第91話:籠っていたら知らない事実:this winter
アテナ母さんのお腹に新しい命が宿っていると知ってから半月。
結局のところ、ソフィアやラリアさん、アカサなどの重鎮にはそれとなく、アテナ母さんがこれから仕事ができなくなる旨を伝え、後九か月、十か月先とは言え一時的な引継ぎ作業が開始した。
というのも、冬雪亀の時もそうだが、この世界では産む前よりも産んだ後の方が大変だ。赤ちゃんの世話だけでなく、母親は弱体化した身体で何とか生き残らなくてはならない。しかも、赤ちゃんに母乳などをあげながら。
だから、常人よりも多くの魔力を持っている貴族たちは、普通、母親の負担を減らす為、乳母を雇う。というか、エレガント王国では貴族専用の乳母を独自に育て、または雇っていて。彼女らを各貴族に派遣している。
そして乳母は子息が一定の年齢になったらエレガント王国、正確には王族の元に戻る。というのも、貴族の子供を育てるという事は、悪い事をしようとすれば色々とできるのだ。
そして乳母はスパイとしても使えるし、もしくは人質としても使える。
この国の王族は、自由ギルドとの契約とまた太古からの盟約と誓いによって、何というか安全なのだ。まぁ、悪さをしようと思えばできるらしいがそれでも、国に害を為すことはできないらしい。
裏を返せば、国に害を為さねば悪事を働けるのだが、国王になる者は殆んどの場合、賢王とは言わずとも、愚王ではない。傍から見れば愚王に見える王様でも、為政者としての感性とある程度の道徳心を持っているらしい。
魔法的な力なのか、血筋的な力なのか、どうなのは知らないが、そういう力があるらしい。因みに、その力は民の判断に依らないことは分かっている。
まぁ、という事でそういうエレガント国王の元で乳母は育てられ、庇護されている。その乳母が各貴族に子供が生まれるとわかったら配属されるのだ。
だがマキーナルト家はエレガント王国に属するが、自治区である。まぁ、それでも乳母を招き入れてもいいのだが、アテナ母さんの我儘みたいなものと、アランたちによる弱体化の軽減のサポートが良いため、断っている。
それにマキーナルト領にいる人々は女性は他の地域に比べると皆強いらしいが、それでも子供を産んだ際に乳母などは使わない。乳母がいなくても母親が安定的に過ごせるような地域社会や技術があったりするからだ。
なのでアテナ母さんは、子育てと弱体化の回復のため赤ちゃんを産んだ後の方が仕事に関われなくなるので早めに引継ぎを行っている。
というか、春になると仕事が急激に増えるため、全くもって仕事のない冬に引継ぎを完了させておきたいらしい。
だが、だからといって街中にアテナ母さんの妊娠を発表することはしないらしい。するとしても、アテナ母さんのお腹がだいぶ大きくなってきてかららしい。
なので、現在アテナ母さんの妊娠を知っている者は少ない。それに冬になると豪雪のせいで人の動きが殆んどないため、誰かに伝えたとしても伝わらないのだ。
そんな豪雪を眺めながら、俺は手元の歴史書を弄ぶ。ぶっちゃけ、前世でもそうだったのだが、歴史はそこまで好きじゃなかったのだ。それは今世でもあまり変わらない。
教育用の絵本や教科書を作ろうと思ったのだが、以外と難しい。いや、難しいのは当たり前なのだが、難しい。
赤ちゃんがどの年齢でどれくらいの文字が読めるのか分からなかったので、子育ての経験が豊富であったであろうクラリスさんに聞いたのだが、あまり要領を得なかった。
というか、赤ちゃんの成長は個々それぞれらしく、また、種族によっても大きく違うため、ハッキリとは覚えていなかったのだ。何となくの経験でやっていたらしい。マジかと思った。
なので、結局、言語レベルに合わせた絵本を作ることにしたのだが、そうすると赤ちゃんの視覚領域がどれくらいあるのか分からない。
ということで、繊細な絵本はライン兄さんに任せる事にして、俺はハッキリと分かりやすい色合いで描いた絵本を作る事にした。
