第34話:知識というよりも感覚のため音に関しては前世よりも今世の記憶の方が強いです:fourth encounter
「すご……」
「すごい……」
俺とライン兄さんから感嘆の声が漏れる。
下手な体育館よりも広い。そりゃあ、屋敷が滅茶苦茶でかいはずだ。
天井が高い。また天井や壁は
窓はなく、陽の光は入らないが、それでも空調設備がしっかりしているのか湿度温度ともに大変心地が良く、ものすごく快適な空間だ。
それにだ。
音と匂いが凄い。
まず、音。
俺たちが漏らした感嘆の溜息が、部屋中に反響しているのだ。鋸歯状の壁や天井が僅かな音でも、それを十分に反射させ、増幅させるような作りになっているのだろう。
そして匂い。
部屋の床や棚など、そこ
言葉にすると少し難しいが、年季の入った木々の匂いと染料の匂い、金属の匂いが混じった匂いが部屋中に満ちているのだ。
なんというか、胸いっぱいというか、こみ上げてくるものがある。圧倒されているといってもいい。
茫然とするしかないのだ。
「セオ、どうしたんだ?」
「ラインもどうしたの?」
たぶん、いっぱい楽器があるからはしゃぐと思ったのだろう。けど、俺たちは茫然とするだけ。
トーンお祖父ちゃんもレミファお祖母ちゃんも不思議そうに首を傾げた。そして、その問いに答えたのは俺やライン兄さんではなく、呆れた様子のテノールさんだった。
「旦那様、奥様。あなた様方は慣れていますけれども、これだけ数の楽器と部屋の雰囲気。圧倒されるものなのです」
「そういうものか」
「そういえば、新人をこの部屋に案内したときもこんな反応だったかしら……」
トーンお祖父ちゃんとレミファお祖母ちゃんはテノールさんの言葉にぼやっと頷く。
それで俺とライン兄さんも我を取り戻した。それにレミファお祖母ちゃんたちが気が付き、顔をぱぁっと輝かせる。
「ライン、ちょっと待っててね! いま、子供用のヴァイオリンを引っ張ってくるわ!」
「それでセオはどんな楽器が触りたい!? ラインと同じヴァイオリンか? それとも違う弦楽器か? 金管楽器は……まぁ、セオならふけるだろう! さぁ、何がいい!」
おお、押しが強い。
けど、うん。楽器自体は気になっていたのだ。前世では音楽の才能はなかったが、それでも学生時代はバンドとかも少しばかりやってたから、知識自体はある。技術があるとは言えないが。
俺はロイス父さんをチラリと見やる。ロイス父さんは好きにしなさい、と視線で返してきた。
なので、俺はトーンお祖父ちゃんに色々と楽器を見せてもらうことにしたのだった。
Φ
「天才だわ! 天才だわ!」
レミファお祖母ちゃんが騒ぐ。テノールさんやアルトさん、ロイス父さんは少し興奮気味だ。
それもそのはず。
子供用のヴァイオリンを手にしたライン兄さんが、ものの数分で素晴らしい演奏をしていたからだ。
これが才能か、と愕然とすると同時に、誇らしくもなったりする。
っというか、ライン兄さんの天職。"芸術家"だったか。あれ、結局のところライン兄さんが表現者として表現する物、あるいは活動だと認識したものすべてに補正が掛かるというチートもいいところの天職なのだ。
なので、この結果は当然といえば当然なのだが……
「ふむ。これはどうだ、セオ?」
トーンお祖父ちゃんは好々爺の如く頬を緩ませながら俺に色々な楽器を進めてきた。
俺は少しばかり困惑する。
「トーンお祖父ちゃんはあっち行かないの?」
いや、だって、トーンお祖父ちゃんは孫馬鹿そうだし。音楽家としても、ライン兄さんのあれを見れば、レミファお祖母ちゃんのように興奮すると思ったんだが……
そう思って質問したら、トーンお祖父ちゃんが不思議そうな表情をする。それから、俺の言葉の意図を感じ取ったのか、憮然とした表情になった。
「セオ。確かに、ラインの才能に興奮しないとなれば嘘になるが、私は今、セオと向き合っているんだ、放り出すわけないだろう」
「……ありがとう」
……少し恥ずかしく、いや照れてしまう。
ポショポショとトーンお祖父ちゃんにそういいながら、俺は手に持っていた子供用のトランペットをトーンお祖父ちゃんに返す。
それから、直ぐ近くにあった大きな楽器を見た。
「ねぇ、これってピアノだよね」
トランペットやヴァイオリン、その他諸々といった楽器はあんまり俺にとってなじみがあるものではなかった。
ギターとかはないし。
けど、ピアノは前世では学校とかでもたまに触っていて、バンドでもキーボードを触らせてもらっていた。
だから、気になった。
「うむ。……弾いてみるか」
「うん」
覆っていた清潔な布を丁寧に畳み、トーンお祖父ちゃんはグランドピアノの屋根を持ち上げ、
椅子を引いて、俺の方を見やった。
「セオ。座ってみなさい」
「うん」
俺は椅子に座る。
まぁ、うん。足は床に届かないよな。
足をぶらんぶらんとさせながら、ペダル踏めないよなと思う。
まぁ、踏む必要があるかと言われたら首を傾げるんだが。
そんな事を思っていたら、トーンお祖父ちゃんが手持ちぶさただった俺の右手を優しく掴む。
それから鍵盤に優しく置き、それから観察するように俺とグランドピアノ全体を見渡す。
「……もう少し椅子を下げた方がいいか。……足が付かないと弾きづらいな。セオ、一旦降りなさい」
「分かった」
俺はトーンお祖父ちゃんに言われるがまま、椅子から降りた。
トーンお祖父ちゃんは椅子を少しだけずらした後、少しグランドピアノの奥に消えたかと思うと、足を置くための補助台を持ってきてくれた。
年齢の割に、っというか、普通に力持ちだな……と感心する。
トーンお祖父ちゃんが補助台をペダル部分に合わせて置く。
「セオ、座りなさい」
「ありがとう、トーンお祖父ちゃん」
「うむ」
再び椅子に座る。補助台の高さもピッタリで、丁度足が置けるくらいだった。
俺は鍵盤に指を置く。
トーンお祖父ちゃんの方をチラリと見れば、トーンお祖父ちゃんはただただ頷くだけだった。自由にやれと言うことか。
なので俺は『ド』の音を弾いた。それからギターをやっていた癖でCコード、『ド、ミ、ソ』、和音の鍵盤を同時に鳴らした。
あれ?
