第2話:意味ありげな組織が出たからと言ってセオが何かするわけではない:spring break
秘密裏に王城に入った俺たちは貴族の人に案内されて、上階へと上がっていく。周りには近衛騎士と思われる人たちが俺たちを護衛している。
生誕祭の時は通らなかった通路を通るので、目新しさから少しキョロキョロとしてしまう。
ロイス父さんが咎めてこないので、スロープの通路に並べられた調度品などを観察しているとユリシア姉さんがポツリと呟いた。
「あら? 前に来た時と違うわね」
「前?」
「六年前くらいよ。生誕祭で王城に来た時に、エドと一緒に抜け出して探検したのよ」
え、マジ?
ロイス父さんに視線を送れば、苦笑いしていた。どうやら事実らしい。
「その時はこんなに坂はなかったわ。全部階段だったはずよ」
「ふぅん……」
一つ心当たりがあった。
アイラのことだ。車いすで移動する彼女のために、王城の段差を少なくしたのだと思う。
ユリシア姉さんは少しだけ周囲を見渡したあと、肩を竦めて小声で言う。
「にしても、はらぐろめぎ――ハティア王女殿下もどうしてエドなんかを追いかけに行ったのかしら。あんなアホ、捨ておけばよかったのに」
「ユリ姉」
「いいじゃない。どうせここにいる皆、そう思ってるでしょ?」
ざっくばらんなユリシア姉さんの物言いに、案内をしてくれている貴族やヂュエルさんたちが苦笑いしていた。
ロイス父さんだけは少し怒っているように目を細めていたが、ユリシア姉さんはどこ吹く風。
「っというか、本当に腹立たしいわ。普段口うるさく貴族の義務だとか言ってたくせに勝手に旅に出てるし。そのせいでアタシが王都に来る羽目になって」
「ユリシア」
「……ふんっ」
流石に口が過ぎたか、ロイス父さんが鋭くユリシア姉さんの名前を呼んだ。ユリシア姉さんはつまらなそうに唇を尖がらせてそっぽを向く。
ライン兄さんが小声で俺に耳打ちをした。
「たぶん、寂しいんじゃない?」
「何が?」
「エド兄が一人だけ旅に出たのが」
「……あぁ、なるほど」
普段は口喧嘩をよくしていたエドガー兄さんとユリシア姉さんだが、双子だ。常に一緒にいることが多かった。
それなのに、エドガー兄さんは一足先に中等学園へ入学した。そればかりか、自分にも内緒で旅に出てしまった。
それが無性に寂しく悔しいのではないだろうか。
まぁ、その思いを貴族がどこで聞き耳を立てているか分からない王城で言うあたりがユリシア姉さんなのだろうが。
そしてしばらく上へ昇っていくこと十分近く。
大きな扉が現れた。
「マキーナルト子爵が登城いたしました」
扉が開けば、そこは謁見の間だった。王様と王妃様、それと礼服を身に纏った貴族と騎士の格好をした人が数人いた。
Φ
「はぁ、面倒だったわ。堅苦しいったらない。疲れたわ」
「さしものユリ姉でも礼儀作法はできたんだね」
「当り前よ。マリーさんにみっちり躾られたんだから。というかできなかったら地獄の礼儀作法レッスンが待ってるのよ。ミスできないわ」
ユリシア姉さんは肩を竦めた。
謁見の間では、ロイス父さんの謝罪や事実の確認などが行われた。
だが、貴族が周りにいたこともあり、儀礼的な内容で実のあるものではなかった。なのでロイス父さんたちは個別の部屋へと移動し、今頃話し合いをしているだろう。
その会議が終わるまで、俺たちは別室でくつろぐというわけだ。子どもは邪魔というわけである。
じゃあなんで連れて来たんだよ。
「このクッキー……ちょっと微妙ね。アランやセオが作った物の方が美味しいわ」
「こら、ユリ姉。そういうこと言っちゃ駄目でしょ」
控えていたメイドさんの顔が強張ったのを見て、ライン兄さんが少し慌てる。
俺たちの話し相手として連れてこられたヂュエルさんが、苦笑しながら言う。
「食材の違いもあるのだろう。アラン殿よりも腕の良いシェフはいるが、食材はどうにもならない。マキーナルト領は質の高い作物などが揃っているからな」
ヂュエルさんがマカロンっぽいものをユリシア姉さんに差し出す。
「だが、これはマキーナルト領のお菓子に負けないほど絶品だぞ。王国随一のパティシエが開発したお菓子だ。美味しいぞ」
