第20話:ラリアさん:this spring
冒険者と思われる人々が、開放された大扉を出入りしている。だが、彼らはロイス父さんに気が付くと、サッと道を開けてくれる。
そして、憧憬や羨望、有り体に言えば英雄に憧れる目でロイス父さんを見つめるのだ。しかも、明らかに強そうな人たちまでロイス父さんにご熱心のようだ。
「ロイス父さんは人気者だね」
「アハハハ」
俺が少し揶揄ると、ロイス父さんは少し照れた笑みを浮かべる。本人にとっては冒険者たちに見つめられるのが恥ずかしいらしい。
そうして俺たちは自由ギルドの中に入った。
「おおー」
そこは役所のような大きな部屋だった。
受付窓口のようなカウンターが四方八方にあり、また、中央にも『総合案内』と書かれた円形の受付カウンターがあった。
受付を担当しているのは白で統一されたシンプルな服を着ている男女である。
また、部屋の至る所に木製の丸テーブルと丸椅子があり、多くの冒険者が食べたり、飲んだり、話し合ったり、本を読んだり、色々と行っていた。
「ロイス父さん。凄い人数だね」
「まあね。この時期になると高ランクの冒険者が多く集まるからね。さぁ、セオ。はぐれるといけないから手を繋ぐよ」
ロイス父さんは俺に手を差し出した。確かに、これだけ人がいればはぐれる事もあるかもしれないが、それでもロイス父さんならばすぐに見つけられる筈である。
「何で?」
「まあいいから」
そう言ってロイス父さんは再度俺に手を差し出す。有無は言わせないらしい。
流石にこういうロイス父さんは珍しいので何かあるのだろう。俺は恥ずかしい心持ちになりながらも、渋々ロイス父さんの手を握る。
その瞬間、視界が――
「おわっ!」
「きゃっ!」
――狂った。
つまり、俺の視界にはコスプレ集団の騒ぎ祭る集会ではなく、美麗なお姉さんの尻もち姿が映っていたのだ。〝転移〟である。
黒色を基調としたスーツとタイトスカート。乱れた紫紺色の長髪と竜胆色の瞳。尖った耳の裏からは紫色の小さな翼が生えていて、耳の先っぽも紫色の羽毛で覆われている。
「ろ、ロイス様ですか……」
ラリアさんであった。
目端に涙を浮かべ耳裏の翼を小刻みに動かしていて、それは麗人と称されるほどの美しい見た目とのギャップで、非常に庇護欲を誘る姿であった。
「すまない、ラリアさん」
ロイス父さんが申し訳なさそうにラリアさんに手を差し伸べる。そこには純粋な謝罪があり、自然な所作であった。
何となくだけど、あとでアテナ母さんにチクろうと思う。
「こちらこそ、事前に聞いていたのにびっくりしてしまい……」
「いや、僕がもう少し確認して〝転移〟するべきだったよ。すまない」
ラリアさんがロイス父さんの手を借り、立ち上がる。それから佇まいを直し、俺の方を見た。
「コホン。セオドラー様、お久しぶりですね」
「久しぶり、ラリアさん。去年の秋以来だよね」
冬の間は誰も我が家に訪れなかったからな。
「ええ、そうですわ。っと、そろそろお時間なので、会議室にご案内させていただきます」
右手に着けた腕時計を見たラリアさんは凛とした所作で俺たちを先導する。それに続く俺たち。
それにしても……。
「ねぇ、ロイス父さん。ここはどこなの?」
歩きながら周りを見ていた俺は、窓一つない上品な廊下を見て疑問に思う。
「ここは自由ギルドの最上階だよ」
そういえば、今思うと外から見た時、最上階部分だけ窓が無かったな。
「ふーん、そうなんだ。……でも、何で〝転移〟でここまで来たの? 普通に歩けばいいじゃん」
それにロイス父さんやアテナ母さんは普段、必要以上に〝転移〟などといった魔法を使わないようにしている筈だ。趣味などを除いて。
「ああ、それはここに繋がる通路や階段がないからだよ」
「それってすごい不便じゃ……」
建物的にそれはいいのか?
