民て言ってたけど、その言い方ってその世界では身分制度があるってことなのか?」

「ほう? 察しがいいな」


 まあ、ファンタジー映画あるあるだしな。


「その通り。お前さんの行く世界の人間社会は身分制度のある社会じゃ。しかも『魔術が使える・使えない』『魔力量が豊富か否か』などでの差別が激しい社会じゃ」

「なるほど」


 まあ、想定内だな。


「とはいえ、そこは心配せんでも良いぞ。別の人間に転生するという面も考慮してるし、何よりもこの転生はお前さんの『過分な非業の死』に対する『対価』じゃからな。その世界で不自由しないように『それなりの特殊な力』を用意しておる」

「特殊な⋯⋯力? 魔術的な話?」

「まあ、そういうことだ。どういう力かはルール上明かせないことになっているが、まあ、生活していればその内わかる」

「は、はあ」

「まあ、平民出身という部分は今回のお前さんの転生のケースではどうしても変えられんが、平民とはいってもお前さんがいた世界の『中流家庭レベル』はあるから心配せんでもよい。それに、その分をカバーするだけの⋯⋯いやそれ以上の恩恵をもたらす力を与えることになるからそこは楽しみにしとれ」

「ちょ、ちょ、ストップ! 力を与えるって⋯⋯それってやっぱり何かと戦わなきゃいけない『使命』みたいなもんがあるってことなんじゃないのか?!」

「そうではない。さっきも言ったようにお前さんはお前さんが望む人生を全うすれば良い。ただそれだけじゃ。力はあくまでお前さんの『過分な非業の死』に対しての『対価』に過ぎん。使わないなら使わないで一向に構わん。好きにせい」

「そ、そうか」


 よかった。


 とりあえず『世界を救済する』みたいな重い主人公みたいな人生なんてまっぴらゴメンだからな。俺は可愛い女性とめぐり逢って結婚して子供作って牧場でもしながらのんびり生活するのが理想なんだ。


 俺の好きな映画は『ファンタジー』じゃない。『ハッピーエンドの恋愛映画』だ。俺はその『ハッピーエンドの恋愛映画』の主人公になる! あ、何か魔法みたいなものもあるって言ってたから少しの『ファンタジー要素がある恋愛映画』ってとこか。いずれにしても楽しみである。


「あと⋯⋯今のうちに言っておくが、その世界ではやたらと聞き覚えのある言語が出てくると思うがそれはお前さんの『記憶フィルター』で変換しているに過ぎんので特に気にしなくともよいぞ」

「? どういうこと?」

「言語でいうと『英語』が存在していたりするし『時間や重さの単位』も同様じゃ。ちなみにお前さんの言葉も『記憶フィルター』で返還された波長で相手に届くし、また相手の言葉もお前さんの『記憶フィルター』で自動変換されるから特に言葉が相手に通じないということもないぞ」

「めちゃめちゃ便利だな、俺の体。ていうか『記憶フィルター』。それってつまり誰とでも言葉が通じるってことだろ?」

「まあ、そういうことじゃ。人以外の種も存在する世界じゃからその能力はかなり便利じゃと思うぞ? まあ、それも『過分な非業の死』の対価のひとつじゃ。さて、これで説明は一通り終わりじゃが質問はあるかの?」

「うーん⋯⋯特には無いかな?」

「そうか、ではさっそく転生を始めるとするかの」

「え? ここで?」

「ここでも何も⋯⋯この世界はどこもそういうことができる場所じゃ。あの世なめんな」

「人のマネすんな!」

「ふぉっふぉっふぉ。お前さんとの話は楽しかったわい。では、新しい人生を謳歌してくるがよい。天寿を全うしたらまたここで会おう」

「わかった」

「うむ。では目を閉じるがよい」


 俺は神様にそう言われ目をギュッと閉じた。


⋯⋯。


⋯⋯。


⋯⋯。


⋯⋯。


⋯⋯。


「⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯ヤ、⋯⋯ヤ、⋯⋯ーヤ、トーヤ⋯⋯トーヤ⋯⋯⋯⋯トーヤ!」

「は、はいっ!!」


 俺は名前を呼ばれて思わず声を上げた。


「ト、トーヤ?⋯⋯ト、ト、トーヤ! トーヤ! お前⋯⋯よくぞ⋯⋯生きて⋯⋯戻って⋯⋯!!!!」

「おうふっ!?」


 俺は突然目の前にいた二十代後半くらいの筋骨隆々のハンサムヤローに力いっぱい抱き締められた。


「⋯⋯お、おぐふぅっ!」

「あなたっ! 力いっぱい抱き締めないでください! トーヤが苦しんでるじゃないの!」

「あ! す、すまん⋯⋯つい⋯⋯」


 その男の横にいた二十代後半くらいの女性がそのハンサムヤローを叱る。


「トーヤ⋯⋯わかる? ママよ?」

「マ、ママぁぁーーーー!?」


 俺はその言葉に驚き、また大声を上げた。


「ああ⋯⋯本当に⋯⋯本当に生きてる⋯⋯よかった⋯⋯本当に⋯⋯よかっ⋯⋯た⋯⋯」


 そう言うと、その女性は俺の肩に両手を置くと体を震わせながら⋯⋯泣いていた。


 その瞬間——俺の脳内に『本来死ぬべき運命だった子供』の記憶が蘇った。


「お、俺は⋯⋯病気で⋯⋯死ぬ⋯⋯はず⋯⋯だった?」


 転生したこの子供⋯⋯『トーヤ・リンデンバーグ』は、この世界で『不治の病』とされている『瘴気病ミアスマ』にかかり、本当ならこの『瘴気病ミアスマ』が原因で今日死ぬ運命だったのだ。しかし、俺という『別の魂』が入ることで死を免れた。これが神様クソじじいが言っていた『奇跡システム』というやつなのだろう。


『別の魂が入る』ということは、つまり外見は同じでも『中身は別』ということだ。そう考えると転生前に神様クソじじいが言ってた『前世の記憶があるとそれが原因で新しい世界で生活するのにストレスを感じる者もいる』とはこういうことを言っていたのだろう。


 たしかに『相手を騙している』みたいで思ってた以上に精神的にきつい。


 ただ、俺の横で肩を震わせずっと泣いている母親とその横で声を押し殺して泣いている父親を見たら、『俺はあなたたちの本当の息子じゃない』という申し訳無さもあるが、でも、この二人がこんなにも涙を流して喜んでる姿を見ると『俺、生まれ変わってよかったのかな』という気持ちにもなった。


 こうして、俺の異世界での生活がはじまった。

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