第53話:午前中の作業終了:this summer
「えーと、一旦落ち着いてく……いや、本当にごめんなさい」
鬼の形相の二人に落ち着きをと言葉をかけたが、それがさらに油を注いだようだ。鬼気のこもった瞳でキッと睨まれた。
なので、本当に申し訳なく項垂れる。ここまで怒るとは思わなかった。
「はぁ」
「もう」
だが、その様子を見たロイス父さんとアテナ母さんは、溜息を吐いて俺の肩から手を放す。そして、こめかみを抑える。
「いきなり飛びかかって悪かったわ」
「ごめんよ」
さっきの殺気はなりひそめ、アテナ母さんとロイス父さんは落ち着いた表情で頭を少し下げる。怒っていても仕方がないと思ったのか。
「いや、こちらこそごめんなさい。伝えるべきでした」
驚かせたいと思ったのだが、流石にそれは悪すぎた。ドッキリは度が過ぎないようにしなければ。
そのやりとりで一旦切る。落ち着いた雰囲気を作る事が必要である。
それから落ち着いた表情でロイス父さんが訊ねてくる。
「セオ。あれは〝巨土の王〟だよね。セオは土魔法の適性を持っていなかったはずだし、それでもあれが発動できたのはあの魔術が原因だよね?」
ロイス父さんの問いに答えようとしたが、先にアテナ母さんが返答した。
「ええ。そうよ、ロイス。昨日、セオに見せてもらった立体構造式と連結方式が魔術として転換されていたわ。それらを使えば、セオは単独属性魔法でも聖級魔法を扱えるようになるわ」
「なるほど。……セオ。他の聖級魔法もそうだけど、特に〝巨土の王〟や〝燎原の薪王〟とかは僕たちがいない時に絶対に使ってはいけないよ。もし使いたいなら、僕かアテナ、それかレモンがいる時だけにして。本当にお願いだから」
ロイス父さんは最後には懇願するように言う。まだ、俺は魔法に対しての脅威をはっきりと知らないからな。アテナ母さんやロイス父さんは、冒険者としてやってきたから魔法がどんな力があるか把握しているのだろう。
しかし、俺は知らない。文献などでは分かっているが体感がない。文献では大地を割る力があるとしか書いていなかったし。
そう感じさせるロイス父さんの言葉。ニュアンス。
「うん。わかったよ」
なので、素直に頷く。
ロイス父さんとアテナ母さんはその返答にホッと胸を撫で下ろした。
「おい、大丈夫か!」
「大丈夫ですか!」
アランとレモンがやって来た。
声を聞くと慌てているようだが、足取りはゆっくりだ。そこまで大事が無かったことはある程度分かっているのだろう。
「ええ、問題ないわ」
アテナ母さんが振り返りながら言う。
「心配かけてごめんなさい」
俺はこちらに歩いてい来るアランとレモンに頭を下げる。迷惑をかけた。
「いや、大事がないならいいんだ」
「ええ、私もです」
二人は落ち着いた様子で頷いた。それから、レモンが少し思いついたように声を上げる。
「アテナ様。では、セオ様の魔法稽古は私が担当ですか?」
レモンのその質問にアテナ母さんは若干言葉を詰まらせる。何故レモンが担当になるかは分からないんだが。
「いえ、それは後で決めましょう。スケジュールも見直さなければいけないから」
ただ、アテナ母さんはそれを後回しにした。スケジュールが狂ったのは明らかに俺の所為ですね。
「はい。かしこまりました」
レモンは頷く。
「セオ、詳しい話はあとね」
魔法稽古の話をあんまし捉えられなかったが、それも後に流された。
「はい」
そう、今日中に地下室を完成させるのだ。時間がない。なので、アテナ母さんたちが話し合いを始めた。
それから、数分。話し合いがひと段落したらしい。俺とレモンは話し合いに参加していない。俺はそもそも全体を把握していないし、レモンは体力を消耗した俺を見守るためだとか。
まぁ、余計な事をしないためにだろう。
アテナ母さんが俺たちに聞こえるように話し合った内容を言う。
「じゃあ、そうね。私とレモンとセオはバトラたちの作業の方へ行くわ」
一応、近くで話し合っていたのである程度の内容は把握しているのだが、アテナ母さんは作業確認の一環なのか言葉に出して言った。確かに、俺は魔力量が心許ないし、話し合いを聞いている限り地下室を建築する今後の作業はロイス父さんとアランで十分そうだ。
地盤を固めたり強度を固めたりするのは結局のところ金属であり、それならば、それらに適した魔法や
応力やひずみなどの解析も既に昨夜で終わらせたので、残っているのは実作業だけなのである。
そういうこともあり、魔力の温存も含めてアテナ母さんとレモンもバトラ爺たちが行っている作業に混ざることになった。
