専務、依頼を受ける。

「――よくぞ言ってくれた」


 王の声に柔らかさが混じる。薄い笑顔を浮かべる彼の隣で、白い髭の老人がほっと胸をなでおろした。ほぇー、と変な声を漏らす氷月に、王は上機嫌で語る。


「本当は王に対する態度やら身長の無駄な高さやら、首をはねたくなるポイントはいくつもあるがな」

「寝る子は育つのー。あ、でも王さま、忙しいから寝る暇ないの……」

「やっぱ首はねようかな」

「王よ、鎮まりください」


 手のひら返しが早すぎて最早ドリルである。そんな王を窘める老人を眺め、氷月はぼんやりと考えていた。……思えば、MDCにはまともな人がいない。そのくらいが自分たちらしいとも、思うけれど。


「それではまずは、余が遠征に必要な心構えを説こう。真に立派な戦士に必要なものというものはだな――」


~中略(この間約15分)~


「――以上が、余からの訓示である。ためになっただろう?」

「あー、うん、ためになったのー。マカダミアとサラミと心臓みたいな?」


 ……多分「魔訶般若波羅蜜多心経」と言いたかったのだろう。

 しかしこちらの世界にそんなものはない。向こうからすれば突然意味不明なことを言い出したようなものだろう。苛立ったように杖で床をつつき、王は眉間にしわを寄せた。


「その反応からして、明らかに聞いてなかっただろう。やはり首を――」

「王よ、鎮まりください」


 そろそろあの老人がBotではないかと心配になってきたが、直接は関係ないため置いておく。というかあの王さま、意外と地雷が多いのー、などと自分を棚に上げて考えている氷月だった。王は一度咳払いし、改めて話を軌道に乗せる。


「さて……野蛮人を丸腰で送り出すというのも心許ない。こちらでいくつか支援物資を用意してある。……そこの、例のものを渡せ」

「はっ」

 どこからか聞こえた声とともに、兵士たちの波が割れる。彼らのさらに奥に控えていたメイドらしき女性が、リュックサックを手に進み出た。彼女は氷月の前で立ち止まると、荷物を彼に差し出す。


「あ……ありがとうなのー」

「こちらが中身の内訳になります。お納めください」

「はいなのー」


 同時に渡された羊皮紙には、リュックサックの中身らしき内容が記されていた。金属の水筒、三日分の携帯食料、ナイフ、おおよその魔物の方向がわかるコンパス、魔力で光る石のランタン、銅のメダル。最後のメダルについては「通貨ではありません」と、しっかりと注釈がついていた。


「……親切なの」


 武器の類はなかったが、氷月にとっては特に問題はない。パーカーのポケットに羊皮紙を仕舞いこむと、彼は王に向き直った。


「んっとねー、それじゃあこの世界について知りたいから、お知恵を賜りたいのー」

「ははっ、その気になればちゃんと崇められるではないか。気分がいい。答えてしんぜよう」

「ありがとうなのー。それじゃあまずは……」


 詳細は省くが、様々な質問をしたことだけ明記しておく。気象や地形、人口構造に治安の良しあし、それに魔法やモンスターについてなど……その辺はメタ的な諸事情により省略するが、とにかくある程度の情報を得た氷月は、ダブルピースをかまそうとして……昔社長から聞いた言葉を思い出す。どこだかの国ではピースサインは相手を侮辱する意味になってしまうとか、ならないとか。うろ怯えの知識を脳裏で反芻し、彼はさっきやって大丈夫だった謎の礼を取った。


「それでは、あとはお任せくださいなのー。ここは僕に任せて、王さまはゆっくりおやすみなさいなのー!」

「これ以外にも仕事あるんだけどやっぱ首はねようかな」

「王よ、鎮まりください」


 ひと悶着あったものの、とにかく依頼を受けることにはなった。

 今ここに、専務の大冒険が始まる――!


 ◇◇◇


 次回予告!

 最初に止まったマスは【4】!

 なんか知らんけど酒場がある辺りに辿り着いた模様。情報収集をと試みても、一筋縄でいくはずもなく……!


 次回!「専務、酒が飲めない。」

 シールドスタンバイ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る