不協近所⑪




一方近哉は両手いっぱいになった燃料を持ち帰っていた。 火の付きやすそうな枯葉や小枝。 よく分からない紐のような植物も腕に巻き付けて持って帰っている。 

ホクホク顔なのも当然で、例え恵意と素乃子が集めてなかったとしても十分だと思える量。 しかし、帰ってきて早々目に入ってきた光景を見てそんな心境は吹き飛んだ。  

いい大人が三人、こんな山の中で喧嘩しているではないか。 もちろん暴力沙汰にはなっていないが、掴みかかるくらいはありそうだ。


「ちょっと! 何喧嘩してんのさ!?」


止めに入った瞬間、ギロリと鋭く母親に睨まれ聞かれた。


「アンタ、本当に恵意ちゃんに蹴られていたの?」

「だから俺はそう言っただろ」


無視されていても何度も言ったことだ。 だが恵意の母親と自分の母親は喧嘩していないところを見ると、蹴られたことを怒っているわけではなさそうだ。 

どちらかと言えば素乃子の母親が孤立し二対一の構図。 だからなのか、近哉が改めて肯定したというのに母親は信じていないようだ。 


「やっぱり近哉は嘘つきだから信じられないわ・・・」

「何だよそれ!」

「だって恵意ちゃんが嘘をつくようには思えないし・・・」


母親と話していると恵意の母親が混ざってきた。


「近藤さんも近哉くんが嘘をついていると思うでしょう!? 恵ちゃんではなく!」

「え、えぇ・・・」

「私の言ったことも嘘だと言うんですか?」


今度は素乃子の母親も混ざってくる。 その言葉を聞いて何となく状況を理解した。


―――なるほど、素乃子の母さんが俺は嘘をついてないって証言してくれたのか。

―――それによって俺の誤解が解けたらいいけど・・・。


だがそれ以上に親同士が喧嘩しているのを見てやるせない気持ちになっていた。 本来、ハイキングレースはグループの協力が必要不可欠なイベントなのだから。


―――見た感じ、上手くいきそうにはないな。

―――それにもし俺の発言を認められたら、今度は恵意が嘘つきということになる。

―――もちろんそれは正しいんだけど、恵意は俺のこと以外では嘘をつくということはないし。

―――俺が一人悪者にされていたことから考えれば、また極端な考えに走りそうな気がする。

―――それはそれで、何と言うか・・・。


恵意には日常的に嫌がらせをされていて腹を立てていた。 だからといって殺したい程憎いかと問われれば疑問だ。 どうしようかと困っていると恵意と素乃子が戻ってきた。 

両手には近哉と同様に多くの燃料を抱えている。 きちんと集めていたことに感心するが、二人の様子がどこかおかしいことに気付く。


「どうしたんだ?」

「・・・別に」


恵意はそっぽを向いたが、端から答えるとは思っていない。 しかし素乃子も何も言わないため、近哉には二人に何があったのか全く分からなかった。


―――俺がいない間に何があったんだよ。

―――親と子、共に問題あり過ぎだろ。


とはいえ、このままだとハイキングレースは間違いなくビリになってしまう。 それは内申点の問題からも避けたいし、全員の関係がぎくしゃくしたままなのもよくない。 

近哉は一度大きく息を吐き、全員に向かって言い放った。


「二人も材料集めて戻ってきたんだから、とりあえず課題をやろうぜ!」


その声で一度シンとなる。 しかし恵意の母親はまだ納得できないようだ。


「こんな状態じゃとても協力なんてできないわ」

「私も」


素乃子の母親も続いた。 恵意と素乃子はそれを見て、落胆の視線を向ける。


「子供たちで後はやっておきなさい」


それにトドメを刺したのが近哉の母親だ。 もう全てを放り投げるその言い草に怒りが爆発しそうだった。


「それだと意味がないだろ・・・」

「いいからやりなさい!」


もうハイキングレースは諦めるしかないと悟った。 親同士の喧嘩なんて見たくないと思い距離をとったところで、恵意と素乃子がやってくる。


「どうしてお母さんたちは喧嘩をしているの?」

「・・・知らなくていいこともあるのかもしれないぞ」

「?」


今恵意を敵にしてまで自分は正しいと主張するつもりはなかった。 とにかく今はハイキングレースを何とかしたい。 だから今まで自分の母にも強く主張しなかったのだ。


「とりあえず、俺たちだけで課題を進めよう」

「いいけど、狼煙の上げ方なんて私は知らないわ」

「火がつけば何でもいいんだよ。 火がついてないことを予想して紐になるものを持ってきた。 これをこうしてっと・・・。 ほら、やるぞ」


狼煙を上げることになるとは予想していなかったが、以前テレビで見た知識で木の棒に紐を括り付けた。 少々不細工ではあるが、ただ木と木を擦り付けるよりかはマシだ。 

それでもなかなか火が付かず苦戦していると、素乃子が手伝おうと木を押さえてくれた。


「・・・二人でいる時、何かあったのか?」


素乃子はチラリと近哉を見て言う。


「別に、何もない」


それ以上素乃子は何も言わなかった。 だが協力してくれるだけで今は有難い。 恵意も見ている中、やっとのことで火が付いたが他のグループにかなりの遅れをとったことは間違いない。 

しかもこの後は母親たちは全てに協力してくれなくなってしまう。 結局やる気が失せたのか、歩くペースも遅くなりハイキングレースの結果は最下位となってしまった。



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