「わかったよ。……えっと、昼食までには終わると思うよ」
ロイス父さんは少し考え込んでそう言った。後ろでアランがマジかと嫌そうな顔をしている。実際、さっきの話し合いでは作業は昼食をはさんでも終わらないという話だった。
「ええ、わかったわ。私達の方もお昼には終わるように頑張るわ」
ただ、アテナ母さんはそこには何も突っ込まず、綺麗な笑顔で頷いた。そして何故かこちらも予定が早くなっている。レモンが嫌そうな顔をしている。
ただ、嫌そうな顔をしている二人を注意深く見れば、二人がわざとそんな顔をしていることが分かる。たまにこういうことがあり、たぶん、お約束みたいなものだそうだ。昔からこうなんだろう。
それから、ロイス父さんとアランは個別の話し合いを始めた。詳しい作業手順の調整と最終確認を行っているのだ。
そもそも昨日の時点でロイス父さんやアテナ母さん、アラン達といった大人組は作業スケジュールを打ち合わせたらしい。
しかしそれを俺が〝巨土の王〟を行使してぶち壊し、午前中のスケジュール予定を再び組みなおす必要が出てきたのだ。
俺は転移のためアテナ母さんに抱きかかえられてながら、ロイス父さんたちを見て申し訳なく思った。
そしてアテナ母さんの転移で俺たちはバトラ爺たちがいる作業場に移動したのだった。
Φ
それから昼食となった。
転移した後、バトラ爺たちが作業していた家具や扉、その他諸々の調度品の制作と研究用の道具の調達を手伝った。
特に研究用の道具はアカサ・サリアス商会から調達していたのだが、いくら“軽量化”や“空間拡張”を組み込んだ魔法袋を持っていても、それでも何回も往復する必要があり、大変そうだった。
なので、俺が“宝物袋”ですべて詰め込み、そして先日覚えた浮遊魔術で運んだ。空を飛ぶ感覚は素晴らしい。
それから、本気を出したアテナ母さんに扱き使われ、机やいす、本棚、その他諸々の制作を一気に任された。もちろん、アテナ母さんたちも忙しそうに働いていた。
それらが数時間。
なので。
「つかれた……」
「あはは、お疲れさま」
庭に置いたある机に頭を突っ伏してだらけている俺の所に、ライン兄さんとロイス父さんがやって来た。
二人の手には美味しそうな料理がある。良い匂いが漂っている。昼食だ。
「魔力の回復はどんな感じだい?」
机の上に料理を置いたロイス父さんが訊ねてくる。ライン兄さんが俺の目の前に冷たそうなレモン水を置いてくれる。
「ライン兄さん、ありがとう」
俺はロイス父さんの質問に答える前にライン兄さんがくれたレモン水を飲む。
うん。美味い。体全体に染み渡る冷たさと爽やかさ。夏にこれを飲むことが楽しみになる。
「と、うん。魔力回復は順調だよ」
そうしてコップの水を全て飲み切った後、ロイス父さんの方を向く。
「というよりロイス父さんの方が大丈夫なの? あれだけの範囲を全て魔鉄鋼と霊魔石と隠魔鉄、それと幾つかの能力石に変えたんでしょ?」
“魔力感知”と“解析”の精度を最大にしてみれば、ロイス父さんから感じる魔力がとても小さい。ここ最近は、魔力感知を鍛えていたのでロイス父さんの魔力隠蔽すら見破れるようになってきたので、いつもは膨大な魔力を感じている筈なのだ。
「ああ、僕の方は大丈夫だよ。僕の場合、午後は魔力をそこまで使う作業がないからね。セオはあるでしょ」
「まぁ、うん。けど、“宝物袋”を発動させるだけだからそこまで問題ないよ」
午後は基本的に地下室の内装を整えるのだけである。つまり、午前中が大きな山場であったのだ。
それより。
「ねぇ、ロイス父さん。地下室の入り口ってどうなってるの? さっき設計図を見直したけど、それらしき場所が無かったよ?」
アテナ母さんが造った設計図だから描き忘れはないと思ったので流していたが、やはり気になって聞く。
「あれ、聞いてないの? ボクたちの部屋から直通の道を作るって言ってたけど」
ただ、その俺の疑問に答えたのはロイス父さんではなく、ライン兄さんだった。
というか、ロイス父さんは不思議そうな顔で首を捻っている。初めて聞いたって感じだ。
「なんで、ロイス父さんが知らなくて、ライン兄さんが知ってるの?」
随分とおかしな状況である。ただ、ロイス父さんは直ぐに納得した表情で頷く。
「ああ、大丈夫だよ。セオ。アテナの悪癖が出ているだけだから」
そして呆れたような、しかし嬉しそうな不思議な表情でロイス父さんは言った。
なるほど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます