第45話:別棟:this summer
「お帰り!」
「「おかえりなさいませ」」
馬車が玄関の入り口に止まってから、俺は歓迎する。話したいことが色々あるし、お土産も楽しみである。
「ただいま、セオ。バトラとレモンもありがとう」
最初に出てきたのはロイス父さん。
「ただいま」
次に出てきたのはアテナ母さん。ロイス父さんがさり気なく差し出した手を上品にとり、華麗に降りてくる。
それから次に出てきたのはエドガー兄さんとライン兄さん。
何か二人ともげっそりしていた声を出す気力がない。ロイス父さんとアテナ母さんが二人の手を取り引っ張っている。
二人はされるがままに歩く。幽鬼みたいである。
「ただいまです。バトラさん、積み荷の方に冷蔵物が幾つかあるので先にしまってきますね」
そして最後に出てきたユナは慌てた様子でもう一台の馬車の方に行く。手には皮のバックを持っている。空間拡張が施されているバックである。込められている魔力から見れば、四倍くらいである。
王都でしか買えない珍しいものでも買ってきたのだろうか。珍味だろうか。それとも美味しい食べ物だろうか。
まぁ、それは置いといて……
「ねぇ、ロイス父さん。二人ともどうしたの?」
レモンとバトラ爺もユナに続いてもう一つの馬車に向かっているのを尻目に、俺は今、一番不思議な事を聞く。
別段、酔ったわけではなさそうだし。ライン兄さんはともかく、エドガー兄さんはよく他領に行くので、馬車に乗り慣れている筈である。
それなのに、エドガー兄さんが馬車で酔う話は聞いたことがない。それにエドガー兄さんは肉体的に強いので先ず、酔う事があり得ない。
ライン兄さんは置いといて。
「えーと、先に屋敷に入ろうか。二人とももう限界そうだし」
だが、俺の質問に答えることはなく、ロイス父さんはそう言った。アテナ母さんも頷いている。
確かに、二人とも顔色がとても悪い。今もどんどん顔色が悪くなっている。
「うん。わかった」
なので、溢れ出る興味を精一杯にストップをかけ、自制心を心がける。
「あ、荷物の方。全てリビングでいい?」
「ん? ああ、セオも手伝ってくれるのかい」
「うん」
ここで良い感じに好感度を稼いでおけば、色々と融通がしやすくなる。それに、いくらレモンがいるからといえ、行ったり来たりしている三人を見ていると手伝いたくなる。
「じゃあ、頼もうかな。何処に運ぶかはユナが把握しているから」
「わかった」
「ありがとうね。セオ」
ロイス父さんとアテナ母さんはそう言って二人を連れて屋敷に入った。
俺はそれを見送って積み荷がある馬車の方へ向かった。
因みに、馬車を引いていたのは天角馬という幻獣である。アテナ母さんと誓約を結んでいて、
俺は幻獣に馬車を引かせるという発想が恐ろしいと、穏やかにくつろいでいる天角馬を見てそう思った。
Φ
「あとはユナのだけかな」
屋敷の一階にある物置部屋の前で、色々と買った物を置き終わった後。扉を閉めて、廊下を歩きだす。
「はい。ありがとうございます。セオ様」
隣を歩いているユナが丁寧にお礼を言った。
「どういたしまして。……ところでユナの荷物はどうする?」
俺が手伝ったこともあり、荷物の整理は早く片付いた。途中からレモンとバトラ爺は馬車をしまったり、天角馬の世話をしに行った。
「私のは自分で片づけますので、大丈夫ですよ」
茶色のトランクを手に持ちながら、ユナはそう言った。
“宝物袋”の中にはユナが家族や知人などのために買ってきたお土産や、仕事で使うための道具などが入っている。手に持っているトランクの中は着替えとかそう言う日用品だろう。
ユナの顔は長旅の影響か疲れた色を浮かべている。王都ではユナが全てのメイドの仕事をこなしたから、疲れているのは当たり前だろう。
「いや、ここまで来たら俺に運ばせてよ」
「……分かりました」
ここで断っても面倒だと思ったのかユナは少し逡巡した後、そう頷いた。
なので、ユナの自室がある別棟に向かう。
マキーナルト家の使用人はリビングや俺たちの部屋がある本館につながっている別棟に住んでいる。別棟と本館を結んでいるのは一階の階段付近にある外廊下である。
渡り廊下とか回廊とか、使用人によって違う言い方をされていたりする。
バトラ爺とマリーさんは一階。ユナとレモンで二階を使っている。
アランは趣味なのか、庭園の方に小さな小屋を建ててそこで暮らしている。スローライフ感がめっちゃありとても羨ましいと思う。
と、そんな外廊下を渡り、別棟の二階に入る外階段を上る。それから二階の玄関を開け、物静かな家具で彩られている廊下を通り、ある扉の前に立つ。
そこはユナの自室である。
別棟は一階と二階それぞれに玄関があり、その両方は繋がっていない。
また、ユナとレモンの暮らしぶりはシェアハウスみたいなもので、各自室を持ち、そして共同スペースがある感じである。
「じゃ、ここに荷物を置いとくよ」
「はい。どうもありがとうございます、セオ様」
「どういたしまして」
いくら雇い主の子供とはいえ、自室に入れるのは嫌だろう。俺は自室の扉の近くに次々と“宝物袋”から荷物を出し置いていく。丁寧に重ねていき、ユナが片づけやすいように置いておく。
「じゃあ、俺は先に行ってるよ。ユナも落ち着いたら来てね」
「ええ、わかりました。セオ様」
それから、荷物を全て置き終ったので別棟を去る。使用人ではあるが、人の、特に女子の家に居座るのは何か落ち着かない。前世じゃ、そもそも姉たちの部屋しか入ったことはないし。
なので、早くここを出る。
エドガー兄さんとライン兄さんたちの事も知りたいしな。
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