第6話:人はいくつもの面を持つ:accumulated
ああ、やばいやばいやばいやばいやばい。
やっちまったやっちまったやっちまったやっちまった。
俺、捨てられる!? アテナ母さんたちに気味悪がられた!?
ああ、やってしまった。言葉が解ったからって調子に乗ってやってしまった。
つい、魔法が使えると分かったから周りが見えなくなった。やばいやばい。
殺される。殺される。死ぬ死ぬ。
嫌われる。嫌われる。
あああああああああああああ。
「大丈夫。大丈夫よ」
スッとその言葉が頭に入る。え? え?
「怖がらなくて良いのよ。わかってるから。わかっているから」
心落ち着く。頭を優しく撫でられ、安心する。
「どう? 落ち着いた?」
俺を抱いていたアテナ母さんが、俺の目を微笑んで見つめる。
俺はコクンと頷く。
「ふふ、良かったわ」
アテナ母さんは嬉しそうに笑った。
「さて……」
アテナ母さんは俺から顔を上げ、違う方向を向いた。
俺もつられて向く。
え!
そこには綺麗な土下座が二つ並んでいた。
っていうか、ここ書斎じゃない。クロノス爺と話した空間に似ている。
「ある程度の事情は察しましたわ。けれど、あなた方からきちんと説明していただきたいわ」
アテナ母さんが土下座二人に向かって言う。
「それと、クロノス様は顔を上げてください。貴方が謝る必要はございません」
優しくクロノス爺に声をかけるアテナ母さん。ん? クロノス爺?
「どうせ悪いのはそこのクソビッチでしょうから」
ヒェ! 怖い怖い怖い。一瞬で周りの温度が氷点下まで下がった。
「アテナ、殺気を抑えて抑えて。セオが怯えてる」
「あら、つい」
ロイス父さんもいた。いつの間に。
というか、ロイス父さんの格好がいつもと違う。そうあれだ。戦闘モードって感じだ。
両腰に二振りの剣を佩き、体の急所に革の鎧をつけ、マントを纏っていた。ザ・厨二っぽい格好だった。
「のう、アテナ殿。殺気を抑えるのはありがたいのじゃが、それなら足もどけてはくれんかのう」
「あら、つい」
アテナ母さんは土下座をしている黒髪の人の頭をぐりぐりと踏んでいた。
よし、見なかった事にしよ。
にしても……、やっぱりクロノス爺がいる。
「数ヶ月ぶりかのう。ツクル、いや今はセオドラーだったか」
「アア」
話しかけてきた。なので頷いた。
と、そこへレモンが
「アテナ様、セオ様の情操教育に悪いので、セオ様は私が預かっておきます」
と呆れたように言って、俺をアテナ母さんから抱き上げた。
あれ? レモンの服装も違う。
メイド服であるのは変わらないが所々に金属のプレートを身に纏っている。
それと頭の横に幾何学模様が描かれた仮面をつけている。なにそれカッコいい。
「はぁ、これでは収拾がつかないのぅ。お主ら一旦ここに座っておくれ」
クロノス爺がそう言うと、ソファーが向かい合って二つ、あとその間に挟まるようにローテーブルが一つ登場した。
Φ
「なるほどね。やっぱり、そこのクソビッチが原因じゃない。いっぺん殴っとかないといけないかしら」
「まぁまぁ、アテナ。落ち着いて」
クロノス爺が俺の説明をした。
俺はビクビクしていたのだが、杞憂であった。
「つまり、セオ様はツクルさんという方の人格を主人格として構成された人格を持っているということですか?」
レモンがクロノス爺に尋ねる。俺を撫でている。
「さよう。セオドラーはセオドラーであってツクルではない。ツクルの経験や思考を受け継いではいるが、肉体的な性格の影響や癖などといったものは違う」
「では、何故、魄が一つしかないのに魂が二つそんざいするのですか?」
ロイス父さんが尋ねる。アテナ母さんはエルメスにガンをつけている。ガルルル。
「元々、ツクルとアテナ殿のお腹にいた子の魂は適合率がとても高かったが、同値存在ではない。じゃから、両方の魂魄を融合するには時間がかかるのじゃ」
そこで一旦クロノス爺は言葉を切り、
「先ず、お腹にいた子の魂が壊れないようにツクルの魂と繋ぎ、無事に誕生させる。その後、肉体に両方の魂魄を定着させる。そして、肉体の成長に伴って自然に両方の魄を融合させていく……」
「それが完璧に融合したら、魂の融合を始めるという事ですか?」
「そうじゃ」
「では、今はまだ……」
「完全に両方の魂が融合しているわけではない。あと二ヶ月ぐらいかかる筈なのじゃ。本当は」
「本当は? どういうことですか?」
ロイス父さんの問いにクロノス爺は溜息を吐き、俺を見て、
「ロイス殿。もう一回、セオドラーの魂を確かめてくれないかのう」
「? はい」
ロイス父さんは俺をじっくりと見つめる。なんか、めっちゃ照れる。
「ああ、確かにこれは……」
