第50話:結局言い出せませんでした:this summer
「へぇー」
連結方式と立体構造式、そして“オートドキュ”について説明した。もちろん、“オートドキュ”は補助魔道具として説明した。
ライン兄さんは純粋に感心している。ロイス父さんとエドガー兄さんは何か、真剣に考え込んでいる。ロイス父さんのその顔は領主として何か考えている顔で、エドガー兄さんも同様である。
最近になってエドガー兄さんはロイス父さんの仕事面で似てきたのだ。今年で九歳の筈なのに、何というか大人びている。
同じ九歳のユリシア姉さんはとても元気に動き回っているのに。
「ねぇ、セオ。それで何ができるの?」
ライン兄さんは、興味津々で聞いてくる。
「えーっと、手のひらサイズの魔道具で下級魔法が放てる」
「それって、凄い事なんだっけ?」
ライン兄さんは魔道具にあまり明るくない。それはそうだ。植物や幻獣、動物については大人顔負けの知識などを持っているが、餅は餅屋である。
いくら、賢いライン兄さんでも知らない事もある。
「ええ、とても凄い事なのよ!」
と、今まで椅子で俺がまとめた研究ノートを熟読していたアテナ母さんが話に入って来た。
「いい、ライン。まだ教えていないけれど、戦闘時で重要な魔法は下級魔法なの。どんなに魔法の才能があって中級、上級が使えてもそれが二、三秒以内に放てないなら、戦闘においてそこまで意味がないのよ。そして下級はそれができる」
「どういうこと?」
魔法史において重要な役割を果たしていたのは下級魔法である。
「戦闘は二種類あるの。人と魔物の二つよ。そして、その二つとも物理の方が速いのよ。ラインは前にセオに魔術を教えてもらったわよね」
「うん。あの時は中級だったけど……」
「あの時はノータイムだから、エドガーは手間取ったのよね。ねぇ、エドガー」
考え込んでいたエドガー兄さんは急に話を振られて驚いている。
「あ、ああ。あの時は魔法の威力より、その手数の多さが問題だった。俺は父さんや母さんみたいに高位の魔力耐性をもっていないから、どんなに魔法の威力が弱くても、あれだけの数が一気に襲われると必ず防御を突破されてダメージを負うんだ。そしてダメージを負うと隙ができる。戦闘それが命取りになるんだ」
そう、ロイス父さんやアテナ母さんくらいの実力者ならいざ知らず、普通の生物はどんなに頑張っても下級魔法で少なからずダメージを負ってしまう。防ぐ方法はあるが、それも長くはもたない。
それは自分にとって有利な戦況を作れることができる。
「わかったよ。だから、誰でもノータイムで下級魔法を発動できることに大きな意味があるんだね」
ライン兄さんは納得いったように頷く。
「そうよ。特に、冒険者は魔物相手に戦っているのよ。魔物は身体能力がとても高いの。だから、それに対抗するためには牽制を自由にできる下級魔法が重要なのよ。それができるのは熟練の魔法使いだけだけど、その魔道具があれば――」
ライン兄さんがそのあとを引き継ぐ。
「――その魔法使いに頼りっきりにならない」
魔法使いはまず、少ない。そして修練するのに時間が掛かる。故に、下級魔法がノータイムで放てる魔法使いは引く手数多なのだ。
それこそ、中級魔法が使えない下級魔法使いでもそれさえできれば王宮勤めが可能になるほどである。
そして、その魔法使いの賃金や保証は高くつく。しかし、立体構造式と連結方式を使えども、下級魔法が放てる魔道具を作るならば材料費はそれより安い。
故にバランスが崩れるのだ。
「そうよ」
アテナ母さんは満足げに頷く。が、そのあと、けどねと言って。
「それが当てはまるのは上級までなのよね。聖級以上になると話は変わってくるけどね」
そう。聖級魔法は聖級魔法でしか防げない。なので、どんなに発動に時間がかかろうとも、発動さえしてしまえば、ほぼ勝確なのだ。
まぁ、ただ。
「その聖級魔法を使える人が殆どいないんだけどね」
おいしい所は俺が引き継ぐ。
まず、魔力量が単純に足らず、もしそれが足りてもエベレストより高い魔法の才能と努力の壁にぶつかる。
「そういう事よ。だから、魔術があり得ないほどのバランスブレーカーなるのよ」
アテナ母さんはチラリと俺の方を見る。
魔術はその聖級魔法の全てのハードルを下げるからな。上級魔法をある程度、使いこなせるなら使えるまでにいくのだ。
分かりやすく言えば、魔術というブーストによって魔法の階級レベルが一段階上がるのだ。
と、そうやって盛り上がっていたら、ずっと上を見て考え込んでいたロイス父さんがこっちを見た。
「セオ、これはアカサ・サリアス商会には卸す許可は出せないよ」
少し苦い顔でロイス父さんは言った。ロイス父さんがそう言う理由が分かる。
「うん。分かってるよ。だから、アカサには無理って伝えてある」
