第93話:仮想敵を作って得する感じ:this winter
「ねぇ、農産物の輸出額が高いのは分かったけど、なんでそれが物価が高い事に繋がるの?」
「それは農産物の品質が高い事に一つの理由がある。セオ、何故マキーナルト領の農作物は品質が良いと思う?」
エドガー兄さんは人差し指をビシッと立てて訊ねる。何か楽しそうだ。
俺はそんなエドガー兄さんの様子を微笑ましく思いながらも、頬を掻きながら考える。思い出す。
「えっと、使っている水がバーバル川とラハム川の水で、両方とも性質は違うけど栄養が豊富で、その栄養によって作られた肥沃な大地があるからだよね」
「ああ、だがそれだけじゃない」
あれ、違うのか。
「農業用の水で使っているのはそれだけじゃなくて、処理した下水も使っている」
「ああ、確かロイス父さんがそんな事も言ってたね。でも、それが関係あるの?」
「ああ、ある。少しだけ汚い話になるが、この町の住民や領民は皆、他の土地の人たちよりも高い魔力を持ってるだろ。そして排泄物などには必ず魔力が含まれる」
「あ、そういえば作物を育てるのに魔力が馴染んだ水が重要だったんだっけ」
「ああ、そういう事だ」
この世界の農業は前世の世界の農業より複雑怪奇だ。気温や化学式だけでなく、魔力による影響すらも考慮しなければならない。しかも、魔力の影響はでかすぎて、普通なら育たないだろと思われる環境でも魔力の質やら相性が良いと育ってしまう場合がある。
そして適切な魔力を含んだ水や大地が作物の育成に大きな役割を果たす。農業系の天職や職業はそれに関する
「それに、水だけじゃない。下水処理にはスライムが使われているのは知ってるよな」
「うん」
スライム。あらゆるファンタジーでおなじみの魔物。凶暴性が少なく、消化性だけはあることから下水処理として使われていたりする。
「そしてスライムはある一定の栄養などをため込むと分裂したりする」
「そうだね」
「だが、分裂し過ぎるのも面倒だし、栄養をため込んだ奴は強くなったりする。だから、一定以上の数にならないように処分してるんだ。そしてその時出る魔石を砕いて土地に撒いてる」
「この町の下水に含まれてる魔力やら栄養やらは高いから、魔石の質も良いってこと? だから、それを土に含めると質が良くなるってこと?」
「ああ、そうだ」
……上手い具合に色々と使っているんだなと思う。まぁ、地球でも堆肥として色々と排泄物を利用していたりしたが、そういうのを更に発展させた感じか。
地球で言う下水処理で出たゴミがスライムだったが故に、それすらも有効活用できたって感じか。日本の下水だとあのゴミってどうしてたっけ。まぁ、いいや。
だが、それが物価が高い事と何に繋がるんだ。
「と、ここで話は変わるが、エレガント王国では政策として国に申請を出せば、各領主の裁量で領民に手当だったり、補助を出せたりするんだ。それにそれらの手当やら補助に使われた金銭は領地の売り上げから引いていい。つまり、税金が安くなる」
「……ああ、マリーさんが言ってたような、言ってなかったような」
税金が安くなるから、その分結構厳し審査が入ったりするんだったけ。経費で落ちるってことだが。それにそれは補助だったりするので、貰った人が所得税みたいに税金を払ったりする必要はなかった筈だ。
「でだ、家が領民に対して、正確にはこの町に長期的に住んでいるあらゆる人たちに対して幾つかの手当を出していたりする」
あ、何となく分かってきた。
「どんな名目で出してるの?」
「一つ目は食の安定化だな。農作物を安定して収穫できるようになったが、昔はそうじゃなかったらしい。それに環境影響を与える魔物がアダド森林にいたりするから、食料が安定しない。だから食を安定させるためにも手当を出したんだ。毎月大銀貨十五枚ほど」
「え! 毎月十五枚あれば、節約すれば普通に食事だけじゃなくてあらゆる面で一ヶ月ぐらい過ごせるんじゃ……」
俺がその金額に首を傾げると、エドガー兄さんは待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「でだ、それが表向き。本当はさっき言った各家庭からでる下水の魔力によって作られる質の高い農作物の利益を還元してるんだ。普通に考えれば、彼らから魔力を貰っているわけだしな。他領だったら、畑に魔力を注ぐ存在を専用で雇ったりするからな」
