第一章の二 祭りの夜の依頼①

「ツクヨミ様~、いるんでしょ~?」


 あずさはかなでと出会った後、ヤタガラスと共に山の中へと入っていった。

 その山の奥、少し開けた場所には小さなほこらが立っていた。

 そしてそのほこらへと声をかけるあずさ。するとほこらの後ろから銀髪の肩まである長い髪の青年が現れた。


「会ってきたよ、ツクヨミ様」


 あずさにツクヨミ様と呼ばれた青年はにっこりと微笑んだ。


「ご苦労様くろうさま

「本当にやるの?」

「しょうがないじゃないか、噂は広がっているんだから。僕も協力するからさ」


 はぁ~、とあずさは嘆息する。




 あずさは選ばれた少女だった。

 先日の夏休み合宿での最終日夜、ヤタガラスを追って入った山の中で出会ったのが、今目の前にいる美しい青年だった。ツクヨミと名乗るこの青年は自分のことを神様だと名乗った。そして、姉であるアマテラスとの仲を仲裁して欲しいとあずさに頼んだのだった。

 勢いでその仲裁を果たしたあずさは、アマテラスから『見える』力を与えられた。それは妖怪と呼ばれるもの、神と呼ばれるものを見る力だった。


「みんな、あずさを頼りにしているんだよ。神様だって万能じゃない。得意不得意があるものなんだ」

「そうなの?」

「うん」


 にっこりと微笑みながら言うツクヨミに、あずさはこれからどうしたら良いのかを聞いた。


「また明日、選ばれた青年と一緒に僕の所へおいで。僕が説明するから」


 ツクヨミはそれだけ言うと、ほこらの陰へと消えていった。

 残されたあずさはヤタガラスに連れられて下界へと帰るのだった。




 翌日。

 夜になると小さな町は活気に包まれていた。今日は夏祭りなのだ。小さいながらも花火も上がる。町の住人たちはこの祭りを楽しみにしていた。神社の境内けいだいには夜店が並び、小さいながらも神輿みこしも出ている。

 あずさはこのお祭りにやって来ていた。目的は他の人とは少し違っていたけれど。


「一緒に会いに来いって言われてもなぁ……。奏をこの人ごみの中から見つけられるのかなぁ?」


 あずさは奏を探していたのだった。夜店を冷やかしながら歩く。すると向こうに背の高いこげ茶色のミディアムヘアの男性が見えた。


「いた!」


 あずさは駆け寄りその男性の手を取る。

 突然手を取られたその男性は驚いてあずさを見下ろしていた。


「びっくりした~。あずさちゃん、だったかしら?」

「うん。探してた」

「アタシを?」

「うん」


 そしてあずさはそのままぐいぐいと奏の手を引いていく。


「ちょっと、あずさちゃん?」


 突然のあずさの行動に動揺している奏に、ついてきて、と言うとあずさは人波を掻き分けてずんずんと進んでいく。

 しばらくすると祭りの喧騒が届かない山奥へと入っていっていた。


「ヤタガラス」


 あずさがその名を呼ぶと、どこからともなく漆黒の大きな躯体のカラスが舞い降りた。そしてそのカラスはひょこひょこと飛びながら進んでいく。あずさはその後を追いかけているようだ。

 再びのヤタガラスの登場に奏は驚いていたが、あずさがしっかりと手を握っているのでそのまま彼女についていくことにした。

 しばらく歩を進めていると突然開けた場所に出た。その場所には小さなほこらが一つ。

 あずさはそのほこらへと声をかけていた。


「ツクヨミ様~、連れてきたよ~」


 するとほこらの後ろから銀髪の肩まである長い髪の美しい青年が姿を現した。


「やぁ。ヤタガラスに選ばれた青年さん、こんばんは」


 ツクヨミ様と呼ばれた青年はにこやかに奏に挨拶をしてきた。奏は小さく会釈えしゃくをする。


「僕は月読命つくよみのみこと。一応神様だよ」


 にこにこと挨拶をしてくる目の前の端整な顔立ちの青年に、奏は目を見開いた。


月読命つくよみのみことっ? って、あの月読命つくよみのみことのことっ?」

「あ、僕のこと知っててくれたの? ありがとう」


 月読命つくよみのみことはにっこりと微笑む。それとは裏腹に奏の顔からは血の気が引いている。口をぱくぱくさせて言葉にならないようだ。


「名前、長いからツクヨミでいいよ」


 にこにこと言い募るツクヨミに対し、奏は混乱を鎮めることがまだ出来ないでいた。


「無事に会えて良かった。実は……」

「待って」


 ツクヨミに制止の声をかけたのは奏だった。


「どうして神様がこんな易々と目の前に現れているのよっ?」


 混乱の先に行き着いた疑問を叫ぶ奏。それを見ていたツクヨミはくすくすと笑っていた。


「ごめんね、驚いたよね。話すと長くなるんだ。かいつまんで話すと、そうだなぁ。この子が僕のお願いを叶えてくれたんだ。それを知った他の 神々がそろそろ動き出す頃だからね、君たちに新たにお願いをしたくて」


 そう話すツクヨミの傍に鎮座しているほこらが月の光を浴びて少し光った気がした。


「来ちゃったみたい」


 そう言ったのはツクヨミ。

 呆気に取られている奏と、ことの行方を黙って見つめていたあずさは、その光ったほこらを見つめていた。するとほこらの後ろから一人の人物が現れた。その人物は長袖、長ズボン、首にはタオルを巻いており長靴を履いていた。まるで農業でもするかのようなその格好の人物は何やら困ったような表情でツクヨミを見つめている。その男は年のころは五十代の壮年と言ったところだろうか。顔には深い皺が刻まれていた。


「ツクヨミよ」


 低く落ち着いた声がした。突然現れた男性に対し、さすがにあずさも驚いている。


「この者たちか」


 続く言葉に、ツクヨミはにっこりと微笑んで答えた。

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