なんか、違和感を感じて、俺はもう一度『ド、ミ、ソ』を同時に押した。
やっぱり、なんとなくだけどおかしい気がする。
子供だからか、耳はそれなりに耳はいいのだ。それに、今は違和感を感じたから身体強化で聴力を強化しているし。
だから、こう、和音なのに和音じゃない感じの音が……
そう思ってトーンお祖父ちゃんに首を傾げてみれば、トーンお祖父ちゃんは真剣な表情で尋ねてきた。
「セオ。音楽の知識はどれくらいある」
「ええっと……」
俺は迷う。
が、それを五歳児が読んで理解できているということは、まぁ通常考えるとあり得ない。
だから、少しだけ迷ってしまう。
しかし、トーンお祖父ちゃんは俺から目を逸らさない。
……
「どれくらいって言われても、あんまり答えようがないけど、たぶんライン兄さん以上にはあると思う」
「そうか……」
トーンお祖父ちゃんはチラリとライン兄さんを見やった後、それからグランドピアノを優しく撫で、俺に目線を合わせるようにしながら柔らかく問いかけ始める。
「セオ。違和感があっただろう。どんな違和感だった?」
「ええっと、和音なのに和音じゃない感じがして……」
「そうだな。それが正しい」
「正しい?」
俺は首を傾げる。
「この第二音楽室にある楽器はそれなりの値段がしない楽器だ。だから、私やレミファはそれらを使って、ちょっとした研究をしたり、後は貴族の子を招いて音楽に触れてもらう機会を増やしたりしている」
「へぇー」
だから、子供用とかの楽器も多いのか。
「このグランドピアノは研究の一つの成果でな。セオ、何でその三つの音を弾いたのだ?」
「……調和が取れてるから」
「そうだ。音には相性があり、曲を作る際にはその調和を大切にする」
つまり、調。ハ長調だったり、ト長調だったり。
突き詰めればそれがコードという和音を示すものになる。
「でだ、ピアノというのはヴァイオリンや金管楽器のように音を自由自在に変えられるわけではないんだ」
「うん、それは分かってる。だから事前にチューニングを済ませておくんでしょ」
「そうだ」
トーンお祖父ちゃんは少しだけ頬を紅潮させながら、頷く。楽しいのだろう。
「今、この世の中にあるピアノはな、その一台一台で弾ける調和……調が決まっているんだ。だが、その分、色々な曲を弾くのにたくさんのピアノが必要となってくるのだ」
あれ、この話、どっかで聞いたことがある。
そう、高校の時の吹奏楽部の友達が話していたような。いや、音楽の授業だったけ。ギターでチューニングするとかでそれなりに印象に残ってたんだよな……
ええっと、何だったけ?
そう俺は悩みながら、トーンお祖父ちゃんの言葉を聞く。
「だが、それだとコストが掛かる。私やレミファはいい。王宮仕えの楽師もそれでいい。しかしだ。音楽は皆が、多くの人が楽しんでこそだと私は思ってる」
トーンお祖父ちゃんは熱く語る。
「今、開発中だが、グランドピアノよりも小さくコストが低いピアノができる予定だ。だが、いくら小さく安くしても各調ごとにピアノが必要となれば、意味はない。だから、僅かなズレは無視し、あらゆる調で平均的なハーモニーを出せるようなチューニング……調律を考案したのだ」
そういいながら、トーンお祖父ちゃんは俺に目線を合わせてくる。
「その調律の名前はまだ決まっていないがいくつか候補があって――」
……あ、思い出した。
「平均律」
「ッ! 知っていたのか、セオ!」
やべ、不味った。
トーンお祖父ちゃんが驚いた。
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