第29話:正体を明かすのが一番信用を得られる:third encounter

「リーナ」


 クラリスさんが俺の首に短剣を当てているリーナさんに鋭く睨む。しかし、リーナさんはそれを無視して黙ったまま俺に殺気をぶつけてくる。


「……リーナ。儂でも庇い――」

「ッ――」


 クラリスさんが濃密な魔力を練り上げ、リーナさんにぶつける。たぶん、常人ならば気絶してしまうほどの圧倒的威圧がリーナさんに襲い掛かっている。


 しかし一瞬、リーナさんの呼吸を乱したものの、それでも俺の首に短剣を当てる事をやめない。


 だから、


「クラリスさん。俺は大丈夫だから」

「なっ」


 落ち着いた声音で俺はクラリスさんを見やる。同時に“隠者”と無属性魔法の結界を組み合わせた認識阻害結界を周囲に展開する。これで誰かに見られる事はない。


 そしてリーナさんは驚愕の声を上げた。


 たぶん、こんな状況でも俺が平静な声音を出せることや、突如として周囲に展開された結界に驚いたのだろう。


 なら、このまま俺のペースに巻き込む。


「リーナさん。少しだけ、首元を緩めてくれるかな?」

「……いえ、それは――」

「俺は逃げもしないし、リーナさんの質問も答えるよ。何で、名前を知ってるかとか、さ」

「ッ!」


 目を見開いたリーナさんは、少し逡巡した後、少しだけ短剣を俺の首から遠ざけた。


 俺は襟元を引っ張りながら、クラリスさんを見やる。


「ちょっと、預かってて」

「……分かったのだ」


 クラリスさんとしては、今すぐにでもリーナさんを拘束したい感じだろう。だけど、俺は有無を言わせず、襟元に隠れていたアルたちをクラリスさんに預ける。


 流石にリーナさんの殺気をアルたちにまで向けさせるわけにはいかないし。


 それにアルたちはリーナさんから放たれた殺気に恐怖し、頭の葉っぱで目を覆って縮こまっているので、安心できるクラリスさんの所にいた方がいい。


「……何ですか、それは……」


 リーナさんはクラリスさんが受け取ったアルたちをチラリと見やって茫然とする。まぁ、見たことない生物だし、そりゃあ驚くか。


 ……いや、それ以外にも申し訳なさ的な感情も伝わってくるな。


 リーナさんとしてもこの状況は不本意なのか。


 って、まぁそりゃあ、そうだ。誰が好きこのんで五歳児に刃を向けるのか。アイラ様のメイドをしている人なのだし、アイラ様の家庭教師であるクラリスさんもその人柄等々に信頼を置いているはずだ。


 信頼がなければ、クラリスさんは排除しているだろうし。


 なら、やっぱり俺が悪いな。


 そんな彼女にこんな事をさせているのだから。死罪の可能性だって大きい事をさせたのだから。


 そう思いながら俺は両手を頭の後ろに上げる。


「魔法で拘束していいよ。リーナさんほどの魔力の質ならできるでしょ?」

「ッ。……失礼させていただきます」


 リーナさんは驚くが、驚くことすらも無駄だと悟ったらしい。


 能面の表情で無属性魔法の〝魔力網〟で、俺の両手両足を拘束する。


 俺は特段驚くこともなく、リーナさんに為されるまま庭園の地面に座る。


「それでは――」

「あ、ちょっとリーナさん待って」


 裁判官のような冷徹な瞳で俺を射貫くリーナさんの言葉を遮り、俺はクラリスさんの方を見やる。


「クラリスさん」

「……なんだの」

「アテナ母さんたちには内緒ね。ここだけの話ってことでどうにか誤魔化しておいて」

「……はぁ。分かったのだ」


 クラリスさんは苦渋に顔をしかめた後、仕方なさそうに頷いた。


 俺はそれに満足し、リーナさんに向かいなおる。


「ごめんね、リーナさん。言葉を遮っちゃって。それで、俺に何を尋ねたいの? やっぱり精霊の厄子の事?」

「その言葉を言わないでください!」


 リーナさんが恐怖するように、俺に怒鳴る。俺は静かに頷く。


「……分かったよ。それで、尋ねたい事はその言葉の何なの?」

「……それをどこで知ったのでしょうか? いくら英雄様のご子息であろうと、クラリス様と仲がよろしかろうと、それは禁忌。口にするのもはばかられる言葉です」

「……そうなの、クラリスさん?」

「そうだ。のろいの言葉だ」

「ふぅん」


 呪いの言葉、呪いの言葉ね。名前を呼んではいけないあの人みたいなものか?


 どっちにしろ、“研究室ラボ君”が教えてくれただけだからな……


 あ、でもなんで“研究室ラボ君”はその言葉を知っていたんだろ? いくら“解析”を使っても言葉自体は分からないと思うんだけど……


――世界の書架にアクセスしたまでです。


 ……もう、急にびっくりするな。


 なにその世界の書架って。凄そうな感じの。


――創造神、クロノスが管理する特定知識集合群です。以前、死神、エルメスの不手際の詫びとしてその一部のアクセス権限を頂きました。


 なにそれ、聞いてないんだけど。


――聞かれなかったので。


 ……はぁ。


 色々と聞きたい事はあるけど、まぁ、いいや。


 さてはて、どう説明したものか。


「ええっと、“解析”の能力スキルで知っただけなんだよね」

「……それは王家に対しての宣戦布告と受け取ってもよろしいのでしょうか?」


 そういえば、クラリスさんにここに連れてこられたのもアイラ様たちに反抗的な言葉を言ったからだよな。


 まぁ、警戒するのもやむを得ないよな。


「あ、やっぱり、“解析”しちゃいけなかったんだ」


 そう思いながら、呟けば、クラリスさんが溜息を吐く。こちらの意図を読んでくれたのだろう。


「以前言っただろうて。無闇矢鱈むやみやたらに“解析”をするでないと。敵対意志ありと捉えられる場合もあるからと」

「……言われたような……あ、あの時か。クラリスさんにタイプライターとか点字の提供を頼まれた時だったっけ?」


 俺はわざとらしくとぼけた様子をして、思い出したように声を上げれば、クラリスさんは力強く頷く。


「確か、その時のはずだ」

「ッ!?」


 よし、リーナさんが驚いた。頭の回転は物凄くいいだろうし、俺とクラリスさんの会話からキチンと推測できるだろう。


 なので、俺はにこやかに笑う。


「初めまして、ツクルです」

「ッッッッ!!??」


 リーナさんは驚愕に喘ぎ、手に持っていた短剣を思わず地面に落としてしまった。クラリスさんがすかさずその短剣を奪う。


 それから俺は相手の魔法を魔力攪乱かくらんによって妨害する無属性魔法の〝魔法殺し〟で〝魔力網〟を解除。拘束を解く。


 正座をしたまま、茫然とするリーナさんに深々と頭を下げる。土下座ではなく、普通に頭を下げるだけだ。


「まず、ごめんなさい。俺としては、協力者であるアイラ様……銀月の妖精がどういう状態にあるか知りたく“解析”を使ったけど、礼を欠いた行為でした。ごめんなさい」

「あ、いえ……」

「俺はその言葉の意味も正しく理解していなんです。ほら、この年齢にして特殊でしょ? つまるところ、知らない言葉を知れる特別な能力スキルを持ってるんです」

「ッッ!!」


 俺は驚くリーナさんに軽く笑いかけながら、それでも一転。真剣な眼差しを向ける。


「俺はツクルとして銀月の妖精に敵対することはないです。むしろ、味方になりたいと思っています。今回、こんなことになってしまったけど、それだけは信じて欲しいです」

「……」


 そういって俺はもう一度リーナさんに深々と頭を下げた。


 リーナさんは言葉を失った様子だったが、しかしクラリスさんの方をチラリと見た後、言葉を取り戻す。


 俺に深々と頭を、というか土下座してきた。


「ちょっ――」

「クラリス様の様子を見れば、セオドラー様の……いえ、ツクル様の言葉は真実なのでしょう。自分自身で真実と断定する術を私は持っておりませんので」


 俺は土下座に慌てるが、リーナさんのその真剣な声音に思わず動きを止めてしまう。


「謝罪の言葉も烏滸おこがましく、私の口からは申し上げられません。ですが、ですが、これはアイラ様の意ではありません! どうか、処分は私だけで! 死罪も受け入れる覚悟です」

「……はぁ」


 やっぱり、雰囲気からして死なばもろともって感じだよな。


 精霊の厄子という言葉にどれだけの意があるのかは、俺には分からない。けれど、リーナさんが自分の命すらも使ってでも、その言葉がどこから漏れたか知る必要があった。


 それでも、クラリスさんが近くにいるんだし……


 いや、その打算も考慮に入れていなかったのだろう。


 どちらにしろ、


「クラリスさんにお願いしたけど、この事はアテナ母さんたちには内緒だし、俺としても銀月の妖精の大切な人を傷つけるをしたくない」

「いえ、ケジメを付けるべきです」

 

 俺の言葉にリーナさんは首を振る。


 ……はぁ。


「あのね、そういう死罪とかどうとかは面倒なの。っというかさ、そもそも俺の方が無礼を働いてるんだよ? 王家に喧嘩を売る行為をしたし」

「いや、しかし……」

「だからお相子。それと、ここでの事は一切言いふらさないでよ。罰を求めたいならクラリスさんにでも頼んで」


 そう言い切って、俺は“宝物袋”を発動させる。


 中から、昼間に創っていた車いすの脚部分と設計図を取り出す。ホント、ライン兄さんの言うように運が良い。


「はい。後でクラリスさんに頑丈な車いすでも創ってもらって」

「え」

「あ、そうそう。アイラ様には俺がツクルって内緒にしてよ。向こうがそれを知ってしまったら、これまでのような関係が築けないかもしれないし」

「あ、あの、セオドラー様――」


 困惑するリーナさんを無視して俺はクラリスさんに向かいなおる。これくらいのいじわるは良いだろう。


「クラリスさん、アルたちを預かってくれてありがとう」

「……うむ」

「じゃあ、俺はロイス父さんたちの所に戻るから」


 そう言ってアルたちを受け取った俺は周囲の認識阻害結界を解除し、そそくさとその場を離脱した。逃げるが勝ちなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る