四七日(よなのか)
○由香里の部屋(夕方)
座卓の上で紙にペンを走らせる由香里。
書き終わると、ニヤリと笑い、
由香里「これでスムーズに四十九日ができる」
紙には『お父さんの良いところリスト』と記されている。
由香里、リストを繁々と眺める。
由香里「何か……父親参観の作文みたい。しかし、初七日に、気付かんで良かった。一個足りんとこやったわ」
× × ×
T「四七日」
低い本棚の上に設置された簡易の神棚。その横に水の入った湯呑みが供えられ、線香が白い煙を燻らせる。
由香里N「閻魔様、父は社交的でした。それをほんの少し引き継いだ私は、いろんな所で役立てています」
○由香里の回想・バー(夜)
薄暗い店内。
古びた内装に、古びた家具。
マスター(38)と安川(45)、談笑する。
由香里N「父は素直で明るいから、誰とでも友達になれました。初めて行ったお店でも」
安川の目の前に魚拓と焼酎の水割りが置かれている。
安川「そら、楽しみでんなぁ。こんなん釣れたら、うちのお母ちゃん、喜びよるわ」
マスター「じゃあ、来週の土曜の夜から行きましょうか。釣り船、予約しときますから」
安川「頼んまっさ」
と、上機嫌に焼酎を飲む。
○由香里の回想・旧安川宅・居間(夜)
ぼんやりテレビを見る由香里(8)。
由香里N「ついに約束の日がやってきました」
《けたたましく鳴る黒電話のベルの音》
二階から慌てて降りてくる沙喜子、受話器を持ち上げる。
沙喜子「はい、安川です」
沙喜子、次第に表情が曇り出す。
沙喜子「……今、出かけてまして……え! 釣りの約束?」
一層青ざめる沙喜子、相手の話に相槌を打つ。
沙喜子、頭を下げながら、
沙喜子「ほんまに、すんません。帰ったら、よう、言うときます……はい、ほんまに、すんませんでした」
と、そっと受話器を電話に戻し、深いため息を付く。
由香里「どないしたん?」
悲しそうに由香里を見る沙喜子。
由香里N「どうやら父は約束をすっかり忘れて、別の飲み屋に出掛けていたらしいのです。バーのマスターはカンカンに怒って、釣り船のキャンセル料の事を散々愚痴っていたとか」
× × ×
安川をコンコンと叱る沙喜子。
安川「ほんまに、すんまへん」
沙喜子「私に謝っても、しゃあないやん」
安川「明日、謝って来るわ」
沙喜子「もう二度と顔、見たくないねんて」
安川「えらいこと、してもうた」
沙喜子「遅いねん!」
と、怒って二階に上がる。
安川「やってもうた」
と、うな垂れる。
○由香里の部屋(夕方)
手を合わせる由香里。
由香里N「その愛想の良さを引き継いだ私もその場のノリで約束して、後で後悔する事が多々あります。しかし、私は約束を破りません。無理な時はちゃんと連絡します……まあ、当たり前の事なんですけどね。次の遺伝子が進化しただけでも、マシだと思っていただければ幸いです」
○冥土
口を開けて呆れた様子でモニターを眺める閻魔様。
安川、朗らかに笑っている。
安川「あった、あった。あの時は、えらいことしてもうたわ」
閻魔様「反省するとかって、ないんですか」
安川「だから、反省してたやん。あいつに謝りに行ったけど、口も効きよらへんし、どうしようもないやん」
閻魔様「あの」
安川「人間、小ちゃいと思わんか」
閻魔様「いえ全く思いません。マスターの態度は然るべき態度です」
安川「え! 謝りに行ってるのに?」
閻魔様「すでに前提が間違ってますね。何の弁護か吹っ飛ぶ程の珍事でした」
安川「社交的やったのを引き継げて幸せや、言うてたがな」
閻魔様「幸せではなく、役立ったです。あ、思い出した。確かに、次の遺伝子が進化して何よりでしたね。百歩譲って、反面教師と考えても……マイナスですね」
と、書類にペンを走らせる。
安川「ちょっと待て、今の嫁はんが、今日も拝んでるんちゃうんか」
閻魔様「全く足りません。このままで、行くと地獄行きもやむを得ませんよ。以上、四七日を終了いたします。お疲れ様でした」
と、大きな扉の方に歩き去る。
安川、閻魔様を追い掛けながら、
安川「審査、偏り過ぎやろ! おい」
大きな扉が少し開き鋭い目で安川を睨む閻魔様。
閻魔様「今日のは誰がやっても同じですよ。まあ、前回のは阪神ファンが裁いたら分かりませんがね」
と、再び大きな扉が閉まる。
安川「やっぱり、片寄ってるやんけ!」
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