第2話 クリーチとニエ、戦友
クリーチはコロニーを襲う
知性が無いと思われる獣で昼とも夜とも無く城塞の周りを彷徨いていてコロニーには咆哮と銃声が常に響いている。
連れて来られた頃は初めて聞くその恐ろしい獣の声に汚い毛布を頭から被り震えていた。
だが人間というのは慣れてしまうものでそれが当たり前になるといつの間にか眠る事が出来る様になっていった。
今日は外に出た幾人かがクリーチに喰われたという報告にも大きな動揺はしなくなった。
この場所は故郷よりもずっと死が近くにあった。
クリーチとは何か?
大型の肉食獣の様な見た目をしていて漆黒の毛に覆われている。
眼は爛々と光り舌が長い。むせる程の獣の臭いがする為、外壁の上から威嚇射撃を行う時にも気分が悪くなる程だった。
奴らは数十の群れを作って暮らしていたがその中にとてつもなく大きな個体が居る。
私達はそれの事を
「赤目」
と呼んだ。
赤目はクリーチに似つかわしく無くとてつもなく狡猾で他とは違い無駄に威嚇や咆哮などして来なかった、人を狩る為に生まれてきたような獣だった。
掃討に出た何人もの兵士がやられコロニー中央にある【苔むす墓場】その墓標は赤目に喰われた者の数だけ赤く色が塗られていた。
ここ何年かで新しい赤墓は増え、まるで墓地が燃えている様に見える。
亡骸はほとんどそこに埋められる事が無かった。
初めてクリーチを撃った時の事は興奮で余り覚えていない。
銃の扱いに慣れ始めた頃私は教官に言われるがまま同じ年頃の兵士三人と共に「境界」に登る様に言われた。
クリーチと私達を隔てる最終防衛線。
それは境界と呼ばれている。
初めて登る階段は古く不安定さに焦り、手を滑らせそうになる。
最後の私が階段を登り切った時他の兵士は既に銃の用意が済んでいた、教官の檄が飛ぶ。
その時私は地平線を見た。
「きれいだ。」
思わずそう呟いた。
緩い風が吹いて伸ばしっぱなしの髪が揺れる。
一面の草原はどこかよそよそしく見えたがそれは私があまりに外を見ていなかったからだろう。
私が見る久しぶりの外の世界だった。
教官がぶっきらぼうに言う。
「我々の任務はここから汚らしい獣を撃ち殺す事だ。」
今まで藁で出来た標的しか撃つ事のなかった私の腕と足が小刻みに震える。
「あの獣を撃て。」
教官が指差した方を見ると黒い獣が三匹こちらを睨みつけ威嚇しているのが見えた。一匹はまだ小さい。
もしかして家族なのだろうか。 三人は教官の指示通り一斉に銃を構えて引き金を引いた。
つんざく様な音が耳に響く。
脳天を撃ち抜かれた一番小さい個体が倒れ残りの二匹は亡骸の首元を咬え逃げ去った。 誰の弾が当たったのかまで分からなかったが初めて倒した「敵」の逃げて行く姿を見ながら私は充足感を覚えた、そう充足感を覚えたのだ。
敵はあくまでも敵で私の仕事は獣を狩る事だった。それ以上でもそれ以下でもなく
命は等しく軽い様に思えていた。
***
私はニエが嫌いだった。
ニエはこのコロニーに於けるボスで私達をここに連れて来る指示をした張本人、その男が目の前に立っている。
「お前達はここを生き抜いてこそ人生を全う出来るのだ。責任を果たせる、それがお前の幸福に繋がるのだ。」
村以外の大人を見た事がなく怯えた私達の目を真っ直ぐに見てニエはこう言った。
目に少しの曇りはなくガラス玉の様に透明でこれは正しい事だと心から信じているように見えた。
コロニーの人間達から彼はニエ様と呼ばれ慕われている。
理不尽だと思った。
何故私達は拐われなければならなかったのか、こいつを殺して逃げようと考えたがそうするには私はまだ幼くあまりに無力だった。
透き通る様な白い肌をしていて長髪を後ろで束ね左の口元から目尻にかけて深い傷がある。声を聞かなければ性別も分からない、いつも虚な目をしていて何を考えているのか誰にも分からない掴み所の無い男だった。
何となく私の父親よりは若い気がした。
小刻みに震えている様な声も理不尽を強制する事をさも当然のように強弁する様も何もかもが嫌いだった。
***
戦友
私にはここに友と呼べる人間が二人いる。
連れて来られた三人はこの不条理な日々の中を支え合って生きて来た。
同じ村のジンと同じ時期に他の場所から連れて来られたニーナ、私達はいつかこの場所を抜け出そうと固く誓い合っていた。
主に私達は今クリーチを境界から殺す守衛の役目についている。
連れて来られた子供達はある程度の年齢になりニエへの信仰が本物だと認められるまでは外に出る事を許されなかった。
外に出る事が出来れば逃げる機会が万が一にもあるかもしれない、そう考えた私達は銃の腕を鍛える事にした。
その成果もあり三人とも銃の扱いにかけて他の兵士達の追随を許さなかった。
ジンは特に目が効き真夜中侵入を試みて境界を登ろうとしたクリーチを松明の灯だけ、それも一度の狙撃で撃ち倒した事もある。
フットワークが軽く涼しげで芯のある真面目な男だった。
ニーナは誰にでも優しく、男勝りで下らないことを言っては周りを笑わせるムードメーカーでいつも凛としていた。
私は彼女が弱音を吐くのを見た事が無い。
銀髪の前髪は長く、涼しい目はいつも片方しか見えなかったが燃えるような赤い目をしていて彼女はとても美しかった。
そんなニーナに私は恋をしていたのかもしれない。
同じ時期に連れて来られた幼なじみとして気恥ずかしくそんな事はおくびにも出さなかったが。
私達はこの運命を受け止めそれでも生き抜こうとしていたのだ。
ニエ以下護り手(幹部連中の事をこう呼んでいた)に逆らえない、それがコロニーのルールだった。
人を攫って来る事を止める事は私達には出来なかった。
ただ連れて来られた子供達には出来るだけ優しくしようと決めていた。
私達が来た時にも優しい人達はいたのだが逃げようとする者には誰もが厳しかった。
そういうルールなのだ、そう決められているのだと教え込まれ半ば洗脳されていたのだろう。
牢の中にいる事で幸せを感じる者もいる。
反吐が出そうだった。
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