のはいいのだが、算数に関する絵本は意外と簡単に描き終わった。あ、いや、下地とかプロットとかが完成しただけだが、それでも後は絵を塗れば完成するだろう。
それよりも問題は歴史関係の絵本だ。
ぶっちゃけ、赤ちゃんや幼児が読むには難しすぎるし、重すぎる話が多い。それにクラリスさんに確認すると、俺が参考にしようとしている歴史書、というか殆んどの歴史書では事実と違う事を書いているらしい。
が、クラリスさんはその詳細を教えてくれなかった。何でも、歴史は事実を伝えるのではなく、解釈を伝える学問らしい。クラリスさんの中ではそういう風になっていると。
なので歴史としては教えてくれなかったが、夕食後にユリシア姉さんやライン兄さんたちなどに話している炉辺談話には混じっていた。
結局、歴史関係の絵本は道徳的によさそうな良いお話だけを抜粋して、脚色することにした。まぁ、脚色と言っても子供に分かりやすいように言葉を変えたりしたくらいだ。
そして詳しい歴史は教科書の方で書くことにした。
したのはいいのだが、手書きって面倒臭い事が分かった。“分身”を使って分身体を何人も創造して書いたりしていたのだが、真っ直ぐかけないし、文字一つ一つの大きさが違う。
面倒だった。
それに書く量も多いし。
という事で歴史の教科書、というか全ての教科書作りは後回しにして貴族の礼儀作法の絵本でも描こうかなと思った。
そう思って俺は自室に戻ろうと思った。
夕食を食べた後で頭が働かず、暇つぶしのために歴史の教科書をリビングで弄んでいたのだ。
そして俺は豪雪が写る窓から目を離し、椅子から降りて自室に移動しようとしたら、書類を散らかしたエドガー兄さんが暖炉の前で頭を抱えているが見えた。
リビングを見渡すと、さっきまでいたはずの家族は全員いない。気配を探れば、各々自室や執務室などで何かやっているらしい。
何か、エドガー兄さんと話したくなった。まぁ、どうせ夜になったら頭は働かないし、礼儀作法は明日でいいだろう。マリーさんに監査してもらった方が確実だろうし。
「ねぇ、エドガー兄さん。何をそんなに悩んでるの?」
「あ、セオか。いや、父さんの字が読めなくてな」
「うん?」
俺は暖炉前に移動して、エドガー兄さんが差し出した一枚の紙を受け取る。エドガー兄さんの周りには沢山の書類が積み重なってる。散らかっている。
「……癖が強いね」
「まぁな。ソフィアさんとか他の部署に回す書類はまだ丁寧なんだが、家だけで回す書類なんかはとても癖が強いんだ」
書類に書かれていた字は全て筆記体。しかも、俺だって偏屈な人たちが手書きで書いた魔法書を呼んでいるので、めっちゃ崩れた筆記体でも読めるのだが、ロイス父さんの字はそれを遥かに上に行く。
まぁ、魔法書の字は崩れに崩れまくっているが流麗ではある。ロイス父さんの字は普通に汚くて読めない。
「バトラ爺とかはどうしてるの?」
「……雰囲気で読めるらしい」
「周りが変に優秀だと面倒だね」
「全くだ」
人が読む字は筆記体などではなく活字の方がいい。
……あ、この世界に活字なんてなかった。まぁ、それでも一般的に読みやすい字というのは存在している。
「……ん? でも、なんでエドガー兄さんがこの書類を読んでるの?」
「領地経営の修行の一環だ」
「あ、そういう事」
俺は頷く。
そしてようやくロイス父さんの字癖が掴めてきた。書類を幾つか見比べて字癖を探っていたのだ。
にしても、字の大きさが結構バラバラだし、バランスもめちゃくちゃである。ロイス父さんって細かいところが意外と雑な事が分かった。
「……あれ、エドガー兄さん。この物価調整って何?」
「うん? ……ああ、これで物価調整か。えーっと、ああ、ほらマキーナルト領って他の領地や国に比べて物価がめっちゃ高いだろ」
「え、何それ!」
何それ、知らないんだけど。
物価が高いってことは、つまり俺がアカサ・サリアス商会から仕入れてたものが全て高いってことじゃ……というか、俺の金銭感覚がおかしいってことに……
え。
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