不協近所

ゆーり。

不協近所①




近哉(キンヤ)はごく普通の男子として中学校に通っている。 学校生活は良好とは言えないが悪くはない。 だがそれよりも近い場所、家の近所のことで問題を抱えていた。  

家の左隣に住むのは素乃子(ソノコ)の一家、家の右隣には恵意(ケイ)の一家が住んでいる。 どちらも同級生の女子であり、そして、そのどちらの一家に対しても悩んでいることがあった。


「どうしてお母さんの言うことが聞けないのぉぉぉぉ!? 一体何度言ったら分かるのぉぉぉぉ!?」


家を挟んでも聞こえてくる怒声。 左隣に住む素乃子とはあまり交友が深いとは言えないが、それでも母親の怒鳴り声はやはり気になってしまう。 学校での印象が物静かというだけに余計とも言えた。 

近哉は朝六時に目覚ましをかけているのだが、それよりも早い時間からこうなのだ。


―――またか・・・。

―――怒鳴り声というより、もう発狂に近いんだよな。

―――こんな朝っぱらからどんな言うことを聞かせたいんだろうか。


確認するとやはり時間はまだ起きるには早く中途半端な時間。 しかし今から二度寝してしまえば寝過ごしてしまう可能性がある。 そう思った近哉は、昨夜呼んでいた新刊の漫画の続きを読もうとして止めた。

何となく隣のことが気になってしまったからだ。 リビングへ行くと既に母は起きて食事の準備を終えていた。


「おはよう。 近哉、今日も早いのね」

「おはよう。 隣があれだけうるさいと流石に寝ていられないって」

「やっぱりうるさいわよねぇ・・・。 素乃子ちゃんは大丈夫かしら?」


隣の家になるが、母も素乃子の家とはあまり交流が深くない。 近所で会えば挨拶はするだろうがその程度だ。


―――母親と二人暮らしだから、素乃子が怒鳴られているのは確定なんだよなぁ・・・。


気になるも母はあまり首を突っ込みたくないらしい。 虐待でもされていれば別だが、近哉が見たところ傷があったりはしない。 そうなると家庭の事情ということもあり放置するしかない。 

それでも朝から怒鳴り声を聞けば気が滅入るし、朝食もあまり美味しく感じられなかった。 朝食を食べ終えると、何もすることがなかったため少し早いが家を出ることにした。


「今日も恵意ちゃんによろしくね!」


右隣である恵意とは親同士の仲がいい。 だが笑顔でそう言われるのに笑顔で応えられないわけがある。 無理矢理作られた笑顔はどこか歪んで奇妙なものになってしまった。


―――・・・俺たちの関係も知らないで。


小さく漏れる溜め息。 親同士の関係が良好だから子供同士の関係も良好、とはならないものだ。 それでも近哉は不満を押し殺して家を出発する。 外へ出ると偶然素乃子と遭遇した。 

丁度家を出るタイミングが合ったらしい。 素乃子は気まずそうに目を泳がせていた。


「おはよう、素乃子」

「・・・おはよう」


親しくはないが家が隣ということもあり名前呼びくらいはできる。


「大丈夫?」

「・・・うん」

「今日も朝から素乃子のお母さんの凄い声が聞こえたけど・・・」


素乃子は俯いていた顔を起こすと、少し寂しそうにだがハッキリと言った。


「私がうっかり逆らっちゃったのがいけないの。 迷惑かけてごめんね」


軽く頭を下げると小走りで近哉の前を通り過ぎていった。 朝会うことは少ないが、先程のようなことは珍しくない。 恐らくは母親の怒鳴り声が辺りに響いていることを知っている。 

もしかしたら誰かに指摘されたこともあるのかもしれない。


―――・・・母親に常に従う子供、か。


理由は分からないが素乃子が逆らうと母親は怒り狂ってしまうようなのだ。 素乃子がいつも母親の顔色を窺いながら怒らせないようにしていることは知っている。 


―――自分の意志を貫き通せばいいのに。

―――でもまぁ、あんな剣幕で怒られるのは嫌だよなぁ。


小さくなっていく素乃子の背中を見送っていると、今度は恵意が家から出てきてしまう。


「げッ」


うっかり漏れたその声は恵意の耳には届かなかったようだ。


―――早起きは三文の得とか嘘っぱちだな・・・。


だが突然の登場に気持ちが顔に出てしまい、それはバッチリ恵意にも見られてしまった。


「ちょっと! 何その不快感を周りに振りまく嫌そうなキモい顔!?」

「別にー」

「何度も言うけど、私と同じ時間に家を出ないでって言っているでしょ!? アンタと会いたくないから今日は早めに出たのに! どういうつもり!?」


彼女が自分を嫌う理由に特に心当たりはない。 だが昔からこのような感じで酷く嫌われている。


―――本当に何なんだよ。


顔を歪めてしまうのを我慢していると、恵意は馬鹿にするよう笑った。


「もしかして私に気があるの?」

「はぁ?」

「そんなのお断りよ!」

「誰もそんなことは言っていないから」


恵意は怒ってこの場を離れていく。 いつもこの調子だ。


―――どうしていつも恵意は俺に突っかかってくるんだ?

―――俺が一体何をしたっていうんだよ。


朝から立て続けに起きた不快な出来事に立ち尽くしていると、親友の新伍(シンゴ)がやってくる。 別に約束しているわけではないが、いつも合流し自然と学校へと行っている。 

親友とはそういうものなんだろうな、と近哉は思っていたりした。


「おはよう、近哉。 学校へ行こう」

「あぁ」


新伍は隣とはいかないが、近所に住んでいて親友であり幼馴染でもある。 登下校は大体一緒で朝から嫌な思いをした気分が少しは落ち着いた。 だが嫌な出来事はこれでは済まなかったのだ。 

学校へ行き朝のホームルームで配られた一枚の紙切れにとんでもないことが書かれていた。 いや、書かれている内容は特別なことではない。 

学校の特色とも言える特別なイベントでハイキングレースというものがあるのだが、それのグループ分けが『素乃子・近哉・恵意』になっていたのだ。



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