「まぁ、そうだね。だけど、ここには自由ギルドの機密機構や機密情報などが多く保管されているから簡単に入れない方がいいんだよ」
だからといって、空間魔法が使えないと入れないっていう完全密室を作っても意味ないんだと思うんだけど。
てか、ロイス父さんって空間魔法に適性が無かったよな。さっきの地下室の話の時はスルーしたけど、どうやって転移したんだ?
「……、僕がなんで空間魔法で“転移”ができるかは秘密だよ。自分で“解析”してみなさい。それと、自由ギルドには特別製のアーティファクトがあってね。それを持っていればここに自由に転移できるんだよ」
……、さっきからナチュラルに思考を読まないでほしいんだが。あと、“解析”は“
でも、特別製のアーティファクトか。転移を可能とするのだから最低でも秘宝級は超えてると思うんだが。どんなのだろう。
「これですわ、セオドラー様」
ナチュラルに思考を読み俺の隣に移動したラリアさんが、さり気なく俺に青白いカードを見せた。入れ替わるように、ロイス父さんがさり気なく俺たちの前に移動した。
「それってステータスカードだよね。でも――」
ステータスカードとは、七星教会が発行している自身のステータスを物理的に示せるアーティファクトだ。心象に映し出すステータスは自分以外には見えないからな。だからこそ、他者に見えるようにしたアーティファクトが必要であるのだ。
そしてそれは、自身の身分証明としてこの上ないものである。なんせステータスカードが映すステータスは絶対に登録した本人のステータスで、他人への偽装は不可能。また、登録した人以外はステータスカードのステータス情報を開示できない。
だから、名前の偽装もできない。身分証明としてとても優れているのだ。まぁ、抜け道がないこともないのだが、それは置いておこう。
「――ええ、確かにステータスカード自体には転移を可能とする特性は備わっていませんわ。でも、よく見てください」
歩きなが俺は、言われた通りラリアさんのステータスカードを注視する。
開示できるステータス情報は自身で選べるので、ラリアさんのステータスカードには名前だけがのっているが……。
「あっ!」
「そうですわ。それが自由ギルド特別製のアーティファクトなのです」
同じ色で判りづらいが、ラリアさんのステータスカードはスマホカバーのようなものが被せてあった。
「“選定の導盤”と言いまして、自由ギルド屈指のアーティファクトなんですわ」
耳裏の小翼をピンと尖らせながら、ラリアさんは少し誇らしげな表情をした。
……、でも、俺にそんな重要な物を見せていいのか?
「大丈夫ですわ。これはステータスカードと同様、本人認証機能がありますので」
つまり、奪い取っても意味はないのか。
「そんなに残念な表情をなさらないで下さい。会議が終わったらセオドラー様にも渡されますわ」
「えっ、マジで!?」
俺の心が驚愕で埋め尽くされる。
「ええ、本当ですわ」
「でも、まだ、ステータスカードを持ってないんだけど」
「それも今日渡されますわ」
……あれ? ステータスカードって七星教会が五歳の時に行われる洗礼の時に渡すのでは?
……、あっ、でもなんかライン兄さんも既に持ってたよな。なんか、どうでもよくて流していたけど……。
「貴族の方々は三歳になると、身分証明とかの理由で早く授かるのです」
「へぇー。……、うん? でもなんで自由ギルドが?」
ステータスカードは七星教会が発行しているでは?
「それは、もともとステータスカードは自由ギルドのものであり、およそ千年前に七星教会にそのステータスカードを発行するアーティファクトを贈与したのです。けれど、自由ギルドはその発行のアーティファクトを作る技術を持っているので、やろうと思えば自由ギルドでもできるのですわ」
「そうなんだ」
初めて知ったよその事実。今まで魔法系の本ばっか読んでたからな。屋敷に帰ったら歴史系の本でも読んでみるか。
「セオ、会議室に着いたよ」
と、ラリアさんと会話していたら、いつの間にか俺たちの前に大きな両開きの扉が現れていた。前世の会社にあった一番大きな会議室のドアと同じ感じである。
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