俺も流石に魔術の件で魔法についての世間一般的に認識を勉強した。特に魔法の歴史についての学問、魔法史についてはかなり力を入れたのだ。
なので、完成しそうになった昨日あたりに分身体に正式に卸すことができないと契約みたいなものを交わしたのだ。アカサには設計図を見せているので念のためである。どこで何があるか分からないし。それはアカサも了承していた。バトラ爺にはまだ伝えていない。
それからロイス父さんはアテナ母さんの方を見た。同時にアテナ母さんもロイス父さんの方を見ていた。
「アテナ」
「ええ、わかってるわ」
そして二人は目だけでやり取りし、何か共通の考えを持ったらしい。
「父さんたち、明日は開けた方がいいか?」
エドガー兄さんも何か、納得いったようだ。明日に用事があるのだろうか。
「ええ、そうね。そうだ、アラン達にも伝えてもらえるかしら」
「ああ、わかった。じゃあ、伝えてくるよ」
そうして、エドガー兄さんは自然に執務室を出て行った。
「え、どうしたの?」
ライン兄さんは突然の出来事に驚いている。俺も驚いている。
そして、もしかして独立魔道具について切り出せないかもしれない。
「ああ、そうだね。ライン、ごめん。明日は忙しくなるから、ちょっとセオが見つけた種については今度にしてもらえないかい?」
ライン兄さんは目を見開く。
「え、なんで」
ロイス父さんがいつも、好奇心を殆ど制限することはない。なので、ライン兄さんもそこは分かっているのか、冷静に聞く。
「明日中に地下室を完成させる」
ロイス父さんはそう宣言した。
「ええ、セオが作り出すものは色々と厄介なのよ。だから、専用の工房を持ってもらった方が良いのよ。それに、それはラインも同様なのよ」
それを聞いたライン兄さんが驚愕の声を上げる。そして、俺はますます、独立魔道具について言い出せなくなった。
「もしかして、ボクの研究室を作ってくれるの!?」
「ええ、そうね。今の部屋は狭くて実験ができないってぼやいていたわよね」
「うん!」
ライン兄さんって自分で屋根裏部屋が良いと言ってたはずなんだが。
「なら、喜びなさい。今の部屋とは比較にならない研究室が手に入るわよ!」
アテナ母さんはそれに突っ込まず、気の良い事を言う。
しかし、ライン兄さんはそれに疑問を持ったようだ。
「……ねぇ、母さん。話が美味すぎるんだけど。もしかして、何かあるの?」
「あら、鋭いわね」
ライン兄さんの疑念にアテナ母さんは素直に頷く。ロイス父さんは執務机に座って急いで何かを書き始めていた。
「ライン。アナタに存分に働いてもらうわ」
「うん、それだけ? それは良いけど」
きつい条件を言われるかと思って身構えていたライン兄さんは拍子抜けした表情を浮かべる。
アテナ母さんはそれに嬉しそうに頷く。
「言質はとったわよ。ロイス」
「ああ、わかっているよ。ライン、こっちにきて」
アテナ母さんの呼びかけに応じたロイス父さんは丁度、書き終えたらしく、執務机の近くにライン兄さんを呼ぶ。
「じゃあ、ライン。今日中にこれをよろしくね」
「え、う……、えっ! ちょ、無理だよ! 今日中にこれは無理だって!」
何を見せられたんだ。ライン兄さんはとても動揺している。
「ライン、自分で言ったことは守りなさい」
したり顔で言うアテナ母さん。
「母さんの意地悪!」
ライン兄さんは抗議の声を上げる。キッと釣り上げた瞳が可愛いです。
「ええ、そうね。だから――」
「――今日はこれだけの分で良いよ」
ロイス父さんが更に追加してライン兄さんに紙を渡す。
「え、う、うん」
ライン兄さんは何が何なのか分からず、呆然と頷く。
「ライン。アナタがどう抗おうとマキーナルト家の子として生まれたわ。そして、先日で貴族デビューもしたわ。アナタがどう嫌がろうと、成人するまではマキーナルト家の子として生きるのよ」
「う、うん」
その言葉はライン兄さんだけでなく、俺にも向けられていた。
生まれは変えられないし、それを恨んだところで意味はない。結局のところあるべきものを受け入れて、どう活用していくかが重要なのだ。それが難しいんだが。
「だから、アナタは海千山千の貴族を相手にすることが必ずあるのよ。あとは分かるわよね。セオもね」
駄々は捏ねてもいいが、それでもやるべきことはやれよと言う言葉。そして、足元を掬われないように動けと言う言葉。しかし、そこに強制はない。アテナ母さんたちがそんなことはしない。
「「うん」」
俺とライン兄さんは納得した感じで頷く。
俺は前世があり、そこで色々な書物を読んでいたから理解ができているが、ライン兄さんがそれに納得できるのは凄いと思います。
あと。こういうちょっとした部分で教育を混ぜてくるのは流石だと思います。
俺たちの首肯に、アテナ母さんとロイス父さんは無言で頷いた。
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