第19話:見栄というが、ただ単に誇張すればいいものでもない:third encounter

 西に茜色のヴェール。東に藍色のベール。


 そんな空の下、俺たちを乗せた馬車は王城へ進む。


 にしても、


「ねぇ、何で夜にやるの?」


 生誕祭は一日かけて行われるが、主役である俺たちは夜の出席だ。五歳児が夜だぞ。絶対に寝るに決まってるだろと思うのだが。


 ロイス父さんが眉を八の字にする。


「その懸念があるからこそかな?」

「どういうこと?」


 益々ますます意味がわからなくなる。


 すると、アテナ母さんが答えてくれる。


「一種の査定よ」

「査定?」

「眠気に耐えられるか。幼い子供が夜八時とかそのくらいの眠気に耐えられるってことは、それだけ自制心が強いってことでしょ」

「……そうかな?」

「そういう見方もできるって話よ。昔は、エレガント王国の貴族は死之行進デスマーチに参加する義務があったのよ。眠気は本能でしょ。恐怖心とかに打ち勝てる才能があるかを簡易的に見定めるのよ」

「なるほど」


 なんとなくわかった。


 それを杓子定規的に扱うわけではないが、互いの子息子女を測る一つの指針とするのか。確かに査定である。


 ……


「はぁ…………」

「もう、そんなげんなりした表情しないの。せっかく着飾っているんだから、笑顔の方が似合うわよ」


 自然と溜息を漏らしてしまった俺の手を優しく握る。


 が、


「……」

「アナタ?」


 ロイス父さんが少しだけ微妙な表情をしていた。アテナ母さんの瞳が恐ろしいほどに細められる。


「い、いや。うん、笑顔の方が似合うよ」


 ロイス父さんが慌てて同意する。


「……で、本音は?」


 俺は右目を眇めて問いかける。ロイス父さんは悪びれることなく間髪入れず答える。


「その服着てると、苦労にため息ついている方が似合うなって」

「だろうね」


 俺は頷く。ロイス父さんも苦笑いしながら頷く。


 雑談というか冗談みたいな会話だが、やはりアテナ母さんは許せなかったらしい。鬼のように両目を吊り上げている。


「いい。セオは今、子供なのよ。五歳という貴重な時間を生きているのよ! 確かにセオは、見た目は兎も角、雰囲気的にそっちの方が似合うかもしれないけど、今だけ見れる可愛さを見たいじゃない! 分かる!?」

「あ、はい。分かります、分かります」


 アテナ母さんがロイス父さんの頬をつねる。ロイス父さんは参ったといわんばかりに軽く両手を上げて、コクコクと頷く。


 声自体はそこまで大きくないが、語気というか心胆を寒からしめる感じの響きなのだ。直接言われていない俺までガクブルと身体を震わしてしまう。


 なので、慌てて話題を変える。


「そ、それよりもアテナ母さんたちはその服装でいいの?」


 アテナ母さんもロイス父さんも大事な式典に出席する服装としては、少しだけ地味だ。


 特にアテナ母さんは着ているのはドレスではなく、上品なヒラヒラがついている薄手のジャンプスーツというべきか。


 アテナ母さんのナイスバディを惜しげもなく強調しているが、普段纏っているお淑やかな雰囲気に合っている感じではない。


 ロイス父さんの頬を抓っていたアテナ母さんは頷く。ロイス父さんは抓られて赤くなった頬を回復魔法で癒していた。


「問題ないわ。馬車を出る前に着替えるし」

「着替える?」

「一瞬で着替えられる早業があるのよ」

「ッ!」


 それを聞いた瞬間、俺は目を見開く。


「それ教えて!」


 いつかは忘れたが、朝着替えるのが面倒だと思った日があったのだ。“宝物袋”を利用して早着替えの練習をしてはいたが、それもうまくいかず。魔法少女やヒーローのように一瞬で変身できなかったのだ。


 だが、アテナ母さんの口ぶりからして、一瞬で変身ができるということ!


「駄目よ」

「駄目だね」


 そう思って頭を下げれば、アテナ母さんもロイス父さんも間髪入れず首を横に振る。


「なんで!? いいじゃん。特に冬とか着替えるの嫌じゃん。寒いじゃん! 冬だけ、冬だけでもいいからさ!」


 俺は必死に食い下がる。


「駄目よ。セオ。アナタ、冬の間ずっと使うつもりでしょ?」

「そういう部分でらくすると、日常生活の小さな部分をいらないものだと考えてしまうんだよ。本人がそのつもりがなくてもね」

「その小さな部分っていうのは、ちょっとした楽しみだし、人として生きる小さな幸せのきっかけがあるのよ。そういう小さな幸せの積み重ねが、余裕だったり充足感だったりに繋がるわ」

