第3話:そんなところを歩いているから面倒ごとに巻き来れるんだよ:First encounter

 ロイス父さんと分かれてそのまま直接南下したため、俺たちがへいを乗り越えたところは南地区に近い西地区だった。


「……貧民街?」

「うん、西側は僕たちの領地と接してるからさ」

「なるほど」


 つまり、言い方は悪いが、昔死之行進デスマーチの際に家がなくなっても問題ない人たちが集まっているということか。


「……いや、でもおかしくない? 昔は王都が防波堤として機能していたなら、こっちをガッチガチにしたりすると思うんだけど」

「さぁ? そもそも西側に門がないこと自体不思議だし、それにここって門がある南地区にも近いはずなのに、貧民街があるのもね。普通なら日当たりの悪い北に密集するものだし。まぁ、おかしなとこだらけだからそういうものなんじゃない?」

「ふぅん」


 取り留めもない会話をしながら、俺たちは貧民街を歩く。


 貧民街と言っても、想像よりはマシなところだ。木造の五階建て程度の建物が酷く密集している感じだ。窓の大きさだったり、魔力感知で感じる建物内の人の数で数えれば、六畳一間って感じか。


 いや、場所によっては普通に幾つかの部屋に分かれてる感じもある。まぁ、どっちにしろ一応倒れませんって感じで、冬とかはかなり辛いだろう。


 井戸は道の中央にポツリポツリとある。共同使用なのだろう。


 ということは、つまり貧民街といっても全員所得はあるかんじか。密集している木造住宅も、素人が作ったというわけではなさそうだし。


 ライン兄さんの言葉を考えれば、ここが王都の一番下なのだろう。


 なら、マシな方かもしれない。乞食なども見ないし。最低限の食事はとれているのか。まぁ、王国がある程度補助しているのか、それとも追い出しているのかは分からないが。


 それにしても臭いはそこまで酷くなかった。いや、普通に酷いには酷いのだが、死之行進デスマーチで感じた魔物の臭いよりはマシだ。


 でも、これを見ると、やっぱり前世の日本もだが、ラート町って建物や衛生管理がしっかりしてるよな。


「セオ。あんまりキョロキョロすると厄介事に巻き込まれるよ」

「そもそもよそ者っぽい子供二人がこんなところ歩いている時点で駄目でしょ」

「まぁ、確かに」


 治安はそこまで良くはなさそうだ。いや、治安というよりは排他的とかもしれないな。


 俺たちを物として見るような視線もあるが、それよりも不審な、あれだ。厄介事の種を見るような視線。

 

 『挨拶で、作っていこう、監視社会』ではないが、そんな感じだな。


「セオ。薄めるよ」

「分かった」


 なので、俺とライン兄さんは放出魔力をさらに偽装する。アルたちの放出魔力も同様に偽装する。


 空気中に漂う自然魔力に近い感じにし、そこらへんの石ころみたいな印象を抱かせるようにするのだ。


 視線の数が減った。


「それで、どこに行くの、ライン兄さん?」

「南地区と西地区の境に大きな市場。まぁ南地区の中央にもあるんだけど、あっちはあまり面白くない」

「面白くない?」


 あっけらかんとした表情で、首に巻いたミズチを撫でるライン兄さんが頷く。


「王都の市民街の構造は、東が一般街、つまり裕福でもなければ貧しくもない人たちが住むところ。西は貧民街。で、南が富裕層や商人たちがあつまるところ。特に南と東の門から王城へ連なる中央街道はいわば王都の玄関だからさ。見栄えがいいんだよ」

「へぇ、なるほど。それで」

「整ってるというべきか。確かに良いものはあるんだけど、面白味はない。けど、東と南、西と南の境は落差がでかいでしょ?」

「特に西と南の差は大きいね」

「だから、雑多なんだよ。玉石混淆ぎょくせきこんこうというべきか。ほら、ソープマハトの毛皮は傷つけば傷つくほど美しくなるでしょ。まぁ、そんな……何、その目」


 得意げだったライン兄さんの瞳が、ジト目に変わる。


 いや、何ってさ……


「いや、いつか芸術のために誰かを傷つけるようになって欲しくないな……と。今の言葉聞いてると、純真のまま屈折していきそうで」


 変態性とも言えばいいか。ライン兄さんって中々に面倒なものを抱えているのでは思う。


 まぁ芸術家なんて、面倒な性癖は面倒な方法で吐き出す人たちだと偏見で思っているけど、ライン兄さんって子供ながらにそういうところあるよな。


 そう思ったら、ライン兄さんが不機嫌そうに顔を歪める。


「セオには言われたくないよ。セオだって結構屈折してるよ? 面倒面倒っていいながら結局色々と関わってるし。ほら、今、名も知らない麗しい人と文通してるんでしょ? 絶対、相当厄介な相手だよ、それ」

「まぁクラリスさんが家庭教師をしているくらいだからな……」

「クラリスさんが家庭教師? そういえば前にユリ姉がぶつくさ何か言ってたような。なんたらの妖精だの……」


 確か去年始めて雪かきをした前の日だったけ……とライン兄さんが顔を顰めながら呟く。


 ライン兄さんも何か心当たりがあるらしい。

 