「そうじゃろう。そもそも本当は、魂の融合が完全に終了したら儂らはお主らに謝罪と説明をするつもりだったのじゃ。星に対しても、そう誓約したしのう。じゃが……」
「セオが獲得した
「そうじゃ。しかも、無理やり融合してしまったからのう。もしかしたら何か不具合があるかもしれんのじゃ。転生者じゃから
「「はぁ」」
クロノス爺とロイス父さんは同時に溜息を吐く。
そして、隣を見て、
「「アテナ(エルメス)、うるさい(のじゃ)!」」
互いにポコスカと殴り合っているアテナ母さんとエルメスに対して叱った。
二人の喧嘩は一瞬で止まったが、しかし、互いに指を指して、
「「だって、こいつが」」
舌打ち一つする。
「私の真似をしないでよ。このクソビッチ!」
「ビッチて言った方がビッチなんですぅ~!」
「すぅ~! ってあなた今、いくつでしたっけ? 何千年と生きていてそんな甘ったるい声出して、これがビッチでなくて何なんですかね。ねっ。ねー!」
「ハンっ。ビッチビッチと連呼して、少しは慎みを覚えた方がよろしいのでは。あっ、こっち見ないでくださいますぅ? 貴方の下品病がうつってしまいますので~!」
レモンがすかさず俺の耳に手で栓をする。
ああ、知りたくなかった。お淑やかなアテナ母さんにあんな一面があっただなんて。知りたくなかった。
と、そんな二人に、
「ああ、良かった。そんなに元気なら、来月のグロラルア領で行われるパーティーにアテナも行けるよね?」
「そんなに元気が有り余っているなら、テミス大陸とヘカテー大陸の星脈の調整はお主一人でやってもらうかのう?」
凄みのある声でロイス父さんとクロノス爺が言った。両者ともゴゴゴゴッ!といった効果音が聞こえてきそうなほどいい笑顔だ。
「ロ、ロイス。落ち着きましょう。落ち着いてよく考えましょう」
「ク、クロノス様。再考を。ご再考を」
二人は慌てる。そんなに嫌なのだろうか。
「考えて欲しいなら、席に着きなさい」
「再考の余地が欲しいのなら、席に着くのじゃ」
「「はい」」
二人は
Φ
「にしても、お主ら。転生自体に対してはどう思ってるのじゃ」
「セオがツクルさんという方の人格を宿しているという事についてですか?」
「そうじゃ。普通なら疑問なり忌避感なり、何かしら抱くと思うのじゃが」
「そうですね……。忌避感などといった感情はありません。あるとしたら、驚きぐらいですか」
「ええ、そうですね。セオ様は生まれた時からセオ様ですしね」
「あと、転生も知らないわけでないですし」
ロイス父さん、レモン、アテナ母さんが答える。
「ああ、確かに。お主らの知り合いに同じ星での転生者はいたのう」
「ええ、確か
「そうです。エルメス様」
ロイス父さんが頷く。
「ロイス。そいつに様はいらないわよ。呼び捨てで結構だわ」
「はぁ、アテナ。いい加減に突っかかるのはやめてくれない? 話が進まない。喧嘩なら終わったら存分にやってもいいから。それと、セオがいる事を考えて」
「わかっているわよ。だけど……」
「だけど?」
「何でもないわ。ごめんなさい」
「はい」
何かイチャコラし始めた。お説教している筈なのに雰囲気が甘ったるい。
「はぁ。クロノス様、エルメス様、すみません。うちの
クロノス爺とエルメスさんは構わないと頷く。
不思議だ。レモンが
「何ですかその目は。私だって真面目な時は真面目なんです」
俺に対して言ってきた。
「言葉は理解できていますよね、セオ様。ふふん。これも私のおかげですかね。毎日色んなお話を聞かせたかいがあります」
俺はムカッとして首を横に振る。
「またまた、照れちゃって」
前言撤回。レモンは駄メイドで十分だ。
「お主らを見ていると飽きないのう。……ん?」
クロノス爺が疑問の声を上げると同時に、周りの世界が色褪せていく。
「お主ら。そろそろ時間じゃ。ゆっくりと話ができんですまんのう。セオドラー、お主ともっと話したいんじゃがお別れじゃな」
クロノス爺が俺の方を見た。
「アウ。アウ」
「そうかそうか」
俺が言いたいことは伝わったようだ。
「ロイス殿。アテナ殿。レモン殿」
「「「はい」」」
「そなたらに再び会えたこと嬉しく思うのじゃ。そなたらが自由の下あらんことを願っておるぞ」
クロノス爺が万感思いを込めて言う。何か神っぽい。
「アテナ。今度こそあなたを倒す」
「ふっ。やってみなさい。このへなちょこ」
アテナ母さんとエルメスさんは仲が悪いのかわからない。雰囲気は険悪であるが……。
「では、次に会えることを楽しみにしておるぞ」
クロノス爺のその言葉と同時に世界が光に包まれた。
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