「クラン」:4
和真は、ヤァスから言われた[特別任務]を果たすために初めて得た大きなチャンスを生かすことができなかった。
ラクーンにはただただ圧倒されるだけで、自分の秘密を守るだけでも精一杯、そのほかの囚人(チーター)たちからも好意的には見られていないと分かってしまった。
だが和真は、すべてのとっかかりを失ったわけではなかった。
クラン・メンダシウムとは今後も接触をする機会があるはずだったし、何より、和真に興味を示して来た派閥は、もう一つある。
そう自分に言い聞かせた和真は、気合を入れ直し、[アイアンブラッド]と呼ばれる派閥が和真を待っているというトレーニングルームへと向かった。
トレーニングルームは、その存在は以前から知ってはいたものの、和真はまだ一度も立ちよったことのない場所だった。
というのは、和真はあまり身体を動かし、鍛えるということには消極的な性格であり、そもそもチータープリズンへとやってきてからいろいろなことがあり過ぎて、あちこちを見て回る余裕がなかったからだ。
幸いなことに、和真は初めて訪れる場所でも迷わずにたどり着くことができた。
様々な世界からチートスキルに目覚めたチーターたちを収監(しゅうかん)するチータープリズンは、どんな人々が来ても迷わないように単純で分りやすい構造の建物となっているうえ、各所には案内板やここがどこであるかなどを示す記号が振られているのだ。
トレーニングルームは、和真が暮らしていた日本で言えば、「スポーツジム」のような場所だった。
広いリノリウム張りの床の上にゴムマットが敷かれ、様々なトレーニングマシーンが並べられている。
部屋の一面の壁には大きな鏡があり、トレーニングをする際の姿勢や体の動きかたを確認することができるようになっている。
一般のジムにあるような、休憩施設や更衣室、シャワーなどは併設されてはいないものの、そのかわりに入浴設備と近い場所にトレーニングルームは配置されていて、必要があればすぐに利用できるようにされていた。
トレーニングルームへと入った瞬間、和真は、気圧されてしまった。
そこでは、屈強な、たくましい筋肉を身に着けた囚人(チーター)たちが、黙々とトレーニングに励んでいたからだ。
人間以外の種族もたくさんいて、特に目立ったのは、ライオンを人型にしたような姿の獣人だった。
その獣人は男性のようで立派なたてがみを持ち、分厚くて力強い胸板に引き締まった腹筋を持つ。
その姿に目を奪われた和真は鋭いライオンの眼光で見返され、思わず「ひっ!? 」と小さく悲鳴を漏(も)らしてしまった。
何というか、[場違い]という感じが強い。
和真は日本ではなるべく要領よく、求められることを最小限の労力で済ませようとしてきたのだが、ここには、そんな和真のような考えを持つ者は一人もいない。
みな、少しでも己を高めようと、厳しいトレーニングを続けているのだ。
「和真殿。よく来た」
入り口の辺りで戸惑っていると、食堂で和真に話しかけてきた、アイアンブラッドからのメッセンジャーが和真のことを見つけてくれた。
「ど、どうも」
和真はそんな挨拶(あいさつ)を返すことしかできなかったが、メッセンジャーは特に気にしたふうでもなく、和真に「ついてこい」とだけ言って、和真をトレーニングルームの奥の方へと案内してくれた。
どうやら、アイアンブラッドでは、[おしゃべり]はあまり好まれないというか、必要とされていないようだった。
彼らにとっては[力]こそが正義であり、言い分があれば力によって示せというのが、派閥の方針であるのだろう。
和真が案内されたトレーニングルームの奥の方では、一人の男性がダンベルを使って身体を鍛え上げていた。
その男性は台の上に仰向けになり、大きな重りのついた鋼鉄製の棒を、黙々と上下させている。
そのダンベルの重量は分からなかったが、和真の二、三人分はありそうだった。
その男性の身体的特徴は、シュタルクと似ているようだった。
短く刈りそろえた銀の短髪に、赤い瞳。
兄妹か何かなのかとも思ったが、血縁者というにはあまり似ていない雰囲気だったし、チータープリズンには異世界からもチーターが集められているから、異世界からやって来た人間で、髪や目の色は[そういうもの]なのかもしれない。
「プルート。例の、和真を連れてきた」
メッセンジャーがそう声をかけたが、プルートと呼ばれた青年は、一切の反応を示さなかった。
それまでと変わらずに、ただ、黙々とダンベルを上下させている。
「プルート」
メッセンジャーは、少し呆れたような声を出す。
「仮にも我々のリーダーなのだから、少しは関心を持って欲しい。この少年は、もしかするとこのチータープリズンの内部のパワーバランスに変化をもたらすかもしれないのだ」
すると、ようやくプルートは反応を示した。
ダンベルを上下させるのをやめ、それをダンベル保持台に置くと、ダンベルの下から出て来て上半身を起こす。
囚人(チーター)用のズボンに、上半身は黒いシャツ一枚という格好のプルートには、トレーニングでにじみ出た汗が輝いている。
だが、プルートは和真とメッセンジャーの方は見ずに、相変わらず無関心を決め込んでいるようだった。
もしかすると、上半身を起こしたのも、[決めていた回数のトレーニングを終えた]からなのかもしれない。
「プルート。すでに、メンダシウムの奴らが、この少年に興味を示しているのだ」
メッセンジャーが少し強めに言いながらプルートに詰めよると、ようやく、プルートは和真とメッセンジャーの方を見た。
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