「……ねぇ、エドガー兄さん。ロイス父さんってさ、結構税金払ってないよね」
気付いてしまった。
確か、エレガント王国では雇った労働力に対して給金を払ったとしても、それには一定の税金が掛かったりしている。というよりは、給金を貰った場合、そこから税金が抜かれる。所得税に近い。領地で稼いだお金を労働者に支払った後に、国に一部持っていかれるのだ。
だがそれを補助金っていう形にしている。その分の税金を払う必要が無くなる。
「……いや、でも、エレガント王国の人たちだって馬鹿じゃないでしょ。そんな補助何ていう税金逃れの手段があるんだし」
「まぁ、そうなんだが、家の領地の特性がでかすぎる。凶悪な魔物が跋扈しているアダド森林があるし、あの森の影響を常にこの領地は受けるからな。それも考慮されてる」
「……そうなんだ。で、二つ目もあるんでしょ?」
一つ目はっとエドガー兄さんは言ったのだ。最低でも二つはあるんだろう。
「ああ、二つ目は魔物侵攻対策特別手当だな。こっちはそのままの通りだ。アダド森林から魔物が侵攻したときに住民も戦ってもらうから、その代わり手当を出すぞって感じだな。こっちは大銀貨二十枚」
もう俺は驚かない。何があっても驚かない。
「……領民は領主の物だから、普通、徴兵で手当を出す必要はないんだろうけど」
「ああ、エレガント王国はアダド森林からも魔物の侵攻の被害が減ってほしいのもあるし、ここが防波堤になってるからな。それに自治区である事もある」
「……手当や補助関連の政策が申請しやすいんだね」
何というか、アダド森林様様だな。ロイス父さんとアテナ母さんたちが本気になってアダド森林を壊滅させない理由もここにあるかもしれない。
まぁ、それ以外にも普通に地形を壊すのはどうかと思っているだろうけど、使えるものはある程度の恐怖心すらも国に煽って使っているというわけだ。何というか、凄いと言うべきか、酷いというべきか。ここで悩むので、俺は為政者にはなれないのだろう。
「で、こっちも裏があるんでしょ?」
「ああ。ラート街やアダド森林とバラサリア山脈に接している部分に守護結界が張ってあるだろ。それとアダド森林には階層結界も」
「……そうだね。確か、この真下にあるアーティファクトで生成しているって話だけど」
守護結界も階層結界も結構強力な結界である。まぁ、守護結界は魔法と物理的な防護で、階層結界は魔物だけを選別するという若干の重きの違いはあるが、それでも広大な領地にあれだけの結界を張っているのだ。
超膨大な魔力が必要の筈である。そういえば、アテナ母さんにまだ聞いてなかったな。
「でだ、短期で滞在する冒険やだろうが何だろうがこの町に滞在する住民にはある義務がある。それが魔力提供だ」
「……あれ、でも、地下室を作る時に感じたアーティファクトの魔力はアテナ母さんの魔力だったけど」
「それは俺もわからん。特殊な方法で自分の魔力に変換してるらしい」
エドガー兄さんは首を横に振る。まぁ、アテナ母さんは何でもできてしまいそうだし、考えないのが得策か。
「まぁ、それはおいといて、生物って多少なりとも魔力を放出してるだろ」
「うん。どれだけ頑張っても完全に抑えるのは難しいからね。それにできたとしても、一時的で恒久的なものではないし」
「だから、母さんはどんな仕組みかは知らないが、そのラート町を起点としたある一定範囲内に放出された生物の魔力を自動的に自分に集めているらしい。どうやってやってるかは知らんがな」
……おそろしい。超恐ろしい。
「それだけじゃない。長期的に住んでいる町の住民たちには月に一回、寄付という形で魔晶石で
「……つまり大銀貨二十枚っていう法外な手当は魔力の買い取り額みたいなもの?」
「そうだ。魔石の値段を元に計算したらしい。魔石は売れるが、流石に住民から集めた魔力を売るのは面倒が多いからやめているらしいが」
当たり前だろう。本当に当たり前だろう。
でも、それで物価が高い理由が分かった。
「皆金持ちだから、給金も高くしなきゃいけないし、町の中で回ってるお金の額も額だから、物価が高くなるのか」
「そういう事だ」
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