 まぁ、俺も心当たりがないと言えば嘘になるんだよな。相手の名前は分からないが、始めてクラリスさんとあった日に、王様がどうとか言ってたし。


 が、詮索する気はない。向こうは知られたくない感じだったし、もし気が付いても知らんぷりすればいい。


 それに相手の身分が身分だと、互いに気が付いたら今の関係を続けるのは難しだろうし。


 なんせ、タダで実験データなどを得てる状態だからな。色々こき使ってる気がするし、知りたくない。


 まぁ、どうせ生誕祭では会うことはないだろう。ライン兄さんみたいな大人顔負けの語彙を使いこなす天才がそういるわけはないだろうから、普通にユリシア姉さんの同年代か、それ以上だろうし。もしかしたら大人の可能性もある。


 そう思ってたら、ライン兄さんはどうでもよさそうに首を振った。


「まぁ、いいか。僕は父さんの言ってたお茶会に出るだけだし。関係ない」

「え、生誕祭来ないの?」

「行くわけないじゃん。っというか、行けないよ。一昨年、僕と交流結んだと思ってる人たちと一切連絡断ってるし、顔すら覚えてないもん。父さんにそこを力説したら、トラブルの元になりそうだからって見送ってくれた」


 ライン兄さんがふすんっとどや顔する。ミズチが呼応してシューと鳴く。なんか、可愛い。


 いや、可愛いじゃなくてさ、つまり取引先の連絡全てガン無視して、しかも顔すら分かりませんよ、って感じだよね。


 自慢することではないと思うんだけど。


 ライン兄さん、相当ひどいな。


「ってか、俺が生誕祭そのとばっちり受けそうなんだけど。自分でまいた種は自分で刈り取ってよ」

「僕がまいた種じゃないし」

「いつか痛い目見るよ」

「ユリ姉に稽古で叩かれてるから大丈夫」


 俺の抗議を受け流しながら、ライン兄さんは迷いのない足取りで路地を進む。俺もそれに倣う。


「前に来たことあるの?」

「まぁね。エド兄が案内してくれた。あと、ほら、そこの石畳」


 ライン兄さんが自分が踏んでる石畳を指さす。


「泥で汚れてたり、擦れてたりしてるでしょ? 多くの人が通るんだよ、この道。だから、安心だし、いずれ大通りに繋がる」

「……よく見てるね」

「これもエド兄に教えてもらったんだよ。無用なトラブルに巻き込まれない歩き方だってさ」


 ライン兄さん、色々とトラブルに巻き込まれたのかな。


 まぁ、今はある程度落ち着いてるけど、ちょっと前までは普通にやんちゃっぽかったからな。エドガー兄さん。今でもユリシア姉さんと稽古してたりするときは凄い楽しそうだし。


 元々動き回るのが好きそうなのはある。


 と、ライン兄さんが一瞬立ち止まり、耳を澄ませた。


「あ、足音が多くなってきた。たぶん、境の大通りだよ」

「だね。魔力も多い」


 俺たちは足早に歩く。路地は薄暗くて、ちょっと気が滅入っていたのだ。


 そして大通りの光が見えてきた、その時。


「追いなさい」

「「「「「ハッ」」」」」

「はんっ。そんなカチャカチャ音鳴らしてたら一生俺に追いつけねぇよっ! のろま共がっ!」


 大通りの向こうに見えたのは、厄介事の種。


 フードとローブで身を隠しているものの、仕草やらに気品がある。そもそも、フードとローブも一般人が使うやつではなく、美しい意匠が施されている。


 それに身を纏った少女の命令で、軽く甲冑を身に纏った大男五人がセオと同じくらいの背の赤紫の髪の子供を追い回す。騎士っぽい感じだが、それでもそこらへんの冒険者にも見えなくない。


 その子供は達者な言葉で挑発し、小さな身体を存分に生かし切った動きで大柄な男たちを翻弄し、男たちは互いにぶつかり合って倒れていく。


「……違う道から出ようか」

「だね。面倒そう――」 


 嫌な予感がして、俺とライン兄さんは顔をしかめ、踵を返す。今、ここから大通りに出れば面倒ごとに巻き込まれる。


 だが、その選択は選択ではなかった。


 強制だったのだ。


「や~い。ざ~こ、ざこ!」


 実にウザったらしく子供っぽい挑発をした赤紫の髪の少年が、俺たちのいる路地へと飛び込んできた。倒れていた男たちも起き上がって、追いかける。


 そして、その路地は大人一人が通れるくらいの広さ。


 つまり、


「なんで僕たちまで走らなくちゃならないのさっ!」

「狭いからでしょっ!」


 大柄な男たちが一直線になって路地を駆ければ、俺たちと必ず接触する。


 しかも俺たちは放出魔力を偽装してるから、赤紫の髪の子供に夢中な彼らは俺たちに気付かない可能性がある。つまり、俺たちは蹴り飛ばされる。


 なので、必死になって走るしかなかった。







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