「………………チッ」
ヂュエルさんが差し出したお菓子は食べたくないが、しかしお菓子自体はとても美味しそうだったのだろう。
ユリシア姉さんは葛藤の末、ヂュエルさんの目を見ることなく、差し出されたお菓子をひったくるように手に取り口に含む。
「……美味いわ」
ヂュエルさんの言葉通り美味しくて悔しかったのか、不機嫌そうにそう言うユリシア姉さん。
でも、体は正直らしく、マカロンっぽいお菓子に何度も手を伸ばし頬張っていた。俺たちは肩を竦めた。
「ところでヂュエルさん。エドガー兄さんが旅に出た詳しい理由って知っている?」
「そうだな……」
ヂュエルさんは少し難しい顔をして、悩む。
「……色々と心当たりはあるが、やはり二週間前のあれがきっかけだったと思う」
「あれ?」
「訓練実習だ。どの学年もだが、年に二回、北東にあるシンケン街のダンジョンで魔物討伐の実践訓練を行うのだ」
エレガント王国の貴族は、魔物と戦うことでその威信を保つ。
アダド森林と
領主貴族はもちろん、官吏の仕事を生業とする貴族も魔物と戦えなければならないのだ。
だから、貴族の子女が集まる王立学園では、どの学年でも魔物と戦う訓練を行うらしい。
一ヵ月前から二週間前までシンケン街のダンジョンの攻略をする実践訓練が行われたらしい。
「その時に事件が起きた」
「え、そうなの」
「……かなり大きな事件だったが、知らないか」
知らない。ライン兄さんやユリシア姉さんを見やるが、知らないとのこと。なんのこっちゃと首を横に振る。
「
「へぇ、そうなんだ」
「大きな事件なの、それ?」
俺とユリシア姉さんは首を傾げる。
アダド森林も一種の自然型ダンジョンなので、毎年のように
だが、これは
ダンジョンに住まう魔物たちが繁殖期を迎えて増殖し、食料などを求めてダンジョンの外に出てくる現象なのだ。
そう珍しいことではない、と思ったのだが。
「いやいや、二人ともバカなの?」
「なんだとっ」
「なによぉ! ラインの癖に生意気ね!」
ライン兄さんが呆れた目を向けてきた。ちょっとカッチーンとくる。
だが、ライン兄さんは情報の暴力で俺たちの怒りをねじ伏せる。
「シンケン街にあるダンジョンは自然型じゃなくて異界型のダンジョンだよ。異界型のダンジョンに住まう魔物は生物じゃなくて、魔法で作られた一種の幻影みたいなものと言われている。つまり、繁殖はしないんだよ!」
グッと拳を握るライン兄さん。
「なのに、
ライン兄さんが目をキラキラさせてダッと立ち上がった。
「今すぐシンケン街に行こう! 調査しよう! もしかしたら魔物がどのように生まれたか、その起源が分かるかもしれない! あ、違う!! ヂュエルさんもその場にいたんだよね! 詳しいこと全部教えて! 今すぐ! 早く!」
「う、うおぉっ! ら、ライン殿はこんなんだったかっ!?」
「いいから早く!」
膝の上にのってきてズイッと顔を近づけるライン兄さんに、ヂュエルさんが非常に困惑した表情を浮かべる。
ユリシア姉さんは困っていい気味だわ、と笑っていた。
ったく。
「一旦落ち着いて、ライン兄さん」
「のわっ!?」
〝浮遊〟でライン兄さんを浮かせ、ヂュエルさんから引き離す。ついでにデコピンすれば、ライン兄さんの興奮が少し収まった。
「た、助かった。セオ殿」
「どういたしまして。それで実際のところ、
「ああ、それは――」
ヂュエルさんがそう口を開こうとして。
「魔の救済という犯罪組織の仕業でしたわ」
扉が開きルーシー様が現れた。
……アイラと共に。
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いつも読んで下さりありがとうございます。
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それと新作の『ドワーフの魔術師』を投稿しています。
ドワーフの魔術師がエルフの戦士と共にのんびり世界を旅するお話です。今作と雰囲気が似ていると思いますのでぜひ、読んでください! お願いします!
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