「……」


 ………………ぐぅ。


 ぐぅの音しか出ない。


 いや、アテナ母さんたちが言っている事を切り捨てることは簡単にできる。そんな事、どうでもいい、ということもできる。


 が、う~ん……


「あ、じゃあなんでロイス父さんたちは使ってるの?」


 詭弁としてよく使われる『罪なき者だけ石を投げよ』ではないが、気になるところではある。


「着替える時間がなかったのよ。さっき、宣言式とその他諸々の挨拶回りから帰ってきて、直ぐに出てきたでしょ?」

「まぁ、確かに?」


 俺のセットとかをしていて、確かにアテナ母さんたち自身が着替える時間はなかったのだろう。


「ロイスは兎も角、私は一つ着替えるのにそれなりに準備が必要なの。まぁ、セオもよほど忙しくて絶対に着替えなきゃいけない場面で着替えられない時が来る頃には教えるわよ」

「……分かった」


 俺はすごすごと引き下がる。


 納得できない所は多少あるが、教えてくれるとは確約してもらったし、それに“宝物袋”を利用しての早着替えは練習していくつもりなので、まぁいいかと思ったのだ。


 と、外がにわかに騒がしくなってきた。


「そろそろ王城近くだね」

「そうね」


 ロイス父さんが少し首を傾げた俺に教えてくれる。


 俺はそれに頷きながら、閉じられた馬車のカーテンの隙間から少し外を覗く。


「……多いね」


 魔力感知でも分かってはいたが、視覚で見たほうがより分かる。


 もう既に夜の帳が降りてきているため、外は暗い。しかし、周りの多くの貴族の馬車が灯す明かりで目が痛いほど煌びやかに光っているのだ。


 しかも、色とりどり。


 火で明かりを灯しているのではなく、魔道具によって灯しているため、使っている魔石の性質などによって光の色合いや強さが変わってくるのだ。


「セオ。馬車の明かりは一つの見栄よ」

「見栄?」

「ええ。明かりの強さ、それと明かりが青に近づくほど使っている素材が貴重で、創り出すのも難しいでしょ」

「まぁ、そうだけど。じゃあ赤色とかは?」

「下に見られやすいわね。まぁ、装飾の部分も含めるから、一概に色合いと強さだけではいえないけど」

「ふぅん」


 そういえば、この世界の魔道具の光の色合いの難易度はLEDみたいなんだよな。


 青色のLEDは波長が短いのもあるし、そもそも窒素ガリウムの扱いもあり得ないほど難しくて、それに量産するのも……まぁだからノーベル賞を取ったんだろうけど……


 と、まぁ、そんな事はいい。


「じゃあ、うちは? 作れない色合いはないと思うけど、色々と回りとの兼ね合いが必要なんでしょ?」


 そういえば、屋敷を出たときは夕方だったため、まだ明かりを着けていなかったのだ。


 ロイス父さんが答える。


「白だね」

「それって、その見栄的にはどれくらいの位置にあるの? 技術的には〝光球〟をそのまま魔道具化すればいいし、素材も無属性系の魔石を使えばいいから、難しくないと思うけど」

「まぁ、技術的にはね」


 ロイス父さんは頷く。


「僕たちのは一応外見に凝っているていにしている」

「つまり、外見は誰が見ても凄い感じだけど、光の色合いは特定の人にしか分からないってこと? ……どういうこと?」

「魔力は分かるでしょ? しっかり感じ取ってみれば、分かると思うよ」

「分かった」


 俺はたぶん明かりだと思しき魔力を、キチンと感知する。

 

 …………うん?


「光属性……というよりは、聖属性だったけ、これ。ほぼ事例がないから無属性に分類されてるやつ。神聖魔力もこれだよね」

「そう、それ。エレガント王国でも聖属性に関連したアーティファクトがあるんだけど、それに触れるのは侯爵以上か七星教会の大司教以上で、しかも聖属性と分かるのは魔力感知に優れた人だけ。作るのは難しいし、そもそも作れる人が片手で数えられるくらい。それが分かる相手にだけ見栄を張れればマキーナルト家としては問題なくやっていけるんだよ」

「なるほど」


 ロイス父さんは結構頭脳的なことをしているんだな。面倒くさそう。


「うん? ってか、周りにいる馬車って生誕祭に参加する人たちだよね。その位が高い人の子供もいるの?」

「今年は二人いるね。分家も含めれば、四組かな。ただ、言ったでしょ。生誕祭は五歳の子が主役だけど、それに近しい子たちも来るって」

「つまり、それなりに位が高くて面倒な人たちがいっぱいいる……」

「まぁ、そうだ――」


 俺がげんなりと呟けば、ロイス父さんは苦笑いしながら同意しようとして、


「アナタ?」

「……まぁ、そう嫌がらずに、いい子だっているからさ。身分なんて気にせずセオは楽しめばいいよ」


 アテナ母さんに手の甲を抓られて、そんなことをいった。


 言葉だけ聞けばそれなりに良いことを言っている感じがするのだが、ビジュアルがな。


 そう思ったら、馬車が止まった。


 どうやら